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クロスライン 2



「善良な人格から真の殺人鬼は生まれない……来栖先生の御説通りであって欲しいと多くの警官は思っているでしょうが」


「富岡さんは違うんですか?」


「いい年まで刑事をやってても、本当の所、善人と悪人の境界線が何処にあるやら、見当もつきません」


 富岡は肩を竦め、天を仰いで見せる。


 善と悪の境界。近所で殺人が起きた幼い日から、臨も又、それをずっと考え続けてきた気がする。


「来栖先生と会って下さい。富岡さんが経験なさった事について、先生も関心がおありだろうと思います」


「ええ、その件では先生の体調が回復次第、じっくりお話を伺うつもりでいますが、今の所、何はともあれ気になるのが」


 富岡は、先程まで臨が座っていたパソコンデスクへ向い、『隅 心療内科クリニック』の背景を睨んだ。


 名画の額が並ぶ回廊の一番奥、ひときわ大きい横長の額へマウスポインタを移動させ、黒く塗り潰された絵の部分の反応を見る。


 勿論、クリックだけでは何も反応しない。


「う~ん、この額縁の、やたらと横長な感じ、見覚えあるんだよなぁ。隠れている絵、ゴーギャンじゃないかな?」


「ゴーギャン? フランスの有名な画家でしたっけ? あたし、あんまり詳しくなくて」


「この回廊の右側にある絵、見て下さい」


 富岡は、緑を基調とする淡いラインで描かれた男性の横顔の絵を指差した。


「これ、ゴーギャンの肖像画だと思うんですよ」


「肖像? つまり画家で自分で自分を描いたって言う?」


「いえ、自画像では無く……え~、ゴーギャンの友人の作じゃないかな。以前、何かの画集で見たんだと思います。印象派らしい淡い色使いなのに、主題の男の辺りはトーンが暗く、沈痛な面持ちに描かれているのが印象に残ってまして」


 臨は、へぇ、という眼差しで富岡を見た。


「いやね、この人、見かけによらず絵とか音楽とか詳しいンすよ」


 からかう口調で笠松が言う。


 臨は、以前に文恵が見つけた手順を二人の刑事の前で再現して見せた。


 赤いてるてる坊主のCGをクリック、黒塗りの絵までドラッグ&ドロップし、三つのパスワード入力欄を表示させる。

 

「刑事さん、この黒塗りの額について何かもっと判りません? 例えばタイトルとか、先へ進む手掛かり、何でも欲しいんです」


「タイトル? え~、何だったかな?」


 富岡は大きく首を傾げた。


 考えがまとまらない様で、何度かポケットの辺りを右手が行き来するのは、電子パイプの一服で頭が冴える、との願望から来るものらしい。

 

 笠松はさり気なく無視して、言った。


「五十嵐さんの話でも、10年前に実在した『隅 心療内科クリニック』の壁にゴーギャンの複製画が飾られていた筈ですよね」


「そいつが、このHPの黒塗りと似た形なんだよ。横長の大作で絵のタイトルは、え~と」


「長ったらしい名前でしたよね、確か」


「そうそう、『我々は何処から来たのか? 我々は何者か? 我々は何処へ行くのか?』だったと思う」


「えっ!?」


 表情を一変させ、臨は大きな声を出した。


「能代さん、どうかしましたか?」


「そっか、アレ、絵のタイトルだったんだ」


 呟く臨の脳裏に、先程、迫る志賀へ反撃を仕掛けた時の守人が蘇っていた。メスを振いつつ、呟いていた言葉は確かにそれだ。


 謎に満ちた三つの問いかけ。


 直感的に浮かんだもう一つの疑念も、臨は口にした。


「その……『タナトスの使徒』に志賀のパスワードでアクセスした夜、一度だけ観た動画がある、と言いましたよね」


「ええ、我々もそのサイトで、本物の殺人動画と思しきストリーミング放送がごく短期間、流れた事は把握しています」


「あたし、一度しか見られなかったから確信は無いんですけど、その動画の中で赤い仮面を被った犯人が何か、瀕死の被害者へ囁いてたんです」


 仮面のボイスチェンジャーが使われていたせいか、ノイズが多い動画の音から、犯人の声は聞き取りにくかった。


 だが、絵のタイトルを知った今、三つの問いかけをしていたと臨には思える。


 守人が志賀に対した時とそっくり同じリズムで、犯人がそれを口にしたと思えてならない。

 

「どうやら、絵と題名に隠された何かが事件の全体像を見通す重要なカギになりそうだな」


 富岡の言葉に臨も頷き、改めてサイト画面をじっと見つめる間、バタバタと文恵、正雄が帰ってくる。


「ダメっ、やっぱり高槻君、何処にもいないよ!」


「ありがとう、文ちゃん」


「で、そこの見慣れないおっさん、誰や?」


 おもむろに刑事手帳を富岡は取り出し、文恵と正雄は顔を見合わせた。


 陸奥大学の構内に警察が入り込むのは異例であり、おまけにヒョロッとして如何にも頼りなさそうな富岡が、敏腕を謳われる捜査一課の刑事だとは信じられなかったらしい。


読んで頂き、ありがとうございます。

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