洞窟
結局、基盤に関して何も思いつく事が出来なかった俺は、その日はもう寝て、また朝を迎えた。
島に来て5日目の朝、俺は薄らと目を開けると、蝉のうるさい鳴き声に家の前を行き交う車やバイクの走る音を聞きながら、体を起こした。
うん、思っていたのよりも少し違う起き方だったが、それでも思い描いていた朝をようやく迎える事が出来て、俺は満足してベッドから降りた。
朝ご飯を食べて、宿題を手に取ろうとした時、チャイムがなった。
今日はおじいちゃんは朝早くから、しぐれのおじいちゃんと一緒に何処かへと出かけて行ったらしい。
そうして宅配便かと思って扉を開けると、そこにはしぐれが立っていた。
「おはようございます、雅紀さん」
「お、おはよう……どうしたんだ?」
俺は朝から凛としてお店の様な雰囲気を醸し出すしぐれに少し、ドギマギしながら答えた。
それに対して彼女は薄らと笑いを浮かべた表情を変える事なく、
「今日もお散歩へ行きましょう」
と、言うのだった。
思えば今日は確かおじいちゃんが干潮とか言っていた筈……ならばあの光った所も探索できるのでは?
そう思ったら正直、好奇心を抑える事ができそうに無かった。
「そう、丁度気になっていた所があったんだが……海辺なんだ」
「そうですか……お祖父様からは、海辺にはあまり近づくなど言われているのですが……」
「そ、そっか、じゃあ」
と、そこまで言った所で向こうからおじいちゃん達が、何やら少し機械油などで汚れて帰って来た。
「あ、おかえり」
「おぉ、マサ、どうした?どっか行くんか?」
「うん、この島の西側にある海岸の多分洞窟みたいな所で、ちょっと気になる所があるんだけど……」
すると、急におじいちゃん達の……表情は変わらなかったが、雰囲気が鋭いものになった様に感じた。
「何で、西側の海岸……あぁ、こないだの船釣りの時か……よし、じいちゃんらも着いて行くわ、な?」
おじいちゃんはしぐれのおじいちゃんを見ると、しぐれのおじいちゃんは神妙な顔つきで頷いた。
すると、家の隣からニコニコとした顔で啓介が出てくると、こちらを見て固まった。
「あ、あのぅ……」
「あぁ、けーすけか、どうしたんだ?」
啓介は俺たちの方を向いてモジモジとしていたが、俺の隣で小さく息をついたしぐれが、
「何か用があったとして、言わなければ分かりませんよ?」
「あ、あうぅ……うん、あ、あの!今日も遊ぼうって誘おうと思ってたんだ!」
おぉ、言った。
いや、これは俺に向かって言ったのか。
「勿論!俺は良いぞ!な?おじいちゃん!」
「おう!ちょっと海岸散歩しに行こか言うてたんや!」
「か、海岸?」
啓介は首を傾げていたが、すぐに首を縦に振った。
「うん!行く!行こう!」
アレだな、友達なったら結構グイグイくるタイプなのな。
そうしている間におじいちゃん達はさっさと着替えて戻って来た。
「ほないこか」
そうして、俺達は海岸の洞窟へと向かうのだった。
海岸に着くと、おじいちゃん達と一緒に岩ばかりの海岸線を歩いて、俺が何か光るものを見た洞窟へと向かった。
「ねぇ、何があると思う?」
「さぁなぁ?もしかしたら何かお宝かもな」
「どんなお宝かしら?」
「俺は……水晶じゃないかと思ってる」
「うーん、僕は……何か財宝かなぁ?金鉱かも?」
「そんな話この島では聞いた事ないわ」
啓介のそんなロマン溢れる考えをしぐれはばっさりと切り捨てた。
それを受けて啓介は少ししゅんとしたのを横目に、俺はあの時見た洞窟を見つけた。
洞窟は結構深くまで続いているらしく、奥まではみる事ができなかった。
おじいちゃん達は一応念のために懐中電灯を持って来ていたらしく、ポーチから取り出すと、洞窟を照らした。
しかし、光は洞窟の奥に吸い込まれていた。
「なぁ……前までこんな洞窟あったか?」
「……もしかするとこないだの地震で出来たのかもしれん」
おじいちゃん達がそう話す中、俺達はゆっくりと奥へと進んで行った。
洞窟の中は涼しく、ひんやりとした空気が漂っていた。
すると途中から下りになっていて、よくみるとフジツボなどがびっしりと着いていたが、そこには人工物らしき階段があった。
それを見ておじいちゃん達は顔を見合わせると、先に行くと言って俺たちを残して確認へと行った。
帰ってくるのは意外と早かった。
「はやっ!」
「おう、この後すこし上りになってるから気ぃつけや」
おじいちゃんはそう言うと、手招きして俺達を先へと向かわせた。
確かに少し急な斜面を登ると、どうやらすこし開けた場所にでた様だった。
全体をライトで照らすと、鳥居と少し寂れた祭壇と神棚が見えた。
後から登ってきたしぐれ達はその祭壇などを見て、驚きの声をあげた。
祭壇に何が祀られているのか気になって近寄っていくと、小さな白いもふもふとした塊が見えた。
近寄ってかがみ込むと、急にそのもふもふが動いてこちらに飛びかかってきた。
あまりにも急な出来事に情けない声を上げながら俺は尻餅をついた。
「マサ!」
「うわぁぁぁぁ……あ?や、やめ!くすぐってぇよ!」
俺は飛びついてきたちっちゃなもふもふをゆっくりと引き離すと、俺の顔を舐めまくった顔をじっくりと見つめた。
「……狐?」
「だ、大丈夫なの?」
「うん、大丈夫」
心配するしぐれ達は俺が大丈夫だと分かると、同じように謎のもふもふを覗き込んだ。
「狐……ここに?」
「なぜこんな所に……」
と、あーだこーだと言っていると、俺はこの狐が震えていることに気がついた。
「弱ってるみたいだ……」
「よし、放ってはおけんな、急いで動物病院に行こか」
そう言うとおじいちゃんは俺達の背中を押した。
この小さなもふもふこそが俺達の忘れられない夏の思い出になる事は、この時は勿論誰も知るはずもなかった。