第3章 第20話 人間
「本当に申し訳ありませんでしたっ!」
マスターしかいない喫茶店に、雑木羽衣の謝罪の声が木霊する。
「悪いと思ってるなら自首してくれよ。俺の罪も少しは軽くなるだろ」
「…………」
床に額をつけて謝る雑木羽衣だが、そう言うと無言になってしまった。まぁこんなもんだろう。
「別に謝罪なんていらないよ。むかつくだけだからな。そんなことよりあんたの先輩、五色莉羅。あれとの仲を取り持ってほしい。恋愛的な意味じゃなくて、仲直り的な感じで」
「もちろんそうしたいのですが……あたしもそんなに仲良くないので……」
「あぁそう。じゃあいいや」
「待ってくださいっ!」
伝票を持って立ち上がると、雑木羽衣が土下座しながら顔を上げる。
「……なに? こっちは仕事だから話しかけただけ。俺個人としてはあんたと同じ空間にいたくないんだけど」
「その……あの話は、誰に……!」
「相変わらず保身か。安心しろよ俺とあんた以外に知ってる人間はいない。警察には信じてもらえなかったからな。おかげで両親とは半絶縁だ。そのせいで特待生で高校を選ぶしかなかったよ。よかったよ剣道部を退部にされて。勉強しかできなかったからな」
「……ごめんなさい」
「もういいか? あんたと話してると先輩との約束を破りたくなる」
「ごめんなさいごめんなさい……許してください」
謝罪にもならない謝罪を受け、俺は椅子に座り直す。雑木羽衣にも座るよう促した。
「許してください? 許すわけないだろ。自分が何したか覚えてないのか」
「……ごめんなさい」
「あれは小6が学区の中学に見学する日だったか? あれ自体には同情するよ。いきなり知らない中学生に襲われたんだもんな」
「ごめんなさいごめんなさい……」
「それを俺が助けた……とは言えないか。暴力の対象を俺に変えただけ。噂に尾ひれがつきまくって20人をボコしたとか言われてるけど、実際にやったことは1人相手にしかもボコられただけだ。剣道を暴力や喧嘩に使うわけないのにな」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「その隙に逃げればよかったんだ。なのにあんたは俺が落とした竹刀袋から木刀を抜き取って、平似旭の後頭部を殴った」
「あ、れはあなたを助けようと……」
「助けようとした? じゃあなんで俺に罪をなすりつけたんだ? あんた警官に言ったんだろ? 俺が殺したって」
「ごめ、んなさい……」
「悪いけど調べさせてもらった。爺さんが警察の偉い人なんだってな。そりゃあ孫を殺人犯にはできないよな。しかもあんたは襲われたかわいそうな小学生の被害者。俺の言葉なんかより優先されるわけだ」
「ごめんなさいごめんなさい……!」
「おかげで俺たち家族は大変だったよ。色々なところを回されて、噂されて、金払って。あんたはその間遠くに引っ越してお嬢様中学で髪染めてバンド活動。楽しかったか? 恩人を殺人犯に仕立てて歌うたうのは。楽しかっただろうなぁ、こんなたいして頭もよくない高校に落ちるくらいだもんなぁ」
「ち、が……」
「俺は何が悪かったんだろうなぁ? いやわかってるんだ。あんたを助けたことが間違いだった。見ないフリしとけばよかったんだ。あんたはどう思う? どうすれば俺は救われたんだ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
「嫌なこと訊いたな。そんなこと今さら教えてもらったところで全部無意味だ。俺はこの先殺人犯として生きていくしかないんだもんな。進学、就職、結婚。殺人犯ができるかなぁ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
「あぁそうだよ俺は殺人犯なんだ。そんな人間がまともな末路を迎えられるわけがない。俺が殺人犯じゃなければさ、もっと色々なことができたんだよ! 中学剣道で結果を残せただろうし、もっといい高校に進学できただろうし、先輩とも付き合えたかもしれないんだよっ!」
「ごめんなさいっ! ごめ、んなさい……!」
「なぁわかるかっ!? 殺人犯が好きな人に迫れると思うかっ!? 駆け引きができると思うかっ!? できないんだよっ! どんな行動も犯罪に繋がると思われるからだっ! もっと、もっとなぁ……! がんばれたんだよ……! 先輩にもっと好きになってもらえるよう、できたのに……!」
「ごめんなさいぃぃぃぃ……!」
気づけば2人とも涙を流していた。雑木羽衣はもちろんとして、俺も……。とめどなく涙が溢れていた。そう自覚すると、少し落ち着いてくる。
「……ごめん、言い過ぎた。後半は俺自身の問題だ。すいません、この子にパフェを」
「いえ……悪いのは全部、あたしです……」
「当たり前だ……や、ごめん……」
情けない。こんなどうしようもない八つ当たりで後輩に苦しめるなんて。
「申し訳ありませんでした。先程までの非礼をお詫びします」
今度は俺が床に額をつけて土下座する。あんなことを言いたかったわけじゃないんだ、俺は。
「そ、んな……。なんで、あなたが……」
「俺が悪いんだよ。人間は過去の積み重ねだ。どんな過去だったとしても消し去ることはできない。背負って生きていくしかないんだ。なのに君に当たった。俺が駄目なのは俺のせいなのに」
「だからこそ」。俺は言う。
「雑木羽衣さん。あんたも自分の過去を背負ってほしい。進学、就職、結婚。あんたの人生全てに、俺の犠牲があることを覚えていてほしい。つまりだな……幸せになってほしいんだよ。俺が全部諦めた分、たくさん。ほら……俺なんて名前を検索したらあることないこと書かれまくってるからさ。もうまともな人生は送れないってあきらめてる。でもあんたはそうじゃないんだから。がんばってくれよ。応援してるよ、いらないだろうけどな」
それだけ言って杖を頼りに立ち上がり、伝票を手に今度こそ立ち去る。あぁそうだ、言い忘れてた。
「でもこれだけは感謝してる。あんたのおかげで大好きな人たちに会うことができた。俺のしょうもない人生の残りを全部賭けてもいいくらい、大切な人たちに会えた。ある意味で俺も幸せになったのかもな。ありがとう」




