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アウトサイダー 1



(8)


 仙台市榴ヶ岡と言えば、都市部に近接している上、陸奥大学へ通う学生の便も良い為、宮城県の中でも不動産価格が高騰中の閑静な住宅地として知られている。


 中でも一等地に建つ賃貸マンションの一室で9月15日の夕方、ボサボサの長い髪を神経質にかき回し、一人の男がパソコンの液晶画面へ鋭い眼差しを向けていた。


 陸奥大学における来栖晶子の特別講義へ潜入。警備員に捕まる寸前で逃げおおせた、あの不埒なヒッピー男である。


 名は志賀進。


 若く見えるが、年は三十代半ばを過ぎており、そろそろ中年の仲間入りだ。

 

 サイケデリックな壁紙を貼り、ハンティングナイフやボウガン等の物騒な品をアクリルケースで四方へ飾った部屋は彼の城。何かと人騒がせな計画遂行のアジトでもある。


 暫く前に東京から引っ越してきて以来、ほぼ引きこもり状態。


 滅多に外出せずに悪戯動画の構想を練る志賀は、最初からこうも不穏な性質だった訳では無い。


 ごく平凡なサラリーマンの家庭に生まれ、幼い頃は高い知能指数で周囲の注目を集めたものの、周囲に馴染めない性分を持て余してもいた。

 

 繊細過ぎる感性と高過ぎる自意識に対し、他人に対する共感性は鈍く、冷淡。親しい友人など出来た試しは無いが、それを寂しいと思った事も無い。


 孤独な思春期の只中、1970年代のヒッピー文化に憧れ、折角入った医系の一流大学も「ナンセンス」の一言であっさりドロップアウト。


 ニート街道を突き進む内、気付けば二十代が過ぎ去り、定職も家庭も無い不安定な日々を過ごしている。

 一見、お先真っ暗なのだが……






 連携して動作する三台のモニターへ向い、動画素材を編集する横顔には、悪戦苦闘の狭間、ごく稀に微かな笑みが浮かぶ。


 それは志賀にとって極めて充実した瞬間であり、趣味と実益を兼ねる有意義な一時とも言えるだろう。


 今日のお題は、例の特別講義の動画だ。


 ちょっとしたコネで桟敷席のチケットを入手。フルハウスの講堂へ潜入し、美人なのを鼻にかけてる生意気な女講師の鼻を明かして軽~く一弄り。


 で、その女のキレた素顔を効果的、且つ挑発的に演出。動画投稿サイトへ上げる。


 講義会場からトンズラした後、追いかけてきた警備員をおちょくる様も素材の一部だ。


 事前に段取りを整え、彼の協力者が講堂外で騒ぎを起こす陽動作戦もスタンバっていたから、逃げる事はさして難しくなかった。

 

 この手の悪戯動画を志賀がネット投稿し始めたのは、およそ二年前からである。


 過激さをエスカレートさせ続けた結果、今やそれなりに人気の投稿者で、アフィリエイトの収入だって馬鹿にならない。固定ファンが抱く期待に何とか応えなくては……


 細工は流々、疎にして漏らさず。


 逃走中、滑りやすいパネルを路上に置いたシンプルな罠へ警備員を誘導し、見事にすっ転ぶ様子を撮影する等、笑えるパートも幾つかある。


「フフ、こりゃイケてる。チャンネル登録倍増? うんにゃ、もう一丁、上へ突き抜けンじゃね?」


 薄い唇の端を歪め、テンションが上がった志賀は、いきなり奇声じみた勝利の雄叫びを上げる。






 サイケな壁の向こう側、リビングルームのソファで寝そべる志賀の交際相手・田島茜は彼氏の叫びを聞き、眉をひそめた。


「ススムぅ……ねぇ、早く来てよぉ。そんなの、いつまでやってんのぉ」


 せいぜい十代半ばから後半といった感じの幼い顔つきなのに、派手な化粧をのせた肌の表面はひどく荒れている。


 目つきも虚ろだ。


 ふと、ぼんやりテレビのリモコンを見、覚束ない指先でチャンネルをかえようとした。


 指先がうまく動かず、リモコンが床へ落ちる。そのリモコンの周囲には、やはり茜がこぼしたらしいピンク色の錠剤が幾つも落ちていた。


 今時レアな幻覚剤・PCPだ。


 家族との折り合いが悪く、絶縁状態だった茜は援助交際で金を稼ぐ術を覚え、そのカモを漁るべく入会した出会い系サイトで志賀と知り合っている。


 思えば、僅か二か月前の事だ。


 初めは何処かの喫茶店で落ち合うのが普通なのだが、いきなりこのマンションに呼び出され、薄気味悪く感じたのを覚えている。

 

 でも、6万円という割高な『お小遣い』に惹かれ、関係を持ったが最後、最近の茜はこの部屋へ入り浸る有様。


 その目的はSEX時の媚薬代りに勧められ、すっかりはまったピンクの錠剤だ。


 聞き覚えの無いクスリで、他の場所で手に入らないから、時々アブない遊びへ茜を巻き込む不埒者でも、おいそれと別れられない。

 

「あ~、もう……早くしないと、お薬全部呑んじゃうよぉ。ススムの分、残しといてあげないよ」


 最近の茜は、もう何もかもど~でも良くなっていた。


 薬さえもらえば、志賀の言いなりに何だってする。たとえば、尾木ホールの外で待ち構え、志賀が仕掛ける悪戯の手助けをしたのも茜なのだ。


「ねぇ、お薬が醒める前にさぁ、コッチ来てくれたら、すご~く良い事したげるよぉ」


 テーブルの上にも、まるでキャンディのようにお洒落な小皿へ載せた錠剤がある。


 彼氏を待つ間、茜は無造作につまんで幾つか口へ放り込み、ボリボリ音を立てて噛んだ。






 志賀は、と言うと、陸奥大学での動画を投稿サイトへアップした後も、まだパソコンから離れる気は無い。


 これまでは、どちらかと言うと趣味の領域。むしろ、彼にとってはこれからが本番! 重要な作業なのだ。

 

 まず、パソコンを一旦シャットダウンし、マルチブート仕様に構成してあるSSDの領域の中からWindowsではなく、LINUXベースのOS領域を選んで起動。TOR(THE ONION ROOTER)を立ち上げる。


読んで頂き、ありがとうございます。

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