第3章 第23話 完全勝利
〇八雲
ギリギリだった。喫茶店で雑木と話した後本部に戻ろうとした時、先輩と瑠奈が走っているのが見えた。だから近づいて、突然根本が現れて、包丁を持っていて。身体が勝手に動いていた。
「くっ……くそぉっ! ぶっ殺してやるぅっ!」
俺が弾き飛ばした包丁を根本が拾いに走っていく。殺してやる……か。俺を、ならいいんだけど。
「せんぱいっ!」
「とりあえず俺の後ろにいて。絶対近づかせない」
涙目になっている瑠奈にそう言い、左脚の調子を確かめる。痛みはあまりない。多少は動けそうだ。
「なに言ってるのっ!? 一緒に逃げるよやっくんっ!」
「俺の脚じゃ逃げられない。追いかけることも。だからこれしかないんですよ」
俺が止めるしか、こいつの脅威を退ける方法はない。
「雑木、俺がやられたらお前が2人を守れ。そうしてくれたらあの件は完全に許す。こういうのは得意だろ」
「は……はいっ!」
後から駆け寄ってきた雑木に杖を渡す。一応硬いしリーチもある。防犯グッズよりは頼りになるだろう。
「せんぱい……? なんで、杖を……。そんなの、そんなのやですよ……?」
なぜか瑠奈が瞳に涙を浮かべて縋ってくる。まぁ言いたいことは、なんとなくわかる。
「安心しろよ。瑠奈を守るためだ。絶対に後ろには行かせない」
俺が死んで危害が及ぶことを気にしているんだろう。たとえ俺が死んだとしても瑠奈には指一本触れさせない。それが先輩としての最後の務めだ。まだ死ぬ気はないけど。
「そういうわけなんで、先輩。瑠奈をよろしくお願いします。それと誰か先生に電話して助けを呼んでください」
「やっ……くん……やだぁ……っ」
先輩が何か言っているが、これ以上の猶予はない。
「久司ぃ……! 俺と瑠奈ちゃんの恋の邪魔をするなぁっ!」
根本が包丁を拾い、構えてくる。顔は……だいぶお怒りのようだ。
「そんなに付き合いたいなら俺から奪ってみろよ」
「いわれなくてもぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
根本がその巨体で突っ込んでくる。体重はおそらく100kg超え。包丁の刃を上にして殺意満々。なのに俺は脚が不自由で、武器もない。本来喧嘩にすらならないだろう。
でも、剣道部あるあるだ。隣でやってる柔道や空手なんかの技を自然と覚えている。
「通算3ヶ月もいないけどなぁっ!」
「死ねぇぇぇぇぉぉおっ!?」
俺はぶつかる直前身体を半身回転させ、突き出した右手の袖を掴む。そして右手で胸ぐらを掴み、その勢いを利用して巨体を背負う。つまり、背負い投げ。剣道しかできない俺はとっくに卒業している!
「おらぁぁぁぁっ!」
そのまま地面に叩きつけようとして、気づく。下がコンクリートでできていることに。
投げ飛ばして。受身をとれなかったとしたら。こいつは……。
一瞬躊躇してしまい、その一瞬は。
「くっ、そぉ……っ」
俺の終わった脚を壊すのには充分すぎた。
「あぁぁっ!」
左脚が体重を支えきれなくなり、身体が崩れる。俺は地面に叩きつけられたが、それは根本も同じ。そして、
「後ろぉっ!」
先輩たちに俺の後ろに回るよう指示を出し、根本が衝撃で落とした包丁を拾う。
「俺は元剣道部だ。小学生の時に全国1位になったこともある。今退くなら大事にはしない。わかるな?」
さっきのせいで左脚に力が入らなくなっていたので、右脚だけ地面に足の平をつけて包丁を構える。こんな短い得物で剣道の何を使えるんだって話だが、ハッタリになってくれればいい。だが、
「殺す……殺す……!」
立ち上がった根本の右手には別の包丁があった。2本……あるいはそれ以上持ち込んでいたのか。
さて、どうする。左脚は本当にもう動かない。先輩たちは走って逃げられるか? 先輩の50m走のタイムは9秒3。いくらこいつが太っているからといって逃げ切れるとは思えない。
根本が走ってきた。もう数秒もしないで俺は刺される。言葉を遺せるとしたら、1人。
「瑠奈、俺のことは忘れろ」
そう一言告げ、俺は右脚だけで立ち上がる。顔面目掛けて向けられた刃は俺の腹に突き刺さり、突進の衝撃で地面へと倒れる。作戦通りだ。
「つか、まえたぁ……!」
口から血が零れるのを感じながら、俺は左手で根本の右手首を掴み上げる。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その痛みで根本の手が包丁から離れたが、だからといって解放する気はない。
「おれ、は、包丁を持ってる……。暴れるなら、刺す……からな……」
これで無茶な行動はしてこないだろう。あと俺にできることは一つだけ。
「に、げろ……」
俺が死ぬまで、根本をここに縛りつけることだけだ。そして。
先輩と瑠奈を傷つけさせなかった。
つまり、俺の完全勝利だ。
あけましておめでとうございます! 新年早々こんな話で申し訳ありません! とりあえずやっくんは死なないので安心しててください!




