第4章 第5話 知らない誰か
「ごめん、さっきの全部ウソ」
「え……? あ、そうなんだ……よかった……」
「でも自殺未遂はしたから。2回ね」
「…………」
一瞬和らいだ雑木さんの顔が曇り、俯く。そしてポツポツと語り出した。せんぱいが雑木さんを助けたら、殺人犯にされたという話を。
「それで……中学は私立行って……舐められないように髪を染めてバンドとやって……! でも、もう耐えられない……! ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃぃ……!」
聞いていて、わたしは。なにこいつ被害者ぶって泣いてんだって思った。せんぱいなにも悪くないじゃん。
なんか後悔してるけど結局自首しないんでしょ? ただせんぱいが損してるだけ。そのせいでせんぱいの人生が全て狂ったんだ。
そう思うのはわたしの性格が悪いからだろうか。いや、たぶん誰でもそう思う。せんぱいがおかしいんだ。こんな子を救おうとしてるなんて。でもごめん、それを差し引いてもわたし性格悪いから。
「ちなみに今の全部録音してたから。警察に持っていくね」
「っ!」
それを聞いた瞬間雑木さんの身体からがばっと布団が跳ね、手がわたしの持つスマホへと伸びる。でも奪い取る寸前で、止まった。
「ううん……それが正しいんだと思う。あたし、自首するよ。それで久司さんが救われるなら……」
「じゃあ行こっか」
「…………」
そう言うと、雑木さんは再び布団の中に潜ってしまう。所詮そんなもんだ。
この人が特別性格が悪いとは思わない。きっと知らない誰だってそうする。わたしだって人を殺して、その罪を知らない誰かが被ってくれるならそうする。
でもその知らない誰かにも大切な人や好きな人がいるわけで。知ってるわたしが助けてあげないといけないんだ。
「ごめん、いじわるした。自首なんてしないでね。他の人ならともかく、せんぱいがそんなことを知ったら間違いなく確実に自殺する。自分が全部悪いんですってね」
「でも……どうすれば久司さんは……」
「短いスカート履いて脚触らせてあげたらしばらく満足すると思うよ」
「あたしは真面目な話をしてるんだよ」
わたしだって真面目に言ったんだけどなぁ。せんぱいは確かな意志を持って死のうと思ってる。でも意外とせんぱいそこまで理性がすごいってわけじゃないから。案外立花さんが泣いてお願いするだけで死ななくなる気もする。まぁせんぱいのことをちゃんとわかってあげられるのはわたしくらいか。
「とりあえず雑木さんはさ、そんな謝らない方がいいと思うよ。やっちゃった過去は変えられない。受け入れたくない過去を積み重ねて生きていくしかないんだから」
「……久司さんと同じこと言うんだね」
「まぁわたしもせんぱいも受け売りだけどね。でも今のせんぱいは、過去のことしか見てない。過去に囚われて逃げようとしてる。そこだけは、何とかしないと」
だとするとやることは一つだ。でもそれには準備が必要になる。これも一つ一つ積み重ねるか。
「ごめんだけどさ、せんぱいのところにお見舞い行ってくれるかな。手紙を渡してほしいんだ」
「手紙……?」
「うん。それと五色さん、雑木さんについていってください。無関係の人がいればせんぱいもおとなしくなると思うし、何より雑木さんの先輩なんでしょ。仲はよくないとは思うけど、守ってあげてください。それが先輩の務めだと思ってます」
「それは……うん、わかった」
よし、これで今わたしにできることは終わった。あとはタイミングを待つだけだ。
「あの……金銅さん、何をする気なの?」
ベッドからおりると、何も知らない雑木さんが訊ねてくる。それに対してわたしは素直に答えた。
「決まってるでしょ。わからせるんだよ。たくさん駆け引きしてね」




