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真夏の雪ごおり  作者: アルヤン
3/8

しぐれの案内

 島に来て3日目、今度はこそ田舎っぽい……事は無い起こされ方をした。



「マサ、起きてるか?」



 それ程焦っているようには見えないが、おじいちゃんに起こされた俺は目を擦りながらも起き上がった。



「何?どうしたの?」


「昨日だか一昨日に自転車直したん覚えとるか?」


「ん、うん」



 しぐれの自転車を直した時のことだろう。



「それで、そのしぐれの嬢ちゃんがお礼をしたいってさ」



 手元にある時計の時間を見ると6時だった。


 この島の住人は皆、早起きなのだろうか?


 取り敢えず着替えて下に降りてみると、彼女の周りだけ時が止まったかのように、しんと彼女は静かにしていた。



「おはよう……どうしたんだ?」


「おはようございます、今日これから暇ですか?」


「ま、まぁ……宿題をして……って!?」



 頭に鈍い痛みを感じ、振り返るとおじいちゃんが険しい顔つきで首を横に振っていた。



「ごめん遊びには行けなさいった!?」


「宿題ぐらいまた後ですれば良いやろ!?行ってこいって意味やアホ!」


「あ、はい……」



 頭をさすりながら、彼女の顔を見たがピクリともせず、初めて声を掛けた時と同じように薄らと口元に微笑みを張り付かせている様だった。


 エアコンの効きが良すぎるのか、若干寒気を感じたが小さく息を吐いて首を振った。



「それじゃあ、行けることになったけど、何かあてか何かある?」


「はい、先ずは私の通っている学校を案内しましょう。その次は砂浜を、その後は本屋を、その次は神社を……」


「あー、うん、敬語じゃ無くて良いよ?俺もほら、敬語じゃないしさ?」


「……分かった、じゃあ行きましょう、おじいさま、少しの間ですが雅紀君をお借りします」


「俺借りられるの!?」



 おじいちゃんが俺のツッコミを他所に、嬉しそうに頷くと行っておいでと俺の背中を押した。


 

「……行ってきます」


「おっ、そうだもしかしたら昼飯どっかで食べるやったらばこれ使い」


「ありがとう……それじゃあ行こうか」


「はい、それではおじさま、行ってきます」


「楽しんできー!あ、後暗くなる前には帰ってきいよー!」


「はーい!」



 こうして俺はしぐれに連れられてこの島を探索する事になった。


 彼女は潮風で黒髪を靡かせながら、まだ高くはないものの十分暑さを感じることの出来る日に熱されながらも、汗一つかいていなかった。


 これがお嬢様ってやつか?


 そう思いながら、ゆっくりと彼女の後ろについていた俺は、気がつけば何も話していない事に気が付き、同時にその沈黙が耐えられないように感じた。



「な、なぁ?」


「………」



 彼女はこちらを返事をする事なく、見ることなく歩き続けていた。



「何で急に俺の所に来たんだ?」


「……」


「……なぁ?どうせなら話した方が楽しいと思うんだけど?」


「そうですね……どちらからやって来られましたか?」


「関東の方からだよ」


「……そうですか、ご趣味は?」


「待って待って、これ何?合コン?」


「合コンとやらが何を意味するか、田舎者の私にはさっぱりですが?」



 そう言って微笑む彼女に、俺はどうやら揶揄われていた事に気が付いた。



「……良い性格してるよ」


「お褒めに預かり嬉しいです」



 褒めてねぇんだよ


 と、喉まででかかったのだが、車が通った生ぬるい風に、喉の奥まで押し戻されてしまった。



「……あちぃ」


「学校に着きましたら一休み致しましょう」



 半袖の俺だが、彼女は長袖を着ていてロングスカートを履いているにもかかわらず、涼しげな表情のままであった。


 実はお前人間じゃねぇだろ?


 そう思いつつも、コンクリートからの照り返しを全身に浴びながら、俺たちは彼女の通っている学校に到着した。


 校舎などは思っていたよりも大きく、彼女によると全校生徒

60人程の学校らしい。


 学校の教師から訝しげに見られながらも、彼女は教室の鍵を受け取り、俺を教室まで案内した。


 彼女に案内されるまま彼女の教室に向かうと、俺が通っている学校と同じくらいの教室の中に、広く感覚を取って合計20個ほどの席が並んでいた。


 その広い感覚が何故か俺には羨ましく思えた。



「私にはこの間隔は広すぎるんです……」



 俺の考えを見透かしたかの様に話しかけて来た言葉に俺は一瞬詰まったが、



「それでも、これ以上近づくと息苦しくなると思うぞ?」



 と、返す事ができた。


 それを聞いた彼女は何も言わなかったが、暫く教室を眺めていると、



「次は一旦近くの駄菓子屋さんに寄ってから砂浜に参りましょう」


 

 と言って自分の机から何か取り出すと歩き始めた。


 鍵を職員室に返して、学校を出ると本当に学校の近く、歩いて5分ほどの所に駄菓子屋があった。


 

「学校の近くに……あるもんなんだな」


「マサさんの学校の近くには無いのですか?」


「無いよ……あるのはスーパーとコンビニぐらいかな……」


「遠足のお菓子に困りそうですね?」


「税込みで買わないといけないからな」



 そんな子供らしいとは思えない会話をしながら俺達は駄菓子屋に入った。


 中は冷房が効いていて、外の熱気から解放されて少し涼んでいると。おばちゃんが一人、レジの前で像の様に座っている事に気が付いた。



「いらっしゃい……あら、珍しいお客さんだね?」


「おはようございます、今日は少し外を歩き回る予定なので飲み物とおやつを買いに来ました」


「んー、そうかい……この子は彼氏さんかい?」



 おばちゃんが俺の方を見てそう言った。


 背中にじっとりと日差しの熱気を感じて、入り口から更に中に入ると、



「いえ、先日遊びに来たばかりで……しぐれさんにこの島の事を教えてもらっているんです」



 と、無難な事を言った。



「ふぅん……?」


 

 それに対しておばちゃんは、何も言わずにお菓子を眺めるしぐれと俺を交互に見ながら頷いて笑った。



「まぁ、せっかく遊びに来たんだったらゆっくりしていってね?」



 と、あばちゃんは優しく俺に笑いかけると、また像の様に止まってしまった。



「ほら、こっちへ……貴方はどのお菓子が好きなんですか?」



 しぐれに呼ばれて商品棚に近づくと、そこには小学生の遠足以来の懐かしさを感じるお菓子がいくつも並んでいた。



「私はこれ……かき氷味のグミ」



 しぐれが手に取ったのは小さなグミを爪楊枝で取って食べるタイプのお菓子だった。



「へぇ、じゃあ俺は……これかな?」


「笛ラムネですか……中々可愛らしいですね」


「そ、そうかなぁ?懐かしくってさ」



 それから俺達は幾つかお菓子とペットボトルジュースを手に取ると、おばちゃんに渡して会計を済ませた。


 その際におばちゃんから少しサービスをして貰った。


 駄菓子屋から出てまた感じる熱気に少しうんざりしながらも、俺たちは今度は海岸の砂浜を目標に歩き始めた。


 砂浜までの道は住宅街の細い道を通りなければならなかった。


 そのため、道のほとんどが影になっていた。


 影に入ると少し涼しくなって周りを見回す余裕が出来た。


 家の周りは全てブロック塀で囲まれていたが、夏の湿気と日陰のせいか塀の周りには緑色の苔がたくさん生えていた。


 その道を抜けると一気に視界が開け、目の前に砂浜の海岸が現れた。


 しぐれは止まる事なく砂浜にサンダルで足を踏み入れた。


 靴に砂が入ると面倒だな


 と思いながらも同じように砂浜に足を踏み入れた。


 砂浜の所々には花火の後や、バーベキューの後、木片や貝殻などが落ちていて素足で歩くのは痛そうに感じた。


 しぐれは波打ち際まで歩くと足だけ海水につけて暫くじっとしていた。


 どんな顔をしているのか気になって横に立つと、しぐれは気持ちよさそうに目を細めていた。


 その顔が正直とてもきれいだったから、思わず見惚れていた。



「……覗き見はえっちですよ?」


「ち、ちがっ!」



 俺のその慌てる様子にクスリと笑う彼女にどうしても、主導権を取れる気がしなかった。


 そのまま俺達は波打ち際を歩く事にした。


 砂浜はこの先200メートルほどは続いていた。


 しぐれは時よりやってくる波を気持ちよさそうに浴びながら歩き続けた。


 周りには島の子達だろうか、砂浜で山を作ったり、海に入って楽しそうにはしゃいでいた。


 しぐれはその子たちを見ていたが、不思議と寂しそうな表情をしたりする事は無かった。


 

「マサさん」


「は、はい」


「マサさんは本土に気になる人がいますか?」


「い、いや、居ない」


「そうですか……」



 俺達が波打ち際を歩いて話をしたのはそれきりだった。


 波打ち際に寄せる波の音と潮風を感じながら、気まずい沈黙を耐えつつ海岸を歩き切ると、しぐれはこちらを振り返った。


 彼女は太陽光が反射して波打ち煌めく海面を背景に、今まで見せたことのない笑顔で、



「楽しいですね」



 と、笑っていた。


 困った、完全にこれは惚れてるな


 完全に見惚れてしまった俺を他所に、彼女は不思議そうに首を傾げた。



「如何されました?」


「い、いや、何でもない……次はどこに行くんだったっけ?」


「はい、次は一旦お昼にしようかと」


「もうそんな時間か……」



 そう言った瞬間に島に12時を告げるチャイムが響き渡った。


 そうして海から上がり、砂浜でおにぎりなどを取り出す小学生達を背後に、俺はしぐれに連れられて彼女のオススメのご飯屋さんへと向かった。


 彼女に連れられて入った店は昼時だと言うのに人気は少なく、効き過ぎているのではと思う程冷房が効いている店だが、店主は一人新聞を読んで厨房で座っていた。



「こんにちは」


「……らっしゃい、珍しいな」



 店主はそれだけを言うと、コップを二つ用意してカウンターに案内された俺達の前に水を置いた。


 この店は何が美味しいんだろうと、注文表を探していると、



「ラーメン二つ」



 と、彼女がメニューも何も言わずに注文をしてしまった?


 少し驚いたが、しぐれはよほどここのラーメンが気に入っているのかどこか嬉しそうだった。


 何故そんなにも嬉しそうなのかと、話しかけようとするとその時、後方から入口が開く音がした。


 誰か客が来たのだろうと振り返るとそこには……



「おぉー、雰囲気あるなぁ、すいませーん!大丈夫ですかー?」


「好きな席にどうぞ」


「どもー!さてさて……あっ、君は!」


「ど、どうも」



 いつぞやの自称准教授の藤原与一だった。



「いやー!何とも偶然やなぁ!えぇ!?あら、そちらのお嬢ちゃんは?」


「しぐれと申します、よろしくお願いします」


「時雨!?しぐれ……はぁーん、ええ名前やん!」


「ありがとうございます」


「はあはぁーん?君も中々住みにおけへんなぁ!」



 藤原はさも当然かのように俺の隣に座ると、



「おっちゃん!ラーメンひとつ!麺は硬めで!あっ!チャーハンもセットでお願いしまーす!」


「……あいよ」



 と、声を張り上げて注文した。


 元気300%のこの男は俺の肩を叩くと、嬉しそうに笑っていた。



「いやー!俺な!朝から頑張って早起きして図書館でこの島の文献とか伝承調べたってんけどなぁ!?……」



 何だろう、アレだ、この人が喋ると陽気な音楽が一緒に聞こえてくる気がする。


 そう思いながら右から左へ声を流していると、しぐれが俺肩を軽く叩いた。



「そちらの方は?」


「あぁ、昨日昼頃におじいちゃん家の前で自転車ごとすっ転んで救急車に運ばれた、自称大学の准教授の藤原与一さんだよ」


「んでな!ここには何でか知らんけど狐信仰が……なんか言うた?」



 俺達が何か話している事に気がついて居なかったのか、藤原はにこやかにこちらの方を向いた。



「はじめまして教授、教授はどちらの大学から?」


「あーら!礼儀正しいねんなぁ!ええ子や!俺は国際大和国大学の人やから!あっ!後教授やないで?これで教授名乗ったらほんまモンの教授にぶちのめされるわ!はっはっはっはっはー!」



 マシンガントークで軽快に笑い飛ばしていると、店主のおじちゃんが俺たちの前にラーメンを置いた。



「どうぞ」



 ラーメンはどうやら海鮮の出汁がきいたタレを使っているらしい。


 チャーシューと煮卵、よく分からないが緑色の野菜と紫玉ねぎ、そしてよく分からないが薄切りでレモンが程よい大きさで切り分けられ、その上に乗っている。


 麺は平打ちの麺でしっかりとスープと絡んでいてとても美味しそうだった。


 はっとしてしぐれの方を見ると、すでに彼女は啜る音は出さずに、スルスルとラーメンを食べはじめていた。


 その美味しそうに食べる姿を見て、喉を鳴らすと俺も手を合わせて箸を取るとまずは一口、口に運んだ。


 麺を勢いよく啜ったが、あまりの熱さに舌が火傷するような気がしたが、暫くはふはふとしていると、口の中にじんわりと旨みが広がってきた。



「……美味しい」



 スープ自体は間違いなく油がコッテリとしているのだが、味付け自体はあっさりとしていて海鮮の旨味がしっかりと味わうことができた。


 それに本来ならばそれほど好きではなかった紫玉ねぎや、この緑色の野菜もこの麺やスープと絡めて食べると野菜特有の甘みと、酸味、風味を味わうことができた。


 スープの主張は味は海鮮の出汁や油などでしっかりとしているのだが強すぎず、麺は本来ならば細麺の方が好きなのだがこのラーメンに限ってはこの平打ち麺がベストアンサーな気がする。


 正直、今まで食べたどのラーメンよりも美味しいかもしれない。


 もう一度隣の時雨を見ると、幸せそうにラーメンを頬張っており、その姿を見ているとこちらも自然と頬が緩む気がした。


 その後、藤原にもラーメンが渡ると、凄まじいい勢いで食べ進め、替え玉を頼んだ後チャーハンもしっかりと食べ、それでも俺たちと食べ終わるのが同じぐらいと言う、驚愕の特技を見せつけられた。


 お会計はどうやら藤原先生が出してくれた。



「友達の為やからさ!後カッコつけたいし!」


「准教授の給料は確かそれほどでも……」


「しっ!時雨ちゃん!時には口を出さなくてもいいこともあるのよ?」



 と、しぐれと何やら軽口を話していると、どうやらこの後藤原先生も神社に訪れる予定だったらしい。


 と言うことで俺達は腹ごなしに歩いて神社へと向かう事となった。


 神社までの道のりは藤原先生がほぼ一方的に話し続けていた。


 多分彼なりの配慮だったのだろう。


 内容は殆ど日本各地に散らばる妖怪の話だったり、怪異と妖怪の違いについてだったりであった。


 何を言っているのかさっぱりなのが殆どだったが、中には面白い話もあった。



「実は最近増えてきた病院のナースコールとか何だけど実はアレ、高速道路を走っているトラックの無線の電波による誤作動だったって言う話があるのよね」



 など、偶に都市伝説や怖い話も結局のところ人の仕業だったと言う話などもあった。


 俺自身お化けや妖怪を信じる類の人間では無いのだが、これを聞いているとやはり昔の人はわからない事は、妖怪や怪異のせいにするしかないよなぁと思ったりもしていたが、何よりも彼女が楽しそうに聞いているのがなによりも、何故か嬉しかった。


 神社に到着すると、藤原先生の雰囲気がさっと変わって、ペンとメモ帳を取り出した。


 神社の様子は周りは林に囲まれていて全体的に木陰になっていて、比較的まだ涼しい方ではあったが、それでも所々木々の間から漏れてくる日の光や、蝉のうるさい鳴き声で正直余り体感温度に差を感じる事はなかった。



「ごめんよ、続きはまた後でにしよう、これからちょっと仕事があるから二人で楽しんでて」



「はーい」



 神社の中から人が出てくると先生は一言俺達に断りを入れると、一緒に何か話を始めた。


 どうやら取材らしい。


 俺達は話を始めた先生達を置いて、神社の本尊が置いてあるとされるお堂の前にやって来た。


 

「……昔、この島には門があってそこから神様がお告げをしてくれていたそうです」



 唐突にしぐれの口から、この島の昔の伝承が語られた。



「お告げをしてくれていただけでなく、時には人に力を授け、時には人を助けその代わりに島の人々から様々な捧げ物を頂いていたそうです。それは食べ物や衣服、そして使いの人も様々でした……」



 その後、時雨によると、


 使いに出した人々は戻ってくることはなかったが、神様によると幸せに暮らしていたらしい。


 勿論人々が本当かどうかと聞いた際には、その人を連れ帰って来て少しの間だけ話すこともできたらしい。


 さて、そんな優しい神様だったがある時、島の外から別の神様がやって来て、自分を崇め、供物を捧げるように強要したそうだ。


 勿論、島の人々はそれに対抗したが、その神様と信徒達は強大で島の人々は酷い目にあったそうだ。


 そこで島の神様は、その神様と信徒を連れて儀式をすると言って海を割って海の底で儀式を執り行ったそうだ。


 そして、そこで島の神様は外の神様を自分のいた場所に封印して、信徒達は海の底に沈めたと言う。


 少し怖かったが、そんな話があるのかと俺は少し感心した。


 そして、それを言い切った後のしぐれは、そのお堂をじっと見つめて手を合わせ握りしめて祈るようにしていた。


 何が彼女をそこまでさせるか、俺には分からなかったが、取り敢えず彼女の気がすむまでそっとしておく事にした。


 そうしていると、背後から先生の声が聞こえた。



「二人とも、良かったら一緒にご本尊拝まん?」



 何と運のいいことだろう、こう言うものは基本滅多に見られないものだ


 そう思って、しぐれの方を見ると、しぐれはじっと何かを考えるようにしてしばらくすると、意を決したように頷いた。


 藤原先生と俺は顔を見合わせたが互いに肩をすくめて、神社の人に言われた様な仕草をしてお堂の中に入った。


 お堂の中は外よりも一段と涼しくなっており、壁の上の方には何やら色々な彫刻が彫られている様だった。


 多分先ほどのしぐれの話の内容だろう。


 まるで外とは別世界かの様な感覚に陥りながらも、神社の人が本尊が収められている扉に手を掛けた。


 そして、扉を開けたその先には金箔に包まれた何か……女神の様な像が鎮座していた。


 神社の人によると、それは御神体の像だそうで、当然滅多に見られる事がないと言う。


 気になってしぐれを見ると、彼女はその像の前に膝から崩れ落ち先ほどと同じ様に両手を合わせ何かを握りしめて祈る様にしていた。


 流石に声をかけることは拒まれたので、俺は取り敢えず神社の人と藤原先生の話が終わるまでじっと待つ事にした。







 神社の人の話が終わり、三人で階段を降りていると藤原先生は興奮気味に語った。



「やっぱりおかしい!何で狐信仰から唐突に女神信仰に変異したんや!?その間には一体何があったんや!?んん!ええねぇ楽しくなって来たんやなぁい?」


「うるさいですよ、藤原先生」


「おっとすまん、しっかし……まぁ、もうちょい調べる必要がありそうやなぁ」


 

 と、ブツブツ言い出した藤原先生に俺はため息をつくと、しぐれの方に振り返った。


 しぐれはじっと神社の方を見たまんま動こうとしていなかった。


 ふと、その振り返っている姿に何故か恐怖感を覚えた俺はしぐれの腕を掴んだ。



「しぐれ……?」



 しぐれは俺の呼び声にビクリと反応すると、こちらを見て一瞬困惑した様な表情をして、



「……ごめんなさい、今日はもう帰りましょう」



 と、なぜか悲しそうな笑みでこちらを見るのだった。


 胸が締め付けられる様な苦しさに苛まれた俺は……


 どうすることもできない事に、正直泣きそうになった。


 そして、モヤモヤしたまままた前を向いて階段を降りようとすると、一段足を踏み外してしまった。



「あっ」



 階段はこの先まだかなりあり、多分痛いんだろうなぁとゆっくりと階段の角が目の前に迫っている中、考えていると、唐突に世界が速度を取り戻して目の前の石段の角に軽く頭をぶつけて止まった。


 背中には服を引っ張られている感触があった。


 手をついてゆっくりと立ち上がると、そこには心配そうな藤原先生の顔と、なぜか泣きそうな顔のしぐれがいた。


 どうやら先生が俺の事を止めてくれたらしい。


 九死に一生を得た俺は、その実感が湧かずに少し痛む額をさすった。


 どうやら本当に軽く打っただけらしいが、既に先生はタクシーを呼んでいたらしく、そのまま家に帰るとおじいちゃんと一緒に先生に連れられて病院に向かった。


 病院の先生曰く、本当に運が良かったと、今でもあそこは偶に転がり落ちて死ぬ人がいるから、軽く打っただけで済んだのは本当に良かったと。


 おじいちゃんと俺は藤原先生に感謝を述べたが、先生は困った様に口元を左手で隠して、



「いえいえ、当然の事をしたまでです、それに雅紀君には恩が有りますしね?」



 と言って、先生はホテルへと戻って行った。


 こうして、俺の3日目の島の生活は充実しつつも九死に一生を得ると言う結果で夜を迎えるのであった。


 振り返ると、今日はいろいろな事があった。


 しかしその中でも、しぐれの神社での行動は特に変だった。


 妄想ばかりが膨らむが、俺はそれを布団の中で首振ってかき消すと、目を瞑って眠り忘れる事に……。



「………」



 ダメだこれは感覚的にダメだ。


 間違いなく、うん、間違いようのないほどに俺はしぐれにベタ惚れらしい。

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