第3章 第16話 昔話 7
『ごめん……あたしが悪いの。八雲は花音が好きで、花音はあたしが好きって……全部、知ってたのに……。何も、できなかった……。自分ではがんばったつもりだったけど……ううん、これは言い訳。ごめん、八雲、ごめん……!』
『ちがっ! ちがうんだよやっくんっ! 話を聞いてっ!』
画面の中の2人が泣き、叫ぶ。でもせんぱいの声は聞こえない。代わりに横にいるせんぱいが口を開く。
「先輩が俺を異性として見てないことはわかってた。それでも告白したのは俺の身勝手だし……事実を知って勝手に絶望したのは俺の傲慢さのせいだ。でもそれは今だから言えることで……。この時の俺は、ただ先輩が俺のことを好きじゃないって現実を受け入れられなかった。受け入れたくなかった」
画面が細かく揺れる。カメラを持っているせんぱいの手が震えているのだろう。
『なにが……ちがうんですか』
『やっくんのことは大好き! 愛してるっ! でも……恋人としては、見れない』
『じゃあなんで……付き合ってくれたんですか』
『それは……断ったら、やっくんがかわいそうだと思ったから……。それに、断ったらやっくんわたしじゃない誰かのとこ行っちゃうでしょ……? それは、絶対に、やだったから……』
立花さんが小さな顔を両手で覆う。それでも涙はせんぱいのベッドへと落ちていく。
『絶対……絶対隠し通せると思ったのに……! わたしならせんぱいもやっくんも同時に愛せたのに……! なんであんなこと言っちゃうの……! せんぱいのばかぁ……!』
『馬鹿は……あんたでしょ……! なんで、後輩傷つけてんのよ……!』
なんでこの2人が泣いているんだ。一番泣きたいのはせんぱいだろう。
『わか……りました……。とりあえず、別れましょう……。……や、別れるっていうか……昨日の告白は、なかったってことで……』
『ちょっと待ってっ! 友だちから始めるってこともできるっ! ここから花音を好きにさせればいいっ! あたしも協力するからそんなのは……!』
『そんなの無理……。だってわたし、せんぱいと付き合いたいから……』
『ほら……先輩もそう言ってるし……』
『だから待ってよっ! あたしは花音と付き合えないって言ってるでしょっ!? 八雲と付き合いなよっ!』
『だから無理なのっ! だってやっくん、わたしのペットだもんっ! どれだけ好きでも恋人にはなれないでしょっ!?』
『……俺、ちょっと外出ます……。しばらく帰らないと思うけど……大丈夫なんで……ほっといてください……』
『花音っ! 取り消しなさいっ!』
『うぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!』
地獄絵図。せんぱいの過去は、そう言うしかなかった。
誰もかれもが泣き、叫び、静かなのはせんぱいだけ。いや、そのせんぱいもきっと泣いていたのだろう。画面には映らないけど、隣のせんぱいの泣き顔を見ればわかる。そしてなぜかわたしも、目から涙が零れていた。
『わたしとせんぱいが付き合って! やっくんも一緒にいるっ! それでいいじゃんっ!』
「……もう、いいです」
『やっくんとせんぱいも仲いいしそれでいいでしょっ!? ずっと3人一緒にいようよっ!』
「やめてください……」
『これでみんな幸せになれるっ! どうしてわかってくれないのっ!?』
「もういやぁっ!」
気がつけばわたしはせんぱいが持つタブレットを投げ捨てていた。その衝撃で画面が止まる。意味のわからない、立花さんの悲劇のヒロイン面がわたしたちを見つめている。
「なんで……! なんでこんな舐められて……まだ、好きなんですか……。どうしてこんな人のことを好きになったんですか……!」
「なんでだろうな……。うまくは言えない。一緒にいる内に好きになって……もちろんこんな扱いされて一気に冷めたけど……それでも時間が経てばまた好きになって……それの繰り返しだよ。俺も森夏さんも、先輩のことが結局好きだったからな」
「もうやだ……。せんぱいがかわいそうで……見てられない……」
「そうだな……。俺と先輩と、それから森夏さんも一緒にいるのが一番幸せだって俺もわかってたけど……そんな未来、死んでもごめんだった」
せんぱいが杖を突きながらタブレットを拾い、画面が変わる。
「だから全部、終わらせたかった」
3月。せんぱいと立花さんの終わりとなるはずだった過去へと。




