第4章 最終話 過去以上
〇八雲
今でもたまに夢に見る。先輩に振られた日の時のことを。
当時はショックで何も考えられなかったし何かを考えること自体したくなかった。
でも時間が経つにつれ、傷心は怒りへと変わった。なんで俺と付き合うつもりがないのに。俺ではなく森夏さんのことが好きなのに付き合ったのか。先輩のことが大好きで大好きでたまらないのに、その過去だけはどうしても受け入れることはできなかった。
だが今。瑠奈から告白されて、ようやく。あの時の先輩の気持ちがわかった。
大切な後輩を、傷つけなくなかったんだ。
俺のためなのに。俺はずっと、先輩を恨んでいた。自分で自分が腹立たしい。殺したいし、死にたくなってきた。
いや、今考えるのはそれではない。どうしたら瑠奈を傷つけずに。俺のことを忘れさせられるかだ。
「俺さ、子どもの頃警察官になるのが夢だったんだよ」
嗚咽が病室に響く中、俺は語り始める。
「両親がそれなりに悪い奴らだったから俺が警察官になって捕まえてやるって思ってたんだ」
瑠奈の手紙をもらってから体調がいい。だが依然として薬を飲んでいるので上手く思考がまとまらない。それでも話を続けていく。
「それで強くなるために剣道を始めた。防具も竹刀も高くて最初の頃は借り物だったけど小学生になって結果が出始めてからは買ってもらえるようになったっけ。安物だったけどな」
何を言えばいいのかわからない。だがそれは今に始まったことじゃない。何が正しいのかなんて考えたってわからない。だってさ。
「でもその夢は叶わなくなった。人を殺したからだ」
人を助けた結果、殺人犯になったんだから。
「警察官になることはできなくなったし、何度も死のうと思ったけどなんとか生きることができた。部活からは追い出されたけど剣道があったし、有栖にも助けられたから。でもそれも長くは続かなかった」
俺の生きるための希望は、またも人の悪意によって壊された。
「いじめられて、運動ができない身体になった。今度こそ死んでやろうと思ったよ。でも借金を返さないとと思ったし、何より。先輩に助けられた」
当時は先輩と仲が悪かった。それなのに先輩は毎日毎日お見舞いに来てくれた。ずっと俺なんかのために笑顔をくれた。今思えばあの頃が一番楽しかったのかもしれない。だから今は、違う。
「でもその先輩にも裏切られた。死のうと思ったけどまだ先輩が好きだったから。迷惑かけたくなくて思いとどまった。そして瑠奈に出会って、刺されたことで。俺にもう未練はなくなった」
夢も趣味も好きな人も失い、示談金で金も返せた今。俺にはもう、何もない。
「わかるか、瑠奈。今しかないんだよ。俺が死ぬなら今しかない。これ以上生きて、幸せになって。失うのが、嫌なんだ」
だから俺は、瑠奈とは――。
「やっくん」
先輩の声が、する。優しく、厳しい大好きな声が。
「ちゃんと、目を見て話しなさい」
言われ、横を見る。俺のために涙を流し、縋るような瑠奈の瞳を。
その瞬間、口は勝手に動いていた。
「俺は、幸せになりたいんだ」
勝手に、希望を求めていた。
「わたしが、幸せにします。だから……!」
「……ごめん。今のは忘れてくれ」
さっきの言葉をすぐに取り消す。俺なんかが幸せを求めちゃいけないんだ。どうせすぐに、失われるんだから。
「金銅さん、それで終わり?」
「……いえ。せんぱい、わたしは……」
「しゃ~ないな~。優しい先輩が助けてあげるよ~」
ひさしぶりに聞くせんぱいの伸びた甘い声が俺の耳に届き、涙が溢れそうになる。だがそれも、一瞬のこと。
「花音ちゃんはそれなりにメンタルが強いんだぜ~? 自分かわいさにへこんでる余裕なんてなかったんだよ。だから、こっちでも勝手に動いてみた。やっくんを幸せにするためにね」
せんぱいはカバンから何枚ものプリントを取り出し、ベッドの上に放り投げる。
「去年お金がなくて手が出せなかった左脚の手術費用。学校の制度をフルに活用して用意した」
その先輩の一言に、薬が抜けたかのように脳が動き出した。
「やっくんが刺されたのは学校側の不手際、ってことにした。特待生で学年2位で生徒会長である花音ちゃんの首と、去年度の卒業生でもかなりいい大学に進学したせんぱいの首。それと校長の娘の首も使って。ボイコットって意外と効果あるよね~」
お見舞いに来ていた誰かが言っていた気がする。先輩は俺が自殺未遂を起こしたことで学校を休んでいたと。それが全て、俺のためだったって言うのか。
「やっくんも知ってると思うけど手術をしたところで運動ができるようになるわけじゃない。あくまで痛みを和らげる程度。でもずっと身体が痛いって、辛いでしょ? 結局やっくんって現実主義者だからさ。花音ちゃんたちが何を言ったって意味はないと思ってた。だからこれが一番いいと思ってたけど……わたしより、金銅さんの方がやっくんのことをわかっていたみたい。今回はね。だからこれは、金銅さんにあげるよ」
先輩はプリントをひとまとめにすると瑠奈に無理矢理手渡した。
「瑠奈ちゃん。やっくんを助けてあげて」
「……ありがとうございます、花音さん」
瑠奈が力強くプリントを握りしめ、ぐちゃぐちゃの顔を腕で拭って立ち上がる。
「せんぱい、わたしと付き合ってください。絶対に幸せになれますよ」
「……俺はまだ、先輩が好きだ」
「わたしだってまだ本当にあなたが好きかどうかはわかりません。雰囲気に当てられて告白しちゃっただけかもしれません。花音さんに無理矢理告白したせんぱいみたいに」
「その話は、するなよ……」
「それにせんぱいに恋してる珠緒ちゃんにも悪いですしね」
「……初耳なんだけどな」
「やっちゃったぁっ!」
「お前……やっぱダメダメだなぁ……」
「お前って呼ばないでくださいっ!」
「なんだかそれも、懐かしいな……」
なんだかなぁ……。瑠奈の顔を見てると、どうにも。死にたくなくなってくる。
「過去以上、未来未満。こんな関係でどうでしょう。わたしたち元々付き合ってますしね」
「未来って……何が起きるかわからないだろ」
「幸せになるのは確定してますよ」
「頼もしいな、ずいぶんと」
そうか。俺は幸せになれるのか。瑠奈と付き合えば。……はは。
「俺の不幸体質は異常だぞ。どうせすぐまた死にたくなることが起きるに決まってる。お前なんかじゃ手に負えないってわからせてやる」
「上等ですよ。わたしと付き合ってよかったってわからせてやります」
俺の死にたい気持ちは変わってないし、先輩への好意も変わってないし、俺の何かが変わることもない。だってそれらは、俺が歩んできた過去の証だから。
そう。だから全てを先延ばしにすることにした。
だって未来は、まだ何も決まっていない。いや、一つだけは確かか。
俺はまだ、瑠奈と一緒にいたい。
その短いであろう未来のために。俺は辛い過去を、受け入れた。
これにて第4章終了です! 思っていたより明るくならなかったので巻きました!
そして第1部・ツンデレ編終了となります。5章からは第2部・デレデレ編となります。ここからは確実に明るくなります!
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