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ウェルカム トウ ラビリンス 1



(11)


 東北新幹線の車内で富岡刑事が自分の好感度を急降下させていた9月15日の午後9時過ぎ、仙台市青葉区の住宅街では、能代臨が路上に立ち、大きめの瞳を更に大きく見開いていた。


 ヒッピー男が残したメモのWEBアドレスを調べる為、キャンパスに程近い高槻守人の住処へ来たのだが、考えていたより門構えがでかい。


 一見貧相な佇まいの守人と、150坪くらい有りそうな邸宅の威容があまりにアンバランスだ。


 セキュリティも万全らしい。灰色の高い塀が四方を囲んでおり、その佇まいが微かなデジャブと違和感を臨に抱かせた。


 この重苦しい感じ、何処かで? 


 決して良い印象では無いが、住んでいる本人へそう伝える訳にもいかない。


 適当に感心して見せる内、指紋認証装置で開錠する仕組みが作動。僅かな軋み音も無く、金属の扉がス~ッと開く。


「能代さん、入って」


「あ~、すごいね、ここ」


 気押され気味で返事をし、臨は門へ足を踏み入れた。


 石畳の通路を歩く途中、中庭の方を覗くと池が見え、錦鯉が泳いでいて、池の中央には簡単な仕組みの噴水までついている。


「資産家の叔父の持ち家なんだよ。ウェブサイトに記事が出てたんなら僕の家庭事情とか、少しは知ってるよね?」


「うん」


「本当の実家は金持ちじゃなく、父も只のサラリーマンだった。どちらかと言えば、うだつが上がらないタイプの」


 守人の口調は明るかったが、その父親が交通事故で既に他界した事実を臨は知っている。それ以前に母に捨てられ、彼が天涯孤独に近い身の上である事も……


「叔父さんは不動産業を中心に手広く会社を経営していて、中学の頃から援助してくれてる。で、陸奥大学合格を機にここへ住む事になったんだ」


「それじゃ今は、その叔父さんと同居を?」


「いや、新しく始めた事業の海外展開とやらで、叔父さん、中国で暮らしてる。日本にはもう二年戻ってきてないよ。僕は一応、留守中のハウスキーパーとして雇われてる建前なんだ」


「へ~、こんな広い家で一人暮らし」


「二階の部屋を一つ、好きに使えって言われて、初めはラッキーって思った。でも、今は少し後悔してる」


「どうして?」


「家の手入れがね……庭師や電機系の保守業者が定期的に来てくれるけど、芝刈りなんかの単純作業だけでも大変でさ」


 玄関の前まで来て、守人は指紋認証に加え、パスワード入力も行うタイプのロックを解除。重厚な造りの分厚いドアを開ける。


 長く暗い廊下を見て、臨はふと怖くなった。


 考えてみれば、夜中に男性の部屋へ入り、これからしばらく二人っきりで過ごす事になる。


 見た目が華やかな上、背伸びして大人ぶる悪い癖があるから恋愛経験豊富に見える臨だが、それはささやかな努力と演出の賜物。

 

 元々、真面目が売りのガリ勉タイプで、見栄えを気にするようになったのは大学に入ってからの話だ。


 部屋に籠って読書へのめり込み、下手をすると一日中ジャージばかり着ている親友を文恵が見兼ねて、半ば力づくのアドバイスを受け入れた結果に過ぎない。


 合コンとやらに参加したのも、実は今夜が初めて。何かと不慣れな点は守人と大して変わらない。


 それに先程、路上で豹変し、別人のように荒々しい一面を見せた守人を思い出すと、思わず体が硬くなる。


 あれは怖かった。


 確かに怖かったけれど、少し……ほんの少しだけ、鋭さを増す守人の眼差しに魅力を感じてしまった瞬間がある。

 

 落差の魅力って奴かしら? 敢えて言うなら、ツンデレ的な?


 上がり框の前でフリーズし、思いを巡らせていると、先に廊下へ上がった守人が振返る。


「ん、どしたの?」


 臨は俯き、微かに頬を赤らめた。


 実はあたしもチキンなの。そう白状できれば気が楽なのに、臨の性分はそう素直に出来ていない。


 言葉に迷って顔をあげたら、守人の傷が目に入った。


 ヒッピー男から彼女を庇った際、額に負った傷だ。浅かったから路上の応急処置で塞がっているが、結構目立つ。


「ちゃんと傷の手当、しよ」


「もう大丈夫だよ。それよりメモの方、早く調べなきゃ。僕の部屋にパソコンあるから」


「……せめて、消毒くらいは」


「ホント、大丈夫だから。さっき怒鳴ってしまった事を気にしているなら、僕は何度でも謝る」


「……ううん、悪いの、あたしだもん」


 そう言って臨は覚悟を決め、廊下へ上がった。


 何時しか、彼女の中から守人への恐怖は消えていたが、家から感じる違和感は依然続いている。


 廊下や階段の様子を注視し、その感覚の理由が判った。厳重な警備システムが塀や屋外のみならず、屋内の至る所にまで設置されているのだ。

 

 守人が動く度、超小型のビデオカメラが彼を追っているのに臨は気付いた。






 あぁ、そうだ。ここ『ラボ』みたい。


 彼女の通う陸奥大学・精神神経医学教室は、来栖准教授らの要望で、建てられたばかりの医工学科校舎ビル内に研究室を所有しており、その一画に最新の電子機材とプライバシー保護用の遮音設備を備え、必要に応じて外来の診療も受け入れ可能な小部屋が併設されている。


 ラボラトリー・ルーム、略して『ラボ』。直訳すれば実験室で、中の様子は常設のビデオカメラにより常に撮影されている。


 倫理規定が厳しい昨今、様々な心理テストを試みる為、設けざるを得ない設備なのだが、いつも見られているという感覚は学生にとって気持ちの良いものではない。


 それに似た環境下で守人が全く無頓着なまま過ごせるのは、何故なのだろう? ずっとカメラの存在を無視していられるのは、只の慣れなのか?


 何にせよ、広すぎる家と厳重過ぎる警備システムに息が詰まりそうなプレッシャーを臨は感じた。


 こんな家のハウスキーパーは、あたしには絶対務まらないな、と密かに思う。


読んで頂き、ありがとうございます。

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