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痕跡 2



 ホテルの駐車場から公道を横切って東へ向かい、800メートルほど山林へ入った場所で泉刑事は遺体を見つけていた。


 そちらに向かう道すがら、富岡は飽きもせず電子パイプの吸い口を噛み、ケンパーの事件と今回の共通点を考えている。


「ヒッチハイカーの女性を拉致し、殺したのが昨日の昼から夜までの間とすると、警邏中の警官と話した時、ミニワゴンのトランクの中には二人分の死体が詰まっていた筈だ」


「死体を抱えたまま、わざわざ警官を呼び止め、世間話を楽しんだって事ですか?」


「この手の危うい綱渡りも、おそらくケンパーの模倣なんだよ」


 笠松の悪寒は収まっておらず、青白い顔で眉を顰める。


「一歩間違うと捕まる状況下で、ケンパーも敢えて警官へ接触しているんだ。それに、被害者の女性の首を愛用のソファに載せて愛玩した後、すぐ隣の部屋で、何も知らない精神科医と面談したと言う記録も残っている」


「精神科医? 富岡さん、それって……」


 笠松の指摘に富岡は頷いた。


 能代臨の話によると、バスルームで遺体の首を見つけた時、高槻守人は臨のみならず、臨床心理士の資格を持つ来栖晶子とも会話している。


 一見、偶然に見える成り行きさえ、巧妙に計算された模倣犯罪の一部かもしれない。

 

「なぁ、笠松君。何故こうまでして『赤い影』は、かつてのシリアルキラーを再現しなきゃならンのかね」


「ファンなんでしょ、単に」


「伝説的人殺しの?」


「ええ、例の『タナトスの使徒』にしろ、一か月に千人以上が見ていたそうです。そういう悪趣味なオカルトマニア、奴らだけ理解できる魔術みたいな奴があるんじゃないスかね?」


「そう言ゃ、蘇りの呪文がサイトに載ってたって話もある」


 スーパーファミコン世代の富岡にとって「蘇りの呪文」とは少々懐かしい響きだが、笠松は馬鹿馬鹿しいとしか思えない様子で、


「よ~するに病んでるんですよ、世の中、まるごと」


 と手厳しい。


 そんな物言いには強い生理的嫌悪感が含まれていて、ごくありふれた反応だと富岡は思う。






 凶悪な犯罪を自分自身と根本的に違う怪物の仕業と見做し、理解不能で片づけ、記憶ごと消去する方が気持ちの上で楽だろうが、彼らは単なる「怪物」だろうか?


 アメリカ・トップクラスの実業家、弁護士、メディア関係者、外科医、警官等に、他者への感情移入が殆どできないサイコパスが多数含まれているという話を、富岡は雑誌の記事で読んだ。


 全体の中で占める割合は、米国内に限定すると25人に一人程度だと言う。余りに多すぎる印象だが、必ずしもすべての国で妥当な話ではない。


 国民性や文化が影響するのか、東アジアの国々、特に中国と日本ではサイコパスの割合が低い。


 台湾で行われた調査によると全対象の0.03から0.14%に過ぎなかったそうだが、社会環境の変化によって以前と状況は大きく変わっている、と警鐘を鳴らす声もある。


 少なくとも西欧社会ではサイコパスの割合が確実に増え続けている。


 1991年にアメリカ国立精神衛生研究所が行った調査によると、15年の間にアメリカの若者に占める反社会性人格障害者の数が二倍近く増えているのだ。

 

 日本の現状はどうなのだろう?


 未だに『サイコパスは稀な国柄』に留まっていると安心して良いものなのか? 


 弱肉強食。勝ち組と負け組。シンプル過ぎる二元論と生存競争に追われ、消化しきれない巨大なストレスが誰の背にも載っている。


 身の回りの人間がどんな心の闇を背負っているか判別は難しく、正常と異常の境界線が今ほど曖昧な時代もあるまい。






 とは言え、


「単に病んでると、俺には思えない」


 富岡は言い切った。


「切った首をバスタブに飾っておく奴ですよ。異常者に決まってるじゃないスか」


「やる事なす事、一々緻密過ぎる。事件の極端な外観の割りに、証拠が綺麗に消されていて、背後に何者かの計算を感じるんだ」


「富岡さん、考えすぎだと思いますけど」


「志賀が手を汚したと判明している殺し、あれと比べてみろよ。模倣犯である点は同じでも、志賀は愛人を殺す時、後先考えず動き回って、証拠隠しもずさんだったろ」


「……そりゃまぁ」


「何処か、芝居じみてるのさ、狂気の現れ方が」


「芝居?」


「俺は見てるからね、昔の『赤い影』。人を殺める時、如何に冷めた眼差しで動くか。満場の観客を前にした演出家さながら……ん~、どう説明すれば君に伝わるかな?」


 まとまらない考えに焦れ、富岡は電子パイプのスイッチを入れて一口吸い込んだ。


「あ~、自主規制、虚しかったっすね」


 からかう笠松を横目に見て、富岡は肩を竦める。


「現場じゃ吸ってないんだから、良いだろ。俺は俺なりに、ストレスと闘ってるんだ」


「はいはい」


「ちなみに今回の事件、これまで見た所、エド・ケンパーと違う部分も幾つかある」


「例えば?」


「ケンパーは遺体を犯し、一部喰ってるのさ」


 げっ、と笠松の喉が鳴った。


「最後にケンパーが殺した被害者は自分の母親だ。虐待に対する積年の思いがあったんだろうな。同時に最愛の存在でもあった。亡骸は、他の被害者以上にじっくりと……」


「も、もう勘弁して下さい」


 慌てて先へ行く笠松に対し、富岡の方は素知らぬ顔でもう一口、パイプを思いっきり吸って、山林の奥へ足を速めた。


読んで頂き、ありがとうございます。

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