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コピーキャット 3



 泉刑事の報告は続く。


「ガイシャの膝さ、鈍器による打撲で骨まで砕かれとりました。最後はろくすっぽ、動けなかったでしょう。それを嬲り、追い廻したんでがす」


 雨宮一課長は首を横に振り、眉間へ深く皺を寄せた。


「犯人による追跡は長く続いたのかね」


「ええ、ざっと一キロは追いかけっこしとる。でも、遺留品が無い所さ見っと、返り血浴びても平気なよう、何か事前の準備さ、整えてたかもしれません」


「その根拠は?」


「何せ現場さ一面、血の海で……返り血を浴びない筈は無ぇ。ガイシャが息絶えた後も体さ、嬲ってますから」


 プロジェクターが切り替わり、発見時の被害者の様子が映し出される。


 田村絵美の容姿は最早原型を留めていなかった。


 気仙沼の江口青年と比べても一層惨い光景であり、居並ぶ刑事達も声を失う。その静寂の中、泉刑事は席へ戻り、代りに雨宮一課長が立ち上がった。


「……あまりに凄惨な犯情を鑑み、気仙沼の事件ではマスコミ各社と既に報道協定を結んでいる。今後、荒生岳の件も準じた扱いとなるが、犯人の危険性を世へ知らしめる際も、パニックに繋がらないよう重々配慮せねばならない」


 それは、その場の誰もが認める妥当な判断と言えよう。


「初動捜査の情報が伏せられた為、両事件の詳細について今日、初めて聞く諸君もいる筈だが、以後は一致協力して事件の早期解決を目指してほしい」


 その後、質疑応答の時間が設けられ、気仙沼の事件について報告したばかりの三神警部が真っ先に手を上げた。


「気仙沼と荒生岳、ガイシャ間の繋がりが無く、犯行現場は離れています。敢えて二件を個別に扱わず、合同捜査に踏み切る判断の理由は何でしょうか?」


 本条管理官が「共通の要素はある。犯人が殺人行為の過程をこよなく楽しんでいる点です」と、冷静に答える。


「では、同一のシリアルキラーによる連続殺人だと?」


「可能性は高いと思います」


 本条の答えは明確だ。


 だが、気仙沼で所轄の初動捜査を指揮し、三神は彼なりに事件のストーリーを組み立てているらしい。未だ納得しかねる様子で、質問を重ねる。


「確かにえらく残虐なヤマです。ホシの異常性は感じますが、真の動機を隠す偽装の可能性も捨てきれない。断定するには状況証拠が不十分なのではありませんか? 例えば、シリアルキラーの犯行には性的要素が欠かせないのでは?」


 熱心に聞いていた泉も「江口も田村さんもレイプされてはいませんからなぁ」と怪訝そうな声を上げる。


「一般的にはその通りだが……」


 学術的な資料を本条は用意していたらしい。だが雛壇上の文献が山積みで、探すのに若干手間取った。


 細やかな混乱と停滞。


 しばらく様子を伺った後、最後列の富岡が片手を上げ、雨宮の許可を得た後、その場でゆっくり立ち上がる。


「退行的屍姦、リグレッシブ・ネクロフィリア」


 聞き慣れない単語に、三神は「は?」と聞き返した。


 隣の笠松は冷や冷やしながら見ているが、気まずい空気に慣れっこの富岡は、いつものノンビリした口調で語りだす。


「快楽殺人者には、殺害そのものが被害者への性行為と同じ意味を持つ場合があります。この場合、仮に二件が同一犯によるものだとしたら、鬱積した欲望や攻撃性を吐き出す性的要素と、行為を第三者へ誇示する承認欲求が共に顕著なんですよ」


 会議室内の目が一斉にこちらへ集中した。


「富岡、この後の説明は君に任せた方が良さそうだ。シリアルキラーとは色々と因縁も在る事だし、な」


 そう言ったのは、直属の上司である雨宮捜査一課長だ。


「因縁?」


 怪訝そうな笠松の問いを富岡は無視した。


「実は、今回の二件を含む連続殺人事件の発生を仄めかす文章が、『予言』と称し、あるインターネットのウェブサイトに三か月前からアップされていました」


「え!?」


 笠松は思わず素っ頓狂な声を上げ、雛壇のお歴々も驚きを禁じ得ない。


 雨宮課長だけ表情を崩さなかった。或いは、富岡から既に何らかの報告を受けていたのかもしれない。


「古今東西の凶悪事件に関する詳細情報や、オカルト絡みの都市伝説、陰惨な画像等を主なコンテンツとし、『タナトスの使徒』と銘打つ悪趣味な代物ですがね」


「タナトス? 何じゃ、そりゃ?」


 前列から振り向く刑事達の不審感を代表し、三神が呆れ返った声をあげる。


「確かに漫画っぽいネーミングです。だが、1980年代の開設以来、複数の管理人の手で受継がれ、歴史は意外と古い。掲示板が設けられている為、最近はマニアックな犯罪オタクの集う場になってます。有料会員向けに暗号化した違法コンテンツを流しているとの噂もあり、以前から個人的に調査しておりました」


「……富岡さん、そんな事、俺には一度も」


 笠松は小声で抗議した。気仙沼署の捜査に加わってから随分経つのに、富岡は己の疑念を全く教えてくれなかったのだ。


 このオッサン、貧乏くじと言うより、殆ど地雷の類じゃね~の?


 内心ぼやく笠松を他所に、富岡は淡々と言葉を継ぐ。


「そのウェブサイトによると、1990年代、日本には『赤い影』と称する知られざるシリアルキラーが存在したそうです」


「赤い影、とは、これまた漫画っぽい」


「知られざる? シリアルキラーって言うからには、人を殺しているんだろ」


「ばれない訳、無いじゃないか」


 会議室はざわめき始める。


「そいつは過去の快楽殺人をコピー、常に手口を変え続ける事で存在を隠蔽した。つまり事件自体は知られていても、同一犯による連続殺人と言う認知が為されなかった訳ですね」


 あまりに唐突な富岡の言葉に失笑を漏らす刑事が大半だ。


「当時は未だサイコパスへの対処法が警察内で確立されておらず、捜査陣に不慣れな部分があった点は否めない。見当外れの捜査に終始した結果、個々の事件は迷宮入り。マスコミに知られぬまま、犯人も自ら犯行を止め、21世紀初頭に姿を消したと言う事で」


 三神警部は肩を竦め、「いわゆる都市伝説、とんだ与太話ですな」と笑い飛ばした。


 口調にあからさまな悪意がある。


 それもその筈。宮城へ派遣された当初、二人は気仙沼署で三神の指揮下に入ったのだが、ノラリクラリと掴み所の無い富岡と堅物の三神は正に最悪の相性。どうしても反りが合わない。


 投げつけられる反感の嵐を予期していた様子の富岡は、柳に風と受け流し、


「サイトの『予言』……ん~、正確にはどんな表現だったかな?」


 しばし考え込み、周囲の刑事達から一層白眼視されそうな事を平気で口に出した。


「え~、彷徨える罪人は若き羊の肉に宿りて、終らざる古の宴を深淵の民へと施すであろう……こんな感じだと思います、多分」


「そりゃ若い奴らがスマホやパソコンで面白がってるチンケなホラでねぇべか?」


 今度は泉が戸惑い気味に言う。


「ホラーじゃなければ、ホラですか?」


 刑事の一人が調子を合わせ、場内からまた失笑が漏れた。半分は下手な駄洒落、半分は富岡に対する嘲りだ。


「ホラ話で済んでくれたら、何より結構な事と思っていますよ、私だって」


 カエルの面に何とやら。表情を変えない富岡に対し、泉は真剣に問い直す。


「富岡さん、前にあんた、ウチの事件を、何とかって奴の手口に似てると言うとったが」


「テッド・バンディ、荒生岳の事件はそのコピーキャットと見て間違いないと思います」


「コピーキャットっつうと、つまり模倣犯?」


「気仙沼の件も『死のピエロ』と呼ばれた伝説のシリアルキラー、ジョン・ウェイン・ゲイシーの犯行に酷似している。そして『タナトスの使徒』掲示板の『予言』によると『赤い影』が再び動き出す際、最初にコピーする快楽殺人者として、バンディ、ケイシー、二人の名前が上げられているんです」


「発生を仄めかす、とは、そこンとこかね」


「舞台が東北である旨も暗示されており、ホシ自身が犯行予告として、掲示板へ投稿した可能性も無視できません」


「予告殺人……おぞましい話だべさ」


 気味悪そうに泉は顔を顰めた。


 もう会議室に笑う者はいない。


 雨宮も沈黙を守り、口をへの字に結んだまま、動かない。


「それに『タナトスの使徒』が流布する都市伝説の要、90年代に暗躍した『赤い影』なるシリアルキラーについて、私は実在を確信しているんですよ」


「……どうして、ですか?」


 隣の席で小さく呟く笠松の問いを今度は無視せず、富岡はフッと笑った。


「俺、殺されかけた事があるのさ、奴に」


 鉄壁かと思われた富岡のポーカーフェイスが俄かに歪んでいる。その声音は重く、何処か苦し気で、笠松にはとても冗談とは思えなかった。


読んで頂き、ありがとうございます。

次回は「怪しいヒッピー風」の暗躍について、描きたいと思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『死のピエロ』と呼ばれた伝説のシリアルキラー、ジョン・ウェイン・ゲイシーは、スティーブン・キング作の小説・映画『IT』の参考になった人物だったんですね。初めて知りました。 [気になる点] …
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