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我々は何処へ行くのか? 6



(33)


 陸奥大学・精神神経医学教室、通称『ラボ』のPCで動画ウィンドウの一つから『イベント準備中』の表示が消え、真っ黒だった画面は一変、臨がいる廃校講堂のライブ画像が流れ始めている。


 だが、それを笠松と正雄は見ておらず、新たに現れた『赤い影』=守人の手で富岡が刺された事実にも気づいていない。


 悪化し続ける目前の状況へ対処するだけで精一杯なのだ。







 突如、大学構内に現れた疑似『赤い影』の群れは更に増殖している。


 初めに集まった連中の仮面、レインコートは微妙にサイズが違っていて、カスタマイズの痕跡を伺えたのだが、後続はもっと雑だ。


 プラスチック素材で手作りした歪な仮面が動画ウィンドウに見え隠れし、中には段ボールで作った奴さえ混ざっている。


 一体、どんな告知で彼らを集めたのか?


 変に陽気で遊び心さえ漂うコスプレ暴徒だが、その凶暴性は本物。金属バットや木刀、ナイフ等の凶器を手に医工学科ビルを完全包囲した後、一部が階段を駆け上り、4階のラボへ殺到している。


 総勢は三十名を優に超えているだろう。だが、結構な騒ぎが起きているにも関わらず、警備員の姿は相変わらず見えない。普通の学生がいないのは、おそらく異常な事態に驚き、何処かへ引きこもっている為なのだろう。



 ドアからラボ侵入を試みる連中は入室用パスワードを知っており、すばやく入力して、分厚い金属製の扉を開こうとしていた。


 机やキャビネットで咄嗟にバリケードを作り、笠松と正雄が必死でドアへ押し付けているものの、このままだと突破は時間の問題だ。






「イイね、その悪あがき。雑魚なりに良く盛り上げてくれる」


 インターネットの向う側から液晶モニターの画面を通し、オリジナルの『赤い影』が司会者よろしく実況して見せる。動画視聴者へのサービスと言うより、笠松達を愚弄し、楽しんでいるらしい。


 その部分のウィンドウがいつの間にか全画面表示になり、廃校の動画ウィンドウを隠してしまっているが、見えなくなった部分に何が映っているのか、文恵や正雄、笠松は知る由も無い。


「いい加減、そのけったいな仮面をとらんかい、スカタン!」


 やけくそ気味で正雄が怒鳴った。


「宜しい。特に問題は無い」


 動画ウィンドウに映る白い部屋の中央で、男はおもむろに赤い仮面を取る。


 晒された素顔を見た瞬間、笠松は思わず唸った。


 五十嵐の部屋にあった古い資料と比べ、白髪が増えているものの、全く同じ容貌……間違いない。隅亮二、本人の顔だ。


「この死にぞこないが!」


 毒づく若き刑事を『隅』は興味深げに観察し、チラリと腕時計を見た。後、何分で始末が付くか、測定でもしているらしい。






 一方、文恵は状況の突破口を求め、再びパソコンデスクの前に座った。


 今更、データを漁っても意味は無い。しかし、膨らみ続ける違和感に彼女は耐えられなくなっていた。


 守人を『赤い影』へ作り変えようとした十年間の丁寧な隠蔽に対し、隠し通せる筈の無い露骨で粗野な大学構内の大狂騒……


 いや、五十嵐のマンションを爆破しようとした辺りから、起きる事件の性質が徐々に変わってきている様だ。


 わざと行いを露呈しやすい方向へ誘導し、サイコパス・ネットワークも、『赤い影』と化した守人も、まとめて自滅へ導こうとしている様にさえ思えてしまう。

 

 時系列に沿う一つ一つの行動の中に首尾一貫した仕掛け人の意思が、文恵には見いだせていない。カオスそのものの状況は、一体、何を意味しているのだろう?


 解き明かさなきゃ、早く……


 ドアを破ろうとする物音に怯えつつ、最悪、自分達が生き残れなくても何らかの手がかりを残しておく為、マウスの操作を始める。


 まず全面表示になっている『隅』の動画ウィンドウを縮小、画面の端に置いた。

 

 すると山奥の廃校を映すウィンドウが再び表われ、そこに臨と、床の血溜まりへ倒れたままの富岡も映し出される。


 あっ!と声が出かけ、文恵は慌てて自分の口を塞いだ。


 赤い衣装を身にまとう二つの人影も見えた為、守人と共に素顔を晒す来栖晶子准教授が『赤い影』の一味である事は、ライブ映像から自ずと察知できる。


 俄かに信じられない光景だ。しかし、論理的思考を旨とする文恵の頭脳は、それでもフル回転を止めない。






 あぁ、そうだ。


 何時だったか、来栖先生は、敬愛する師の影響を受けて臨床医の実績を積み、東日本大震災後は一緒にボランティアへ出向いた経験もあると話してたっけ。


 きっと、その「師」こそ隅亮二。


 記録上、隅は独身を通しているから、或いは「師と教え子」の境を超え、男女の関係にまで至っていたかもしれない。


 隅が「触れた」中で、唯一殺さなかった女が晶子だった可能性もある。


 他人との共感能力に乏しく、愛情を育む事が難しいサイコパスの一人・隅亮二にとって晶子は何だったのか?


 晶子もサイコパスで、単に共食いを避けた、と言う事なのか?


 そうだとすると、晶子が心理学を専攻する以前にサイコパス・ネットワークの一員として、隅に出会ったのかもしれない。だが、そこでも文恵の違和感が疼いた。


 来栖先生、私達に接する態度は、ノーマルそのものだったのに……






 困惑で頭を抱える文恵に気付き、正雄が背中から声を掛けた。


「なぁ、姉さん、どした? 変な顔して」


「ん、何でもない」


 慌しく暴徒への対応に追われる笠松と正雄に、文恵はもう一つの動画ウィンドウ内で起きた臨の危機を伝えなかった。


 富岡の負傷にせよ、守人の変貌にせよ、知れば二人は一層動揺するだろう。まず、この場を生き延び、ダークウェブから掘り起こした証拠を守り抜く事が先決。


 文恵はそう心に決めたが、インターネットの深淵、その闇の向こう側にいたギャラリーの熱狂と歓喜の声が廊下で湧き上がる度、背筋を冷たいものが走り抜けていく。


 激しくドアが軋み、押す圧力で今にもバリケードが突破されそうだ。






 フルオートで全画面表示へ戻ってしまった動画ウィンドウの中からも、診療室へ腰を据えた『隅』の嘲笑が漏れて来る。


「こうなると、少々哀れだな。食物連鎖で人の世を例えた場合、普通の善人たる君達は随分と下の方にいる」


「それがどうした、スカタン!」


 真っ赤な顔でバリケードを押さえる正雄の代りに、その常套句を借り、笠松が怒鳴り返す。


「浅墓な同情心、独り善がりの愛情を妄信し、十把一絡げで良心と呼ぶ欺瞞……その良心とやらに惑わされず、何ら躊躇なく己の利益のみ追求できる我々の餌食となる以外、君達に道は無い」


「そういや、世の勝ち組にゃサイコパスが山程いるそうだが、その反対側にいて俺はけっこう幸せだよ」


「そろそろ限界だろ、君? 痩せ我慢はみっともない」


「へっ、ろくな事の無ぇ毎日……あちこち踏みつけられ、薄皮一枚の安っすい笑顔で、貧乏くじばっか引きながら……」


 言葉に迷い、一瞬、俯く。


 近頃、めっきりグチが増えた笠松だが、元より口の達者な方ではない。だからこそ乏しいボキャブラリーを必死で漁った。動画の男が吐く言い草に黙ってちゃいけないと、心の中で何かが叫ぶ。


「無理くり踏ん張ってる『普通の奴』がお前らに負けてるなんて、俺ぁ、これっぽっちも思わねぇ!」


 笠松の脳裏に「完治という事なら、一生無理」と明るい口調で言う富岡の能天気な笑顔が浮かぶ。


 「骨身に沁みた恐怖は拭えない」と両膝を震わせながら、尚、因縁の決着を付ける決意をした五十嵐の歯ぎしりも聞こえた気がする。


 無理くりだ、どいつも、こいつも……


「おい、そこのサイコパス、やせ我慢なめんな。貧乏くじなめんな! 俺達の薄っぺらな良心、なめてたらケガすんぞ、こんちくしょう!」


 笠松は吠えた。


 画面の向うの嘲笑を見る度、制御不能の怒りと、正体不明の熱い感情が噴き出し、込み上げる。

 

 とうとう侵入してきた赤い仮面の一人を銃の台座で殴りつけ、ドアの向うへ追い返しながら、もう一度、言葉にならない怒号を笠松は上げていた。


読んで頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさか、「隅亮二、本人の顔だ。」。こいつが生きていたとは!!! [気になる点] 無 [一言] でも、どうやって、30人以上の、サイコパスの連中を倒すのでしょうか? 全員で、自爆するのでしょ…
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