第5章 第2話 夜
俺と瑠奈の交際は、お互いをわからせるためのものだった。つまるところ生意気な相手を惚れさせる。それが目的の仮面恋愛だった。そう。だったのだ。
先日の瑠奈の告白。あれは少なくとも多少は好意の意味が込められていたはずだ。だから俺の勝ち、と言えるのかもしれない。だがある意味では俺の敗北でもある。なぜなら。
「えへへー、せーんぱいっ」
ここまで惚れさせる気はなかったからだ。俺のベッドに入り幸せそうに抱きついてくるようになるまでわからせるつもりはなかった。突き詰めていけば俺の目的は、瑠奈の自立だったからだ。
たぶん瑠奈は、俺に本気で恋をしているわけではないと思う。そもそも恋愛とはという話にもなるのだが、わかりやすくいえば。俺との子どもを産みたいというより、俺と死ぬまで一緒にいたいという方が近いはずだ。つまり、先輩の俺への感情とよく似ている。
まぁ先輩の場合どこまで本気かはわからないけど、瑠奈は確実にそう思っているだろう。だから俺の選択肢は2つ。俺のことを忘れさせるか、完全に惚れさせるかだ。
前者は正直今の状況では厳しい。後者も後者で、俺が先輩のことをまだ好きな以上辛い思いをさせてしまうかもしれない。珠緒が俺のことを好きだなんていう事実かわからない話もあるしな……。まぁとりあえず今夜くらいは思いっきし甘えさせてやるか。
「瑠奈、もっと近づけ」
「せんぱ……い……?」
そう言いながら引き寄せ、瑠奈の頭を気を遣って撫でていく。先輩のものとはまた違う手触りだ。先輩はふわふわしているけど、瑠奈はサラッとしていてこれもまた気持ちいい。
「しぇんぱいぃ……」
瑠奈の瞳がとろんと細くなる。これが演技ならいいけど、たぶん素なんだろうな。本当に、かわいすぎる。
「せんぱい、わたし、キスしたいです……」
そう求めてきたので、素直に応じる。左手で頭を撫で、右手で脚を触りながら。瑠奈が満足できるよう最大限サポートしてあげる。
「しぇんぱ……すき、しゅきぃぃぃぃ……」
「…………」
蕩けるような瑠奈の声を聞きながら、考える。これまで教えてきた駆け引きをこの状態で使わせるにはどうすればいいのかを。
このままでは瑠奈はただのあざとかわいい女の子になってしまう。どんな状態でも自衛できるようにしないといけない。……あれ、まだついてるよな。
「……せんぱい、これって……」
瑠奈の後頭部を優しくずらし、首元に残っているはずのあれに気づけるようにする。よかった。まだ残ってたみたいだ。
「ああ、キスマークだよ。花音先輩の」
「キ……!」
「先輩キスマークつけるの好きでさ。自分の所有物ですよってことをアピールしたいみたいなんだ。先輩毎日病室来てたからさ、残ってたみたいだ」
「キ……キス……!」
紅い顔で動揺していた瑠奈が、まるで上書きするかのように首に唇をつけてくる。そうだ。自発的に行動しろ。そうじゃなきゃ自分に優位な駆け引きなんてできない。まぁそれ以前の問題として……。
「それじゃあ作れないぞ」
「そうですよね……口紅なんて塗ってないし……」
「内出血、だからだ。瑠奈、明日の服は?」
「えと……ブラウスだと思いますけど……」
「そっか。じゃあここなら、見えるな」
「せんぱ……!?」
瑠奈の首の横辺りに唇を這わせる。そしてなるべく痛くならないように吸い付く。
「んっ……」
それでも少し痛みが出たのか、瑠奈が小さく呻く。でもしっかりつけられた。
「これで周りからはこう思われるぞ。あ、男とイチャイチャしてたなって。しばらくは消えないから覚悟しとけよ」
「そんな……恥ずかしい、です……」
「そりゃあこの女は俺の所有物だぞ、っていうマーキングだからな」
「せんぱい……」
少しかっこつけすぎかと思ったが、瞳の奥底が悦んでいる。まぁこういうタイプだよな……やっぱり危なっかしい。そういう意味ではこれもありなのかもしれない。
「せんぱい……わたしも、したいです。せんぱいはわたしのだって、周りに見せつけたい」
「できるもんならやってみろよ」
「んんっ」
近づけてきた瑠奈の口内に指を入れ、舌をつまむ。
「お前がこれに耐えられたら好きにしていいぞ」
「へんはいぃ……」
あ、堕ちた。瑠奈の欲求に溺れた顔を楽しみながら、俺は先輩から教わった技術を瑠奈に叩きこんでいった。




