第1章 第8話 ちょろぱい
〇瑠奈
せんぱいの機嫌が悪い。
生徒会室に行った時からだ。いつもと同じ無表情だけど、どことなくいつもより暗い気がする。
ほんと迷惑。こっちはその先輩のことなんて何も知らないのに、前提みたいに話されてもついていけない。
自己満足というか……やっぱりコミュ障なんだ。食堂でのチャラ男との小競り合いにしたってそう。他者とのコミュニケーションが全くできていない。……わたしを守ってくれたとこは少し。ほんの少しだけ、かっこよかったけど。
とにもかくにも。こんなせんぱいとずっと2人きりなんて耐えられない。早いところ退学にしなきゃいけない。でも昨日からずっとやられっぱなしな気がする……そこで。
「くふふ……」
わたしは手を打っておいた。せんぱいのことをよく知ってるっぽい鎌木凛さん。せんぱいにばれないように連絡先を交換しておいたし、『せんぱいと仲良くなりたいんですけど、どうすればいいですか?』と、いかにも健気な後輩を演出しておいた。そして既に、返信は返ってきている。
「学校案内はこんなとこか……。なんか気になったとこあったか?」
「んー……あるにはあるんですけどぉ、ルナつかれちゃいましたぁ」
久司八雲の弱点その1。頼られるとノーと言えない。
これは薄々気づいていたことでもある。文句は言うけど、なんだかんだわたしのために尽くしてくれている。ケーキを買ってきてくれたり、瑠奈って呼んでくれたり。つまり、ちょろい。
「じゃあ部屋帰るか」
「えーーーー。ルナぁ、おしゃれなカフェとかでパフェ食べたいなぁ」
「……わかった」
ちょっろ! なんだ全然ちょろいじゃん! この調子なら……くふふ。退学させるのも容易い。
「ここでいいか?」
せんぱいが連れてきてくれたのは、宿舎や校舎があるメイン広場から少し外れた木々に囲まれた建物。想像していたおしゃれとは違うけど、静かな雰囲気がとてもいい。
「すいません。チョコレートパフェを一つ。以上で」
店内の奥の方へとまっすぐに進んだせんぱいは、席に座ると店員さんにすぐ注文する。結構来てるのかな。エスコートとしては中々悪くないけど、くふふ。逃がしませんよ。
「あとホットコーヒーも1つお願いします」
「コーヒー飲めるんだ」
「違いますよ、せんぱいの分です。今日案内してくれたお礼ですよ。本当にありがとうございました」
「っ」
久司八雲の弱点その2。不意打ちに弱い。プラスその3。感情がすぐに顔に出る。
わたしのサプライズがそんなにうれしかったですかぁ? 顔赤いですよぉ、せんぱい。くふふ。ちょっっっっろ!
「それにしてもせんぱい、よくこんないいとこ知ってましたね」
「ああ、先輩のお気に入り……」
出たよまた先輩の話。しかも自滅して悲しそうな顔をしている。めんどくさ!
でもここが久司八雲の最大の弱点。
「……せんぱい。いい加減にしてもらえませんか?」
低い声を出し、怒っていることを伝える。優しいせんぱいは気にしちゃいますよねぇ。
「……なにがだよ」
「せんぱいの先輩についてです。わたしと一緒にいるのに、その先輩のことばかり。今のせんぱいは、先輩の後輩じゃない。わたしのせんぱいなんですよ。わたしのことだけを、見ていてほしいですっ」
渾身の演技。全霊のあざとさ。全力の、願い。それを受け、せんぱいは。
「……ああ。ごめん」
目を大きく見開くと、顔を手で覆ってテーブルに肘をついた。
久司八雲、最大の弱点。先輩後輩関係に拘り過ぎている。
「ほんと……ごめんな」
手の下から一筋の雫が垂れる。そんなに衝撃的だったんだ。
断片的な情報しかないけどまず確実に、せんぱいはその先輩に並々ならぬ想いを抱えている。よほど尊敬していたのか、あるいは恋をしていたのか。それはわからないけど、大好きで大好きでたまらなかったのだろう。
でも、振られた。たぶん部屋の移動があった時に、何らかの事件が起きたのだろう。喧嘩ではないと言っていたけど、限りなくそれに近い何かがあったに違いない。そしてそれは数日前の出来事のはずだ。
つまり、久司せんぱいの精神は今ボロボロ。逆に言えば、せんぱいを追い詰めるには今しかない。
「ちゃんと……これからは先輩するから。少し待っててくれ……」
「はい。わたしはせんぱいを信じていますよ」
くふふ。それにしても。
ちょっっっっっっっっろ!
勝った勝った! ちょろすぎますよせんぱぁい。あの偉そうな顔はどこ行っちゃったんですかぁ?
くふふふふ……。こうもかわいい姿を見させられたらただ退学にするだけじゃ満足できない。
わからせる。今までのわたしに対する舐めた態度を改めさせてから、退学させてやる。
全部あなたが悪いんですよぉ、せんぱい。女々しいクソ陰キャがこのわたしに歯向かったから。あなたはわからされるんです。
「これからもっと、楽しくなりますね。せんぱぁい」




