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パーティナイト 2



 数分後、トイレから出た守人は、未だ歓声の絶えない座敷席の方を見やり、物憂げな表情を浮かべた。


 正直、もう戻りたくない。


 でも、このままバックレたら、正雄は怒るだろうな。


 ド~ンとでっかいお節介をやいてきた増田さんにせよ、人は良さそうだったし。


 席に戻れば、何とかあの二人と友達でいられるかもしれない。およそ人付合いの薄い日々を送ってきた守人にとって、得難いチャンスに思えた。


 あの可愛い医学部の子とお知り合いになる所までは、高望みってもんだろうけどさ。


 どうするか決めあぐね、そんな自分にうんざりして守人はボソリと呟いた。


「今日は……死ぬには良い日だ」


「それ、確か『フラットライナーズ』のセリフよね?」


「えっ!?」


 通路の曲がり角の方から涼やかな女性の声がし、守人は思わず後ずさった。


「『24』の主役の人が若い頃に出た映画でしょ。キーファー・サザーランドだっけ? 生きたまま死後の世界を体験するって設定が尖がってるから、好きなの」


 曲がり角の向うからヒョコっと顔を出し、少し上向きの唇を尖らせてはにかんだのは、あのリケジョ=能代臨だ。


「あ、どうして?」


 守人の問いを受け流し、臨はすぐ側まで歩み寄る。


「ふ~ん、高槻君もあの映画好きなんだ」


「うん、ちょっと前にリメイクされたけど、新しい奴より前の作品の方が良いと思う」


「あ、あたしもそう。それに、動画配信をスマホで見るより、映画館へ行きたい派かな。単館上映のマイナーな奴が好きで、B級の馬鹿馬鹿しいのも大好物だったりして」


「へぇ」とだけ言い、守人は、「今時めずらしい趣味」という言葉を喉元で呑みこんだ。


「何よ、変わった女って思ってます?」


 守人はブンブン首を横に振った。


「他の人には判らない魅力、自分だけで見つけるのが楽しいんだけどな。みんな、なんでこの面白さがわかんないんだろ?」


「はぁ」


「別にケッコ~ですよ、変な女とドン引きしても」


 又、守人は首をブンブン振った。


 ドン引きどころの話じゃない。むしろ嬉しい。嬉しすぎる。自他ともに認める変わり者の自分と似た趣味の女性がいるとは、これまで考えてもいなかった。


 高嶺の花の印象とは裏腹に、話してみるとざっくばらんで、はきはきした口調にボーイッシュな切れ味がある。


 この辺も守人の好みにジャストミート。


 それが向こうから近づいてくるなんて、あまりにラッキー。夢のような展開が、ラッキー過ぎて正直コワイ。


 それに僕の夢では、どんな素敵な出会いだろうと、最後はあの仮面をつけた血生臭い場面で終わっちゃうし……


「ねぇ、ここから出ない?」


 とりとめのない妄想へ沈みそうになった守人を、臨の悪戯っぽい微笑が現実へ引き戻した。


「出るって……その、つまり合コンから」


「エスケープしちゃうって事」


「二人で?」


 こっくり頷く臨の髪が揺れ、やや赤みがかった店の間接照明の光に映えた。


 うっとり見惚れて何処までもついていきたい気持ちになる反面、心の奥底で警戒心のアラームも鳴っている。


「実はチャンス待ってた。今日もね、本当は合コンに興味無くて、高槻君が来てくれるって言うから、あたしも参加したの」


「何で僕なんか?」


「それも説明する……ね、良いよね、エスケープ。静かな所でじっくりお話しよ」


「でも、店のお勘定」


「後で清算します。文恵に、その辺も頼んでるから大丈夫」


「……何か準備万端、って感じ」


「それだけ、君に興味津々って事よ」


 そこまで言われたら、守人も断れない。


「別に良いけど」と歯切れの悪い答えをし、座敷席の方を気にしながら、そ~っと通路を通り抜け、臨の後を追って出口へ向かう。






 総勢12名の合コンで、たった二人抜け出した位じゃ大した影響は無い。


 臨を狙っていた男子学生は落胆していたが、文恵が家庭の事情で仕方ないのだと嘘をつくと、すぐ気分を切り替えて残った女性へ群がりだす。

 

「いやぁ、アサハカなもんやねぇ、男ってのは」


「あんた、他人の事は言えねぇべさ」


 臨のエスケープをフォローした後、完全に酔いが回った様子の文恵は最早、東北弁を隠そうともしない。


 正雄の方もお目当ての女子にふられたようで、やけ酒気味にハイボールをあおり、


「それにしても、ホント物好きやなぁ、かわいい顔してあんたの友達」


 と首を傾げる。


「あ、臨?」


「そろそろ彼女の目的を教えてくれても、良いんじゃね? 俺、それなりに協力したじゃん」


「私だって、良く知らないんだども」


「だども?」


「言ったっしょ。あの子、見た目バンビで中身イノシシ」


「それ、答えになっとらん」


「思い込んだら後先構わず突っ込んじゃう所、あンのよね。最近、研究のテーマについて悩んでたから、多分……」


「多分?」


 文恵はしばらく考える素振りをし、「やっぱ、わかんね」とお手上げのポーズをする。


「あのさ、タメ作ったら、それなりの答えは出そうや。守人に一目惚れした、なんて判り易~い嘘は、もうカンベンだけど」


「あら、可愛いべ、高槻君。近くで見たらば、意外にメンコイ」


「う~、あんたらの男を見る目は良う判らん」


 ぼやく正雄から目を逸らし、窓の外を見ると、肩を並べて遠ざかる臨と守人の姿がよぎった。


 あの子の注文通り段取ったけど、やっぱり、二人きりにさせたのはマズかったかな?


 見た目より厄介なトラブルメーカーである親友の事が急に心配になってくる。その迷いを打ち消したくて、「熱燗、お代り!」と文恵は大声で叫んだ。






 一方、彼らの座敷から通路一つ隔てたテーブル席を占める客にも不審な動きがある。


 ボサボサの長髪と派手なTシャツが印象的な男が一人、静かに呑んでいたのだが、座敷の会話へ聞き耳を立て、守人達が消えたのと前後して徐に立ち上がる。


 携帯のカメラで合コンの様子をそっと撮影。最後に正雄と文恵の表情をアップで撮った後、出口の方へ向かった。


 そいつがあの来栖准教授の特別講義に乱入した暴漢である事に、酔っぱらった学生達は誰一人気付けない。

「ほら、早くしねぇか! 忙しいンだよ、俺ぁ」


 レジで伝票の計算をしている店員へ怒鳴り、周囲の顰蹙を買いながら外に出る。


 その男、志賀進は、すっかり冷え込んできた外気の中、自然と急ぎ足になった。


 早く、あいつらに追いつかねぇと……


 焦る気持ちで歩を進め、肩にかけたバッグに潜む大きな金槌の感触を掌で確かめる。


 それをどう使うか、考えるだけで志賀の気持ちは弾んだ。


読んで頂き、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 徐々に怖くなってきますね。読んでいて、非常に、面白いです。この先が、読めません。 [気になる点] 無 [一言] 無
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