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まだ「そこ」にいる 6



(26)


「そんな……そんな馬鹿な事があるか!?」


 数分後、打ち明けられた真相を全て聞き終え、五十嵐は驚愕の余り血走った眼をパソコンの液晶画面へ向けた。


 隅は、動画ウィンドウの中で楽し気にこちらを見ている。


 遂に『赤い影』の真のプランを知った五十嵐の動揺を読取り、弄ぶ喜びを堪能しているのが画面から伝わってきた。


「さて、五十嵐君、ここまで君に話したと言う事は……」


 もう生かしておくつもりはないって事だろ?


 五十嵐が呟くと、液晶画面上、動画ウィンドウの傍らに別のウィンドウが開き、細長いタスクバーを表示した。


「この映像は自動的に消滅する。パソコン内の全てのデータを道連れに、ね」


 タスクバーの色が変わり、同時に目まぐるしい速度の上書きでハードディスクの内部データが消滅していく。


「えぇい、畜生!」


 半ばヤケクソで、電源ケーブルをパソコン本体から引っこ抜こうとし、強い風が頬に当たるのを五十嵐は感じる。


 壊れたサッシの割れ目から吹き込む風がカーテンを翻らせ、その裏に潜んでいた男が飛び掛かってきた。


 赤い仮面が鈍く光り、レインコートがたなびく。

 

「お前、隅か!?」


 窓の近くでもみ合いになり、五十嵐は叫んだ。


 撮影済の動画をネット経由で再生しつつ、物陰に隠れて旧友の反応を観察していたのだとしたら、如何にも隅らしい陰険さで、襲う俊敏さに衰えは感じられない。


 机に立てかけたスタンガンは床へ倒れ、拾う暇も無く、ベランダへ押し出される。


 『赤い影』の衣装を着た男が首を絞めてきた。スチールの手すりへ押し付けられ、5階の高さから下へ突き落されそうになる。


 自分でも驚く程、貧相でしわがれた悲鳴が喉から飛び出し、黒雲渦巻く夜空へ響いた。






 臨達がその悲鳴を聞いたのは、マンションの暗い階段を昇っている最中の事だ。


「おい、あれ!?」


 富岡が声を出した瞬間、答える代わりに笠松が階段を駆け上がり始めた。胸のホルスターから拳銃を抜き、弾倉を確認した上で、後ろの晶子達を富岡は振り返る。


「あなた方はここで」


 有無を言わさぬ調子で言い、富岡は笠松を追った。


 臨も足を止めない。


 富岡の忠告など耳に入っていない様子だが、咄嗟に晶子が彼女の後ろの襟を掴む。


「あたし、行かないと……高槻君の手がかりがつかめるかも」


「素人の小娘が何言ってんの!」


「でも……」


「デモも、ストライキも無い。私達じゃ刑事さんの足手まといになるだけじゃない」


「ここにいても何が起きるかわかりません。危険って言うなら、刑事さんの近くにいる方がマシよ」


 捕まった野良猫さながら、上着の襟が後ろへ伸び切った状態で臨はもがき、晶子の手を振り払った。


「……まぁ、一理ある」


 溜息交じりに臨を見送り、晶子も脱いだハイヒールを手に持って階段を上り始めた。


 切れかけた照明が瞬く薄暗い階段に一人取り残されるのだけは、まっぴらだと思ったらしい。






 ベランダから何とか部屋へ戻り、床へ膝をついた時、五十嵐は机上の液晶モニター画面が真っ黒になるのを見た。


 どんな仕掛けなのか? パソコンが完全にイカれたらしい。


 一方、五十嵐への攻撃は意外と手緩い。殺そうと思えば殺せそうなのに、何処かしら躊躇う隙がある。


「……お前、やっぱり隅本人じゃねぇな。あいつなら、こうは手間取らない」


 答えの代りに、ボイスチェンジャーを通した甲高い声が赤い仮面から聞こえてきた。


「我々は何処から来たのか?」


「あいつの真似、すんじゃねぇ!」


 叫びながら上体を起こし、机の下で転がっているスタンガンに五十嵐は気付く。飛びつけば届く距離だが、正面に『赤い影』が立ちはだかっていて近づけない。


「我々は何者か?」


 仮面が次の言葉を発した時、玄関のドアが開く音、ドタバタと廊下を走る音がした。


「警察だ!」


 笠松は躊躇なく書斎へ踏み込む。見た所、『赤い影』は一人で行動しており、取り押さえられると踏んだのだろう。


 怯む隙が『赤い影』に生じる。


 それは五十嵐にも反撃の好機となった。スタンガンを拾い、電源のスイッチを入れて力任せに振り回す。


 バチッと凄い音がした。


 斜めからロッドが仮面の左上部に当たり、合成樹脂の表面を破損させる。反面、電気ショックの威力は仮面が減殺してしまい、体を麻痺させる効果は生じていない。


 『赤い影』は、仮面の破損部から片目だけ覗かせ、飛び掛かろうとする笠松と五十嵐を睨んだ。


 若い眼差しだ。


 五十代に達している筈の隅とは明らかに違う。

 

 ふふ、とせせら笑う声がした。ボイスチェンジャーも壊れたらしく、ごく普通の男の声だ。


「おとなしくしろ、貴様!」


 笠松が組み付き、五十嵐もスタンガンを当てようと狙う。


 少し遅れて書斎の戸口へ駆けつけた富岡は、仮面の男の身のこなしに目を奪われた。紙一重でスタンガンを避け、逮捕術は得意な筈の笠松を投げ飛ばす。


 富岡の脳裏をよぎったのは、若かりし日に出会った『赤い影』のデジャブだ。今、目の前にいる『赤い影』も、当時の隅に勝るとも劣らぬ技量を備えている。


 そんな感慨を抱いてしまった分、拳銃の狙いをつける富岡のタイミングが遅れた。


 バチっと耳障りな音が再び響く。


 五十嵐のスタンガンを『赤い影』が受け流し、その先端を笠松の体に当て、強烈な電撃を発生させたのだ。


 若い刑事が崩れ落ち、僅かなタイムラグの後、うっと呻いて五十嵐も前のめりに倒れる。うつ伏せになった老人の体の下から血液がゆっくりフローリングの床へ広がっていく。


 刺された……刺されたのか!?


 拳銃を富岡が構える先、小首を傾げ、血溜まりを見下ろす『赤い影』は小さな凶器を隠し持っていた。


 左手に握る古いメス。


 最早、デジャブのレベルではない。


 富岡の悪夢に数えきれないほど現れた、あの鋭利な刃……昔、自身の左胸を抉ったあの凶器が新たな血を啜ったのだ。


読んで頂き、ありがとうございます。

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