表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/105

突破口! 1



(29)


 今日は朝から、実に静かだ。


 平日だと言うのに、午後になっても来栖晶子の精神神経医学教室は閑散としており、殺風景なラボに部外者の増田文恵しかいない。


 晶子は人気の高い准教授でゼミ生も多いから、普段は昼休みの間でも誰かしら屯しているのだが、そんな活気は全く無い。


 当然と言えば当然のお話。


 陸奥大学では学期をクォーターと呼び、第三クォーター開始が10月2日。それまで夏季休暇の扱いになっている。


 10月で『夏季』という感覚は、雪の多い地方独特のものであり、関東、関西からの学生には馴染みにくいのだが、今日はまだ10月10日だから、帰省から戻ってきていない学生がいる。


 その上、このラボは現在、エマージェンシー・モード継続中だ。高槻守人による傷害、爆破事件に巻き込まれた晶子が負傷し、自宅で療養を続けているのだ。


 本来のゼミ生は揃って不在。文恵にせよ、まだ就職活動であくせくする必要が無い学年の内に少しでも羽を伸ばしておきたい所なのだが、


「ろぐすっぽ、遊べねぇべ。こんな、ぐずらもずら、すて」


 と、PCの液晶モニターに浮かぶ『タナトスの使徒』のフロントページを薮睨みする。


「あ~、いづい! 相方、いねぇとあんべ悪いっちゃ」


 疲労の余り、いつもは大学内で使わない訛り丸出しでぼやき、椅子の背凭れへ体を預けて、天井を仰ぐ。


 文恵の相方こと能代臨が消えてから四日。依然として彼女からの連絡は無く、警察も捜索を続けている筈だが、新たな情報は無い。


 まぁ、何か分かっても、こっちさ教えてくんねぇべ。


 文恵はやるせなく呟き、グッと落ち込む寸前、頭を左右にブンブン振って浮かない気持ちへ気合を入れる。


 今、できる事があるとしたら、『タナトスの使徒』HPの仕掛けを解明する事くらいだ。それは臨が姿を消す前に文恵へ託した願いでもある。






 現状、『タナトスの使徒』HPについてはっきりしている事実と言えば……


〇隅亮二という消息不明の犯罪心理学者が密かに立ち上げ、先日、大学構内で死亡した自称ユーチューバー・志賀進が運営していたという事。


〇怪しげな都市伝説、過去の陰惨な殺人事件を主要なテーマとしており、有料の会員になって特別なパスワードを入力すると、殺人事件のライブ映像など、違法な動画を視聴できるとの噂がネット上で流れていた事。


〇『タナトスの使徒』HPには様々な仕掛けが組み込まれており、特殊なマウス操作などで隠されたポップアップ・スイッチを表示させ、そこから動画再生や、リンクされた他サイトへの移動が可能になっている事。


〇実際に志賀から受け取ったパスワードを使い、高槻守人が自宅で殺人動画を視聴していて、その場に能代臨も居合わせ、守人自身が犯人だと仄めかす動画の内容を確認している事。


〇陸奥大学のラボに置かれているパソコンが何の操作もしていないのにライブ動画を流し始めた事があり、その内容は失踪中の高槻守人が『赤い影』の扮装をしている何者かに襲撃される光景だった事。


 その際、来栖晶子、能代臨がリアルタイムに目撃しているが、ライブ画像は通常の『タナトスの使徒』HPを同時間帯に視聴していた者の目に留まらず、研究室内だけで視聴可能だった事。

 

 と、言った程度である。






 文恵がラボにこもって悪戦苦闘。多少の前進はあるものの、突き止めたと言える内容はごく僅かだ。


 理工学部で学年トップクラスの成績を誇り、図形論やゲーム理論を扱うゼミにも参加している文恵にとって屈辱的状況である。


 会員だけアクセス可能な秘密のリンクが『タナトスの使徒』内に隠されているのは確かだと思える。


 実際、隅亮二がかつて所有した診療所のHP迄なら文恵にも辿れるのだ。


 その後、更に深い階層……或いは、より秘匿性の高い別サイトへ飛ぶリンクが現れる筈だし、そこへ辿り着きさえすれば違法動画を含む全ての証拠へアクセスできる、と文恵は予測していた。


 で、アレコレ試して、挫折の連続。


 結局、志賀進が守人へ手渡したという三つのパスワードの使い方を最後まで解き明かすしか道は無いらしい。


「う~、ごしゃげるわぁ。そっただ、おどげでねぇ謎だと思わねぇけんじょ……」


「姉さん、バリバリ気合入れとんなぁ」


「わっ!?」


 熱中しすぎて背後からの気配に気づかず、伊東正雄の声に驚いた文恵は椅子ごと後ろへひっくり返りそうになった。


「お~っと、危ない」


 反応し損ねた正雄の代りに、ささくれた男の手が椅子の背凭れを支える。


「あなた……確か、警察の」


「本庁捜査一課の富岡です。光栄ですなぁ、増田さん、覚えててくれましたか」


 ちょっとにやけた中年刑事の馴れ馴れしい笑顔は、忘れようにも忘れられない。


 志賀進が研究室へ乱入した日、姿を消した高槻守人を文恵と正雄が探しに出て何の成果も無く戻ってくると、二人の刑事と臨が話していたのだ。

 

 その内の一人が富岡である。


 文恵達も大学内の守人の様子について聞かれ、臨と一緒に『タナトスの使徒』について調べている事を話したら、それについても根掘り葉掘り聴取されている。


読んで頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ