第3章 第12話 知らないあなたを
「やっくんごめんね~? いたかったね~? ごめんごめんだよ~」
立花さんはせんぱいの頬を叩くことで場を治めた後、生徒会室に帰還すると、せんぱいの頬を優しく撫でて慰める。
「……いえ」
対するせんぱいの反応は薄いが、表情は至福というか、すごい癒された顔をしている。これだけわかりやすければ機嫌をとることも容易いだろう。
「イチャイチャしてるとこ悪いんすけど、どうすんすか? 聞いた限りじゃそれなりにめんどうだと思うんですけど」
生徒会室には休日だというのに珠緒ちゃんや鎌木さん、鍬形さんがおり、立花さんとせんぱいを加えて勢揃い。そしてあらましを聞いた鎌木さんは、さっきの文芸部でのやり取りをめんどうだと判断した。
「五色莉羅に根本康太。同じクラスだからわかりますけど、どっちも思い込みが激しいタイプ。特にデブ……根本が危険。五色さんはせいぜい嫌がらせかいじめくらいしかやってこないだろうけど、根本はね……。どこまでやってくるかわからない。みんなのクラスにも一人はいるでしょ? 将来ストーカーとかやりそうな陰キャ。そいつに女関係で喧嘩売るとか……下手したら殺されるかもよ?」
殺される……。ない、とは思うけど……こんな時代だし。何が起こっても不思議じゃない。
「別に俺が殺される分にはいいけどな」
「あんたはね。でもその矛先は一つ間違えれば瑠奈ちゃんに向くかもしれない。そういうところもっと考えないと。先輩でしょ?」
「…………」
鎌木さんの厳しい言葉に押し黙ってしまうせんぱい。せんぱいはわたしのためにがんばってくれたのに、なんだかかわいそうだ。
「過ぎたことは仕方ないわ。とりあえず対策を考えましょう。悪いけど羽撃さん、少し離れていてもらえる?」
「え? はい……」
鍬形さんに言われ、珠緒ちゃんがわたしたち部外者が座っているソファーにやってくる。
「やーい、ハブられたー」
「……まだ1年生ですし。実力不足は認識してます」
適当にいじってみると、珠緒ちゃんはやけに真剣な顔でせんぱいたちの方を見る。なにかすごいことが起こるのだろうか。
「とりあえず金銅さんの警護が必要だよね。やっくん、どう思う?」
「あのデブに本気でかかってこられたら俺は100パー負けます。突進だけで吹っ飛ぶんで」
「暴力アリだったら?」
「……100パー勝てます……けど……」
「じゃあ金銅さんを守る時は暴力を使うこと。やっくんが倒れちゃったら誰も金銅さんを守れないんだから」
「……はい」
上手い言い方だ。立花さんはわたしには興味はないけど、これならせんぱい自身を守ることにつながる。
「もしもの対応はそれでいいとして、和解はどうするつもり?」
「男子で私を嫌う人なんているわけないよね。私が接触してみるよ。上手く好意を私にずらしてみる」
「問題は五色さんですよね。こういうタイプは自分よりかわいい女子には厳しいですよ。八雲が適任だったろうけど暴走しちゃったし」
「後輩経由で仲良くなればいいでしょ。確かこの子ってランクDだよね。お妙、同室の子は?」
「雑木羽衣。中学時代は軽音部、でもまだ部活には入っていないみたい。不良というか、一匹狼タイプだったみたいね」
「ならやっくんが適任だね。歓迎会の日でいいから適当に仲良くなっといて」
「……はい」
会議っぽい話をとりあえず聞いていたけど、何の話をしてるのかわからない。好意をずらす? ランクD?
「ランクっていうのは内申点みたいなものね。公表されていないから何となく知らないけれど、部屋割りはランクで定めてあるみたいよ」
「だいたいはそれで合っています」
轟さんが説明すると、珠緒ちゃんが付け加える。
「生徒では生徒会くらいしか確認できないけど、中学も含めた成績なんかで判断されるみたいだよ。たとえば私は勉強も運動もできたからランクA。鎌木さんもああ見えて勉強は学年2位だからランクA。だから同室になったみたい」
「ふーん……」
つまりわたしの部屋が問題児部屋というのと同じことだろう。性格以外にも判断材料があったんだ。
「で、今は問題事の対処方法を会議してるみたい。私はまだ新入りだから深いところまでは入れてくれないんだよ」
「なる……」
となるとせんぱいはお預けかな。
「せんぱい、わたし部屋に帰ってますね」
「あ、俺も行く。先輩……」
「わたしは大丈夫なので。部活探しはまたの機会でお願いします」
「……ごめん。有栖もこの埋め合わせは必ずするから」
軽く挨拶し、生徒会メンバーを除いてわたしたちは生徒会室を後にする。今はまだお昼過ぎ。時間はたくさんある。
「とりあえずお昼にしましょうか。瑠奈ちゃんも一緒にどう?」
「その前に有栖ちゃん、一つ教えてもらいたいんだけど」
「? なんですか?」
たった数時間で、ずいぶん色々なことが起きた。そしてわたしが知らないことも。だから、
「中学時代のせんぱいのこと、教えて」
もっとせんぱいのことを知りたい。その想いに素直に従ってみることにした。




