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まだ「そこ」にいる 3



「あれから、高槻君の連絡は?」


「今の所、何も……」


 富岡は小さく頷いた。


 この所、臨は割合細目に連絡を入れているから、状況に変化が無いの承知の上で一応確認したのだろう。

 

 臨の方にも一つ確認しておきたい事がある。


「あの……郊外のホテルで殺されたヒッチハイカーの女性についてなんですけど」


「何か?」


「9月30日の時点で消息を絶ったそうですね」


「え!?」


「あたし、10月2日に高槻君から『昨日、車に女性を乗せた』と聞きました。だとしたら、彼がヒッチハイカーと初めて会ったのは10月1日の筈です」


 富岡はちょっと困った顔で頭を掻いた。


「二人の女性が誰の目にも触れず、何処かで丸一日過ごしていたのなら矛盾はありませんが……富岡さん、この時間差はどうお考えになりますか?」


 富岡が答える前に、笠松が割り込んだ。


「能代さん、その話は誰から?」


「昨日の夜、電話で五十嵐さんが話してくれました。凄く良い人ですね、気さくで、優しくて」


「はぁ!? 気さく? 優しい? あのオッサンの何処が?」


「相手が若い女性なら、そりゃ五十嵐さんだって、多少は言葉使いが変わるだろ」


「にしたって変わり過ぎなんス」


 幾度となく若僧扱いされた笠松は妙な所で憤慨しているが、富岡にすれば、まだ伝えて間もない捜査情報を五十嵐があっさり臨へ漏らしたのが意外だった。


 どういう魂胆があるのか?


 或いは、電話を通して聴く臨の声が、既に縁を切って会える見込みの無い娘を彷彿させ、つい口が緩くなってしまったのかも知れないが……






 この時点で警察が掴んだ情報によると、殺害された女性ヒッチハイカーは森圭子・19才、阿川春奈・18才。


 二人とも千葉県在住。ネイリストを目指し、船橋市の美容専門学校へ通うクラスメートだった。


 流行りの御朱印集めで各地の神社を訪ねるのが共通の趣味。


 9月の末に東北を巡り、仙台へ来て民家改造のゲストハウスに宿泊したのが28日の夜である。


 台風の接近を知り、9月30日の昼頃、交通の便が良い大國神社だけでも詣でて東京へ戻ると告げ、宿を出たと言う。


 以後、遺体で見つかるまでの足取りは不明。


 大國神社で二人が御朱印を貰った形跡は無く、それらしい目撃情報も無い為、宿から神社への移動中、何者かに拉致された可能性が高い。






「亡くなった森さん、阿川さんが目指していた大國神社は青葉区木町通にあり、高槻君が車で走り去った陸奥大学・青葉山キャンパスと大して離れていない。だから、9月30日の逃走直後、路上で二人を拾ったと見るのも不自然ではありません」


 臨が五十嵐から得た情報を若干補足しつつ、富岡は自身の疑念も打ち明けた。


「ですがその場合、高槻君は彼女達と一昼夜を共に過ごした後、林の奥へ連れ込んで殺害した事になります。通り魔的な犯行だと標的の確保後、殺害まで長い時間を掛けるのは異例中の異例。それに初対面の男性に対し、若い女性がそこまで従順について行くものでしょうか?」


「二人の死亡推定時刻は1日の午後4時から6時の間でして」


 最早、捜査情報を隠そうともしない先輩の様子に呆れ、開き直った口調で笠松が付け加える。


「つまり、ヒッチハイカーの女性を拉致したのは高槻君ではなく、別の誰か? あたしが動画で見た、あの赤い服の男、とか」


「グループの犯行と言う事もあり得ます。強引な拉致なら、被害者二人を一人で捕えるのは難しい」


「なるほど」


「あくまで可能性であり、高槻守人が最も重要な容疑者である点は変わりませんが」


 念を押す富岡の言葉は、守人が犯人の一味と共犯である可能性も示唆していた。


 警察がそう見るのは仕方ない。理解しつつ、臨の中には異なる視点の疑惑も渦巻いている。


「あたしは何より高槻君が10月1日に女性を車に乗せたと言い切ったのが気になります。夢と混同してたけど、あの時の口調……彼が思い違いをしているのか、それとも」


「嘘をついてるか?」


 割り込む笠松を、臨はさり気なく無視する。


「高槻君の記憶そのものに空白があるんです。9月30日の夕方から10月1日の昼までに起きた出来事は、彼が言う『夢』の中にさえ出て来ない」


「もし、我々が未だ把握していない犯罪者集団の関与があるとしたら、そのタイミングでしょうな」


 掲示板の横に立ち、しばらく黙って話を聞いていた晶子がそこで口を開く。


「先日の公開講座でも触れたんですけど『作られた記憶』という心理学上の命題がありまして」


「あぁ、ジョン・キーストロムが提唱した説ですね」


 すかさず応えた富岡を、晶子は、へぇ、という眼差しで見る。


「いやね、この人、見かけによらず、心理学とか、やたら詳しいンですよ」


 からかう口調で笠松が言う。


「絵とか音楽とか、色々造詣深くて、侮れない人なんですよね」


 ついでに臨も調子を合わすと、富岡はまんざらでもない笑顔を浮かべた。


「催眠療法の施術中とか、意識が混濁した状況で、特定の暗示を繰返し、効果的に与えられ続けると、有りもしない体験の疑似記憶をゼロから創り上げてしまう危険性がある……でしたっけ?」


「あら、本当に侮れない刑事さんなのね」


 晶子は感心した様子で富岡を見やり、言葉を継ぐ。


「今回の件のみならず、過去の事件においても高槻君が悪夢の中で犯行の様子を極めてリアルに体験していた事が、この視点からなら説明できるんです」


「つまり犯行の前後、高槻君と密かに接触していた人物がいて、殺人の偽の記憶を植え付けた、って事ですか?」


 濃くなる一方の守人の容疑を晴らせるかもしれない、と感じた臨の声が弾む。


「私は当初、彼の悪夢が過去のトラウマに対する防衛機制の特殊な形ではないかと考えていました。しかし、こうなると第三者の関与を疑わざるを得ません」


「洗脳みたいで怖いですね」


「実際、洗脳にも応用できるわ。相当高度な心理学の知識と技術を持っていなければ、そんな意識誘導は不可能だけれど」


「多分、あいつなら出来る」


 笠松がぽつりと呟いた。


「隅、か?」


「ええ、五十嵐さんの話によると、飛び切り優秀な臨床心理士でもあるんでしょ」


 富岡は腕を組み、思案顔になった。


 その正面で晶子も思案しており、何処となく共通点を感じる。年齢は近く、飄々としてマイペースを貫く雰囲気も同じ。


 犯罪心理学者と刑事のカップルなんて意外と良いかも。


 そんな少々不謹慎な思い付きを、この時、臨は抱いた。


 大体、美人で世渡り上手。人あしらいもうまい晶子に、浮いた噂の無い方が不思議なのだ。


 特に男嫌いという訳でも無さそうだし、これまでどんな恋をしてきたのかな?


 つい胸中で妄想が膨らむ臨を、富岡が怪訝そうに覗き込む。


「で、能代さん、ここで何を?」


 方向音痴を先生に弄られてました、とは流石に言えない。困っている横から、当の晶子が口を挟んだ。


「この子、宮城からあまり出た事なくて。良い機会だから都会に慣れさせようかと」


「指導の一環ですか?」


「はい、ささやかな娯楽も兼ねて」


 どういう娯楽ですか!?


 そうツッコミたい気持ちを我慢する臨の面持ちで、富岡は成り行きを察したらしい。


「え~、そろそろ指導は切り上げ、五十嵐さんの所まで御一緒しません? 待ち合わせの時間まで間が無いし、見目麗しい女性二人を残していくのも気が引けます」


「ま、仕方ありませんね」


 残念そうに歩き出す晶子にホッとし、臨も地下鉄入り口の方角へ足を速める。


 富岡と意気投合した様子の晶子が、トレーニング・アナリストを引き受けていた頃に臨のやらかした失敗談など、明るく語らう様子に冷や冷やさせられながら……


読んで頂き、ありがとうございます。

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