第3章 第21話 過去未来
〇瑠奈
「突然呼び出してごめんなさい、立花さん」
「構わないよ。後輩の後輩の頼みだからね」
歓迎会の最中、わたしは立花さんを空き教室へと呼び出していた。
理由は2つ。わたしが個人的に立花さんのことがむかつくから3割と、せんぱいができない復讐をしたいから7割だ。
せんぱいは立花さんのことが大大大大大好きだ。だからどれだけひどいことをされても許してしまう。
でもわたしは違う。わたしのせんぱいを傷つけられて、黙っていられるほど立花さんが好きではない。
だからわからせることにした。せんぱいはわたしを守るために武器を授けてくれたけど、武器は守るためにあるんじゃない。攻撃するためにあるものだから。
そのためにたくさん調べた。隣で苦しむせんぱいを笑いながら、でも半分本気で心配して。動画を見まくった。
だから理解した。立花さんの性格を。立花さんの嫌がることを。
「ご報告です。久司せんぱい……ううん、八雲と正式にお付き合いすることになりました」
「――は?」
立花さんの口がぽかんと開く。当然これは嘘でしかない。立花さんだってわかってるだろう。せんぱいがそう簡単に立花さんをあきらめるわけがないことくらい。でもわずかでも可能性があるなら、捨てきれない。立花さんはそういう人のはずだ。
「……あのさ。嘘をつくならもっとマシな嘘つこうよ。そんなのありえるわけが……」
「そうですよね。嘘だったら簡単にばれてしまいます。そんな嘘、つく必要がありますか?」
わたしがそう言うと、立花さんは絶句してしまった。笑わないのが大変だ。
ちょっっっっっっっっろ! 得体の知れない感出してたけど、所詮人間なんてこんなものだ。前に偉そうに人の裏表について語ってたけど、結局出せる答えは一つだけだ。
立花さんは本当にせんぱいのことが大好きだ。わたしなんか足もとにも及ばないくらい大好きだ。
ただ恋愛対象かそうでないか。せんぱいと立花さんの気持ちのずれはそれだけだ。だからこそ使える。せんぱいに効く手は立花さんにも。立花さんが誰かと付き合った、なんて聞いたらせんぱいはそれはもうとんでもないショックを受けるだろう。それはもう、
「や……あ、ぁぁああ……」
こんな風に、泣き出すくらいに。
「八雲はわたしの彼氏です。なのでこれ以上近寄らないでくださいね」
「やだっ、やだぁぁぁぁ……っ」
わたしにも、誰にも見せない泣き顔を惜し気なく晒す立花さん。いや、せんぱいや今井さんには見せていたっけ。こんなわがままな子どものような姿を。
「そんなっ、そんなのだめっ。やっくんはわたしのことが好きなんだからっ! わたし以外の人を見ちゃだめなのっ! 浮気なんて、絶対にだめなのぉっ!」
「――は?」
そのわがままに、今度はわたしが絶句してしまう。思わず演技が崩れてしまうほどに、むかついた。
「浮気がだめ? 先にやったのはあなたでしょ? せんぱいを傷つけといて、なに言ってるんですか」
「わたしはいいのっ! わたしならせんぱいとやっくんを幸せにできるんだからっ!」
「できてないでしょっ!? それにせんぱいの幸せを勝手に決めるなっ! 邪魔なんですよあなたはっ! せんぱいはずっと前を向こうとしている! なのに過去でしかないあなたに囚われてるっ! あなたのせいでわたしたちは未来に進めないんですよっ!」
「未来っ!? そんなのただの幻想だよっ! 人間は過去の積み重ねでしかないんだからっ! 邪魔なのは勝手で曖昧な未来を指し示すお前の方だっ! お前さえいなければ……やっくんとわたしは、ずっと一緒にいられたのに……!」
……ああ、そう。そういうことなら。わたしたちの答えはひとつだ。
「立花さん、あなたを――」
「金銅瑠奈、お前を――」
「「――退学にして」」
「瑠奈ちゃんっ!」
わたしと立花さんの言葉と心が重なったその時、教室の扉が開いて誰かが入ってきた。誰だこのデブ……や、見たことがある。そうだ。わたしに迫ってきた文芸部の……根本さん。なんでここ……。
「ほう、ちょう……!?」
「はぁ……っ、はぁ……っ」
荒い息を吐き、包丁を手に持ちながら。根本さんは言う。
「僕と、付き合ってくれるよね……?」




