ホンワカもやもや
何かがおかしいと感じたのは、聖クリスタル学園に足を踏み入れた直後だった。
クリスタル帝国の第一皇子である私は、幼少の頃より、公式、非公式を問わず、数々のパーティ、お茶会、勉強会、視察、、、まあ、とにかく、人に会うことが多く、空気を読んでナンボの人生を送ってきている。
ゆえに、ポーカーフェイス、営業スマイルは当然の嗜み、社交マナーも場の雰囲気を察知することも、17歳という年齢の割には、長けている方だろう。
(母親譲りの金髪碧眼に加えて、父親に似たクールな流し目、、からの王子様スマイル。我ながら完璧。『クリスタル史上最高の皇子』『クリスタルの至宝』などと巷では言われているらしい。
、、、自称ではない。念の為言っておくが、私は決してナルシストなどではない!本当に、そう言われているのだ!)
その私の勘が、おかしいと告げている。なんだ、この奇妙な違和感は。
「今日は、入学式の他に、何があっただろうか?」
皇子侍従であり、クラスメイトであるシモンが、すぐに答える。
「いや、特には。例年通り、ホールでの式典があり、それから各教室に分かれてのオリエンテーションがあるだけだが、、、」
シモンは私と共に育ってきた。第一皇子と侯爵令息、立場は違うが、親しく話す仲だ。
「そうか、、」
特に変わりはない、、ではなんだろう、この落ち着かない嫌な感じは。
「なにか、変な感じがするな」
「分かるか。」
「うん、、こう、狙われているような、、しかし殺気は全く感じられないし、刺客等の気配とも違う。」
長身のシモンは、細い眼鏡の奥から、鋭い視線を四方に飛ばす。
ふいに、空気が変わった。
それまで、ホンワカもやもやと漂っていた奇妙な感覚が、一気に冷たく引き締まった。
「おはようございます、ジーニアス様。」
正面から、しずしずと現れた女生徒。艷やかな濃紺の髪を、柔らかく揺らしている。
「おはよう、サファイア。今日から私は君の先輩になるね。制服、似合っている。」
サファイアの青い瞳を見つめながら、優しく微笑む。よし、これでこそ皇子。
「ありがとうございます。宜しくお願い致しますわ。」
サファイアは、ニコリともせずに言う。まあ、いつものことだけど。
「ああ、ベリーも一緒に入学だったね。サファイアのこと、よろしく頼むよ。何か困ったことがあったら、私やシモンをいつでも頼ってくれ。」
「ありがとうございます。ジーニアス様。」
サファイアの脇にいた、赤毛の女生徒が、頬を赤らめてお辞儀した。彼女は小さい頃からサファイアの良き友人だ。ゆえに私も顔見知りである。
「それでは、入学式がありますので、失礼いたします。」
サファイアは綺麗にお辞儀をして、立ち去った。
サファイア公爵令嬢。私の2歳下の、氷のように冷たいと言われる少女だ。心を開いている?と思われる友人は、ベリー伯爵令嬢の一人のみ。
それというのも、産まれてすぐに私の最有力花嫁候補となったからだ。最有力花嫁候補となったのは、単純に、私と年回りが近く、公爵家に産まれたからに他ならない。他の公爵家のご令嬢達は、皆、私と歳が10は離れている。少し歳上すぎるのだ。
サファイアに罪はないが、花嫁候補であるがゆえに妬まれたのと、笑顔の少なさ(ほぼ無し)から冷徹令嬢と敬遠されてしまった。
まあ、学園生活を送っていけば、幾らか友人も増えるのではなかろうか。立場上、サファイアと私も、幼少期より頻繁に親交を深めてきている。笑顔は見られないが、実は細やかな気遣いのできる可愛らしい子であることを、私やシモンは知っている。
しかし、内輪で理解していても仕方がない。次期王妃候補なのだから、人望はあった方がいい。在学中に、健闘してもらいところだ。
「ジーニアス、そろそろ準備に行かないと。」
シモンに急かされ、我に返る。入学式で在校生代表の挨拶をしなくてはならない。生徒会室で、原稿をもう一度確認しておきたい。
「そうだな。行こう。」
サファイアがいなくなると同時に、再び気配を現した、ホンワカもやもやの中を、私とシモンは足早に進み始めた。