意味深な邂逅
「足元には気を付けなさい、一応水没してたらしいからヌメッて転んで頭を打ったら大変よ?まぁ……」
「何か言いたそうな顔やな」
「いぃーえぇー?」
俺達の後方で夫婦漫才を始める藤原先生と結衣先生に、正直気まずさを覚えつつ何事もなく俺達は最奥の祭壇へと辿り着いた。
「おぉ!スゲェ!こんな綺麗に残ってるんか!おぉ……!」
そう言って藤原先生は背負っていたリュックサックの中から一眼レフのカメラを取り出して、
「ちょいとフラッシュを焚くから、ユキとかには気を付けといたってや」
と、一声掛けてから、フラッシュを焚いてパシャパシャとし始めた。
「……藤原先生の考えではこの祭壇は……何?」
唐突にしぐれが藤原先生にそういう質問をすると、カメラの手を止めて、藤原先生は顎に手を置いて暫く考える様な素振りを見せると、
「多分上で見かけた女神信仰の前の信仰の物だな……ほら、この社よく見ると四つん這いの生き物が彫ってあるだろ?ちょっと分かりにくいかもしれんけど、これ多分狐やなぁ」
「でもここまで保存状態がいいのははっきり言ってあり得ないでしょ……だってついこの間までここ海の中だったのよ?」
「エアポケットやな……ひっくり返した風呂桶を風呂に入れて抑えたままお湯を入れても風呂桶の中には空気があるやろ?」
俺は先生の話を聞きながら思い浮かべてみた。
なるほど確かにそうだ。
しかし……
「先生、ここには多分穴が開いてます、ほらこことかここにも風が吹いていますよ」
俺は壁にある小さな亀裂の様な穴に手を近づけて、風を感じながらそう言った。
「それは俺もそう思てんやけど……うむ、分からん、何かしら理由は有るやろけど……な、何やねん……そんな目でみんなや……」
何やら冷たい目線を送る結衣先生に、藤原先生は話を遮られていた。
マジこの人結衣先生に一体何をしたんだ?
そして、ユキが暫くそこら辺を駆け回っているうちに、藤原先生は写真を撮り終わったらしい。
「おっしゃ!じゃあ帰るか!」
「帰りも気をつけなさいよ」
「「「はーい」」」
俺たち三人はそう言って返事をすると、微妙に居心地の悪い空間から逃げる様に歩き始めた。
洞窟から出ると、丁度昼前だったらしく、島にチャイムが流れた。
照りつける太陽と、海からの光に少し目を細め、眺めていると、既に車の方に歩き出している四人とだいぶ離れているのに気が付いた。
追いかけようとしたが、何か……声が……
「はよきぃや!またラーメン連れてったるから!」
「……っはーい!」
声のした、洞窟の方を振り返った。
光りの加減で洞窟の中をしっかりと見ることができなかったが、それがより何かよく分からない恐怖を引き立てた。
若干の鳥肌を感じながらも、俺は急ぎつつ慎重に先生たちの待つ車の方へと歩いていった。
その後、先生にまたあのラーメンを奢ってもらって、家の前まで送ってもらった。
「先生、今日は有難うございました」
「本当に良くできたお孫さんですよ!良かったらまた助手のお手伝いをして頂きたいですな!」
そう言って藤原先生は結衣先生を連れて、行ってしまった。
「……結衣先生、美人さんだったね」
「「!?」」
俺としぐれは唐突なカミングアウトを始めた啓介に驚いて振り向くと、まぁ、確かにと何処が美人だったかをおじいちゃん家の縁側でユキをタライの水で遊ばせながら話し合った。
このどうしようもなく下らない時間が、とても……とても楽しいひと時だと俺は感じることができた。
うん
きっとコレをきっと
俺は幸せと呼べるだろう
例え大きくなったとしても、大人になったとしても
いつかは写真のようにぼやけてしまっても
とても楽しかった事として胸に抱え続けるだろう
そしてきっと
この体験は
この幸せは俺
だけしか味わえることの無い幸せだと言える事を
俺はきっと分かっているつもりだ………
「……で?あれから十年、何してたの?名前も変えないで……むしろ良く私に……私達にバレなかったよね、しかも大学教授なんかしてさ」
「んー、まぁそれは、俺が凄く凄いからって事やろ?」
「その喋り方も十年前とは違うね」
「んーっんっんっんー、まぁ、それはほら分けないとバレるって思うからさ?」
「矛盾して……まぁいいわ、さっきの質問に答えて藤原与一」
「それじゃあ先ずは……」
間違い無く歯車は回っているのに、どうして、何故か?
うまく回り過ぎているような気がする。
まるで誰かが手入れをして油を差しているような……。