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突破口! 3



「五十嵐さんの推理も私の推測も、このサイトに隠されたリンクがあるという点では同じ。何とかして早く見つけ出さなきゃ」


 グッと画面を睨む。


 その文恵の鼻先、正雄がイチゴ大福を突きつけ、


「臨ちゃんみたいに前のめり、なんて似合わへんよ、姉さん」


「だから、その姉さんは止めてと何度も……」


 抗議しかけた文恵の言葉が途切れた。いつものチャラい調子と違い、正雄の顔つきは真剣そのものに見える。


「根詰め過ぎは、あかんでしょ」


「だって……」


「だってもあさっても、無い。姉さん……いや、増田さん、責任感じとるんやろ、臨ちゃんと守人の事」


 正雄の言葉には熱がこもり、茶々を入れる余地など無い。


「あの二人を合コンで引き合わせたのは、俺と増田さんやからな。何も知らんかったとは言え、草食の文系男子と前向き理系女子の組み合わせを面白がってたのは事実やし」


「この先、何かあったら……」


 苦し気に呟く文恵の青ざめた顔に、深い疲労が滲む。


「一人で抱えんなや、姉さん」


「でも」


「デモもストライキも無い。俺だって、責任はあるんよ。あるけど、臨ちゃんや増田さんみたいな知識は無い。この大学もまぐれで受かったボンクラやからな」


「うん」


「そこ、否定してほしかったんやけど」


「日頃の行いが悪い」


「……ま、俺に出来る事って言ったら、差し入れ位のもんや。せめて食うて、一息入れて、元気出してくれ。他にも出来そう事があったら、俺、何でもするからさ」


「正雄の癖に生意気な!」


 切なげな正雄を横目にイチゴ大福の包装を破り、文恵は大きく口を開けて頬張った。


 固く張りつめていた心の糸が少しだけ緩んだ様だ。


 心なし穏やかになった声音で正雄へわざと悪態をつく文恵を、富岡は微笑ましく見つめた。

 

 若さと拙さに裏打ちされたピュアな絆を感じ、くたびれた中年の身としては、以前流れていたであろう長閑な時の流れを、彼らへ早く取り戻してやりたいと思う。






 心と体の栄養補給をしばらく見守った後、


「実はね、五十嵐さんから聞いた話の中に、隅亮二が若い頃作ったレポートにまつわる話が含まれていて、詳細を思い出す内、気が付いた事があるんです」


 と富岡は切り出し、液晶画面に映る『隅 心療内科クリニック』HPのある一点を指さした。


「この背景、目立つ位置にある横長の額縁は一面黒塗りで詳細は全く分かりません。ですが、周囲にある他の名画の画像はそのまま表示され、絵のディテールが現れている。しかも……」


「反転してる、でしょ?」


「は!?」


 文恵にあっさり先回りされ、富岡は意表を突かれて間の抜けた声を出した。


「臨から聞きました。富岡さん、ゴーギャンの肖像画がこの中にあるって言ったそうですね」


「はぁ」


「で、ネットで調べたんです。確かにオディロン・ルドンって画家がゴーギャンの死後、追悼の為に描いた絵で、オリジナルと比べると左右反転してました」


「え~、五十嵐さんと隅が研修中、一緒に作ったレポートに似た仕掛けが有るそうですわ。資料写真をわざと左右反転した状態で隅が掲載し、その後、現実に起きた殺人現場の状況は写真そっくりだった。つまりレポートのミスを再現した訳で」


 文恵と富岡の会話に、例によって正雄が割り込む。


「何でまた、そんな面倒な?」


「それは五十嵐さんにだけ理解できる形で行った、隅の犯罪告白だったんだよ。それに隅にとって『鏡像』は人の心の二面性をシンプルに表現するメタファーで、昔からお気に入りだったらしい」


「へ~、この心療内科のHPも、その隅って医者が作ったんやろ。なら、名画を反転させたのも当然そいつやろし、何か深い意味、仕込んでなきゃおかしいわな?」


「この場合の反転は、リンクのパスワードに関する事じゃないかって、直感的に思ったんですよね、私」


 思案顔で富岡に言い、文恵は前に臨が試したパソコン操作をそのまま再現してみた。


 画面上に現れる赤いてるてる坊主のCGにマウスポインタを合わせ、シングルクリックで選択した後、黒塗りされた横長の額縁へドラッグ&ドロップ。


 すると、パスワードを入力する横書きの空欄が三つ現れる。

 

「この隅 心療内科のHPに現れた入力欄は三つで、三つとも三文字分を入力するようになってます。それに対して、臨が手に入れたパスワードは『GWAW』『WAW』『FCWDW』」


「文字数が違うね」


「ええ、そのまんまじゃ入らない。で、パスワードをルドンの絵や五十嵐さんのレポート写真に倣って、左右反転させます」


「横書きやから、反転で文字の順番がひっくり返るんやな」


 文恵は三つのパスワードのアルファベットを最後の文字から最初の文字まで逆にし、並べる順番も入れ替えてメモ用紙へ書いた。


 『WDWCF WAW WAWG』


 そのメモ用紙を富岡、正雄の目の前に掲げ、文恵は思わせぶりに問い掛ける。


「何か気付きません?」


「は?」


「この黒塗りの額縁に隠れている絵が、富岡さんの推察した通り、ゴーギャンの描いた名画『我々は何処から来たのか 我々は何者か 我々は何処へ行くのか』だとしたら、現在収蔵中のボストン美術館で表示されるタイトルは……」


 文恵はメモ用紙に短い英文を書き足した。






 『WHERE DO WE COME FROM? WHAT ARE、WE? WHERE ARE WE GOING?』






 見た途端、富岡はあっ、と声を上げる。


「単語の頭文字を抜き出すとWDWCF、WAW、WAWG……反転したパスワードと同じになるんですね」


「はい、サイトを閲覧する者……サイコパス・ネットワークへ参加を希望する者の為、自力でパスワードの意味を理解し、到達できる余地を残しておきたかったんだと思います」


「なるほど。パズルの作成は難しくする事より、想定する回答者にギリギリ答えられるレベルへ調整するほうが難しいって言いますから」


「多分、簡単なヒントは事前に与えておいたんでしょうけど、参加希望者が誰も解けないパズルを用意する筈が無かった。謎自体は馬鹿馬鹿しいくらい単純だったんですよ」


「……なるほど」


「凄ぇ、流石、姉さん!」


 思わず叫んだ正雄を文恵が睨む。


「あのね、それを言うのは、まだ早い」


「まだ? これで謎解きが終わった訳じゃないの?」


 文恵は渋い顔で頷いた。


「志賀から渡されたパスワードの意味は、多分これだと思います。でも『隅 心療内科クリニック』のHPに現れる入力欄は3文字ずつで、当てはまらない点が解決できていない」


 机の上に散らばった他のメモ用紙には、試行錯誤したパスワードの数々が書き散らされている。


 あと少し、という感覚が却って苛立ちを招くのだろう。


読んで頂き、ありがとうございます。


次回、扉が開きます。

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