プロローグ
夜の奥に、江流は死を見た気がした。
粗雑なつくりをした木組みの小屋。その中に繋ぎ止められた自分の命は、いま覗きこんでいる小さな穴から、簡単に外へ流れ出てしまうのではないかと。それを思うさま貪るのがこの夜を闊歩する何頭かの狼たちであって、彼らは低い唸りとともに草原に身を潜め、獲物のにおいを嗅ぎつけているのだ。そういう空想に何度もとらわれた。
もう何日も、満足に眠れていなかった。
眠ってしまったら、その瞬間に空想が現実になってしまうと思ったから。飢えた狼に骨肉の一片までも残さず食い殺されるように感じたから。けれども本当のところ、自分が消え去ることよりも、自分の心の奥底に残っているただ一人の人が消え去ってしまう方が怖かったのかもしれない。
小屋の中は無性に底冷えがする。寒さを凌ぐために何度も手足をこすり合わせた。かすかな暖かさを求めて吐き出される不規則な息遣いの下で、江流は何度か名前を呼んだ。自分がいなくなったとしたら、もう誰にも呼ばれることのないであろう名前を。舌先に乗り、唇からこぼれ落ちる名前を呼ぶ度、彼女は思い出を求めて、きつく、きつく、目を閉じる。そしてまた、その人の名前を呼ぶ。
「――――燎火」