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コピーキャット 2



「全く……今時、PCPとはね」


 富岡がスクリーンの錠剤を見つめて呟いた。


 PCPは1970年代から80年代の初頭にかけ、所謂、ヒッピー文化と共にアメリカを席巻した合成薬物だ。


 設備と材料さえ揃えば化学的生成が容易な点で今時の違法ドラッグと共通しており、幻覚によるトリップ効果が際立つ点も似ている。


 痛みに鈍感になるから自傷行為へ結びつく危険性が高く、攻撃性も増す。

 

 レア物としてアメリカでは未だに好むジャンキーがおり、ディープネットと呼ばれるインターネット空間の深層で、取引の対象になると言う。勿論、日本では売買も製造も違法。闇市場でも出回る事はまず無い。


「時代遅れの薬をわざわざ使った理由は何ですかね?」


「さあな、犯人、或いは犠牲者の個人的趣味じゃないかな」


「殺人が趣味!?」


「いや、1970年代のヒッピー文化に憧れてる、とか。犯行自体が過去の事件をオマージュしてる、とか」


 気持ち悪そうに顔をしかめる笠松を余所に、富岡は食い入るような熱い眼差しをスクリーンへ向けている。






 その時、三神の説明を途中で遮り、雛壇の雨宮一課長が質問を投げかけた。


「じっくり時間を掛けたと言うが、それは犯行現場の状況から推察できる事なのかね?」


「ガイシャが死に至る寸前、ホシは何度か犯行を中断した形跡があるのです。おそらくは被害者が苦しむ姿を鑑賞する為に」


「つまり、快楽殺人という訳か」


 憂鬱そうな雨宮の表情が何を指しているか、居並ぶ刑事達には言わずとも明らかだ。


 シリアルキラー、即ち怨恨や利害などの一般的動機ではなく、犯人の個人的嗜好から生じる犯行は容易に終息しない。暗い欲望の赴くまま、更なる連続殺人へ繋がる可能性が高いのである。






 ブランド物のスーツが似合う、如何にも高級官僚といった相貌の本条管理官が雨宮の次に質問を始めた。


「現時点で考えうる犯人と被害者の接点は何かありますか?」


 三神は、被害者が生前に撮ったと思しき写真をスクリーンへ続けて映し出す。


 夜の街を彷徨う自撮りも含まれており、シースルーの派手な衣装と分厚い化粧が、夜の住人としての暮らしを暗示していた。


「江口繁は、昨年末まで仙台市内のバーで勤務し、退職後は夜の繁華街を徘徊。脈のありそうな人間には男女を問わず、援助交際を持ちかけていたそうです」


「男女を問わず?」


「いわゆる両刀使いだったようで」


「……なるほど」


「複数の出会い系サイトに登録しており、そちらで連絡をとった上、ラブホテルで落ち合う事も頻繁に行っていました」


「実質、売春が生業だったのですね」


「おそらく」


「だとすると、客の中に犯人がいる可能性は高そうですが」


「ええ。しかし、江口の携帯は犯行現場のトイレへ投げ込まれており、SIMが水浸しで、データの修復は不可能です」


 本条は渋い顔で質問を終える。


 通常は更に細かい質疑応答が続くのだが、三神警部は一旦、席へ戻った。ディティールを掘り下げる前に、合同捜査の対象となるもう一つの事件について、雨宮一課長が報告を求めたのである。


「荒生岳の殺人について、気仙沼の事件との関連性を検討する為にも概要報告を頼む」


 指名を受けたのは、あの泉刑事だった。


 こういう場面は不慣れなのだろう。緊張感丸出しでスクリーン正面へ進み、レーザーポインターを落としかけて「おっとっと!」と大声を上げる。


「……いやぁ、すつれいしてくなさ。私ゃどうもこういうン、不慣れで」


 ひょうきんな身振りに笑いが起き、陰惨な報告で張りつめる室内の雰囲気が少しだけ和らいだ。


「え~、9月7日、金曜日の早朝、宮城県北西部荒生岳山中にて発見された女性は田村絵美さん、29才。仙台市の旅行代理店に勤めるOLさんで、秘湯巡りさ趣味だったそうです」


 以前から泉と知り合いらしい田澤理事官は、如何にもたどたどしい口調に苦笑し、「秘湯か……そう言えば近くに有名な温泉地があるな」と言い、犯行現場付近の地図表示を指示する。


「はい、鬼首温泉郷が5キロ麓に。ですが、ガイシャが目指したのは、地元の温泉好きが拵えた野外の露天風呂だと思いますわ」


 表示された地図はネット上のマップサイトをそのまま投影したもので、スケーラーをクリックすると自在に拡大が可能だ。


 しかし、かなり拡大しても辺りは山ばかり、他にろくな観光資源が見当たらない。


「こんな所に露天風呂が?」


「はい、知る人ぞ知る隠れ名湯だそうですわ」


「辺鄙な場所である分、交通手段も相当限定されるだろう。被害者には勿論、犯人にとっても」


「ガイシャの友人から聞いた話じゃ、田村さん、よくヒッチハイクしてたそうで」






 泉の説明を聞きながら、富岡は四日前に見た現場の風景を思い出し、犯行の模様を脳裏にイメージしてみた。


 まず浮かんだのは温泉地近くの車道で、ハイキング姿の田村絵美が通行車へ親指を出す光景だ。


 そこへ停車する一台の車。

 

 目立たない車種で、たとえば中型のセダンか、4WDの家族向けボックスカーかもしれない。

 

「死亡推定日時は9月2日、日曜日の午後4時から7時の間と言う事です。犯人はガイシャを車に乗せ、秘湯へ行くと見せかけて途中で車さ停めた」


 絵美はヒッチハイクに応じてもらい、停車した車の前でホッとした表情を浮かべた事だろう。運転席側の窓が開くが、犯人の顔は今の所、ブランクの黒塗りだ。


 絵美が窓の外から話しかけ、笑顔で車へ乗り込んで行く。


 だが、そんな和やかな時が人気のない山道へ入ってから無惨な方向へ転がり落ち……


「ホシはわざとガイシャさ逃がし、時間を置いてから追いかけた様でがす」


 車の中で争う音がし、絵美がドアから飛び出す。


 既に傷ついており、大声で助けを呼んだだろう。だが通りかかる者など無く、逃走する彼女を何者かが確実に追い詰めていく。

 

 富岡には、その時の絵美の悲鳴が聞こえる気がした。


読んで頂き、ありがとうございます。

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