第3章 第11話 冴えたやりかた
なんとかせんぱいの狂暴性を抑えることに成功。これで万事解決……のはずだったが、事態はさらに混沌を極めた。
「すみません……調子に乗ってました。もうこんなことしないのでどうか許してください……」
「え? ……えぇ……?」
さっきまで詰め寄ってきていた相手の突然の土下座と謝罪に、理解が追いついていない五色さん。だが理解できていないのは部室内も同じだった。
「姫を助けろぉぉぉぉっ!」
「相手は久司だ! 何も怖くないぞぉぉぉぉっ!」
そんなことを口走りながら、部室を飛び出る部員たち。無抵抗のせんぱいを捕まえると、部室の中に連れ込んだ。
「ひ、姫を傷つける奴は僕たち騎士がぁ……!」
「なに師匠に手出してんだぶちのめすぞゴルァァァァァァァァッ!」
「待って有栖落ち着いて暴力はだめだっ!」
そしてせんぱいに反撃しようとする部員と、それをさらなる暴力で叩き潰そうとする有栖ちゃんと、それを止めようとするせんぱいの三竦みの乱戦が勃発。せんぱいは殴られ蹴られながらも有栖ちゃんを抱きしめ、それを引きずり部員を蹴散らしていく有栖ちゃんの構図となった。なにこれ地獄絵図?
「せんぱい……せんぱい……」
「あ、あのっ!」
わけもわからずせんぱいに助けを求めようとすると、わたしの前に一人の男が意を決したように飛び出してきた。たぶん100キロは超えてる……言い方は悪いけど、すごいデブ。息も荒いし、なんか……キモイ。でもわたしはこんな相手にもあざとかわいいを崩すことはしない。
「えーと、どうしましたぁ?」
「一目惚れしましたっ! 僕と付き合ってくださいっ!」
男は唾を飛ばしながらそう叫ぶと、脂ギッシュな手を差し出してきた。格の違いをわかってるのかな?
まぁでもこの手のことは慣れてる。いい感じのことを言ってあしらって終わりだ。
「ごめんなさい。わたし、今は誰ともお付き合いする気はなくて……」
「顔がすごい好きですっ! 声もかわいいしっ、僕に笑ってくれるしっ! それと……ぶへっ、おっぱいも……大きいし……!」
うっへーめんどいタイプだ。人の話聞けよ。こういうタイプは下手に断ると後々めんどくさいんだよねー……。さてどうし……。
「おい」
対処に困っていると。わたしと男の間に、せんぱいが割り込んできた。すごい、速さで。脚に無茶をかけちゃいけないのに。そしてわたしの肩を抱き、危険がないように一歩下がって言う。
「瑠奈は俺の女だ。他人の女に手出してんじゃねぇよ」
「っ……!」
あまりにも理想的な……すごい、男らしい態度に思わずちょっとドキッとしちゃったのは否定しない……。でもこの人相手には……悪手……!
「な、なに言ってんだ嫌がってんだろ放せっ!」
「嫌がってる? どうだかな」
「せんぱい……!?」
今度はわたしの頭に優しく触れ、肩にもたれかからせる。絶対……顔赤くなってる……。
「き、貴様ぁぁぁぁっ!」
「だいたい口説き文句がキモイんだよ。本命に行く前にそこの三下で練習しとけ」
せんぱいはそう言い五色さんを親指でさす。これ……またせんぱい怒ってる……!?
「ふ、ふざけやがってぇぇぇぇっ! 陰キャの分際でぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「動くなよ」
せんぱいは優しく、でも強くわたしを押して男との延長線上から外させると、杖を両手で持ち、構える。
「これ以上近寄ってきたら打つ。怪我したくなかったらどっか行ってろ」
「な、舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
明らかな殺気を放っているのにもかかわらず、無謀にも突っ込んでくるデブ。相手は100キロ越えだ。殴られるどころか突進されただけでも踏ん張れないせんぱいには驚異的なのに、
「せんぱいっ!」
せんぱいは男に当たらないように、杖を下ろした。
「お前、殺すぞ」
だがその巨体がせんぱいに当たることはなく、次の瞬間には有栖ちゃんに組み伏せられていた。右手には折り畳み式の杖があり、男の右目のすぐ横に当てている。
「有栖、暴力はやめろ」
「アリスは師匠の専属メイドなので。何を言われようと師匠をお守りします」
「やっくんっ!」
せんぱいと有栖ちゃんが互いに瞳で殺意をぶつけ合っていると、そこに轟さんに呼ばれた立花さんが到着した。そして、
「私、問題は起こすなって言ったよね」
せんぱいの頬を平手で叩いた。狭い部室にその音が反響し、騒がしかった部室が一瞬でシンとする。
「ぶちのめす――!」
「有栖っ!」
だが何よりもせんぱいを傷つけられたことが許せない人物が一人。男を踏み台にして立ち上がろうとした有栖ちゃんを目で静し、せんぱいは部員たちに頭を下げる。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
そう謝罪し、せんぱいは部室を出ていく。わたしたちもその後をついていき、これで問題は解決となった。
わかっている。この騒動を鎮火させるには、実質的な元凶であるせんぱいに罰を与え、謝らせるのが一番だって。わかっているのに。
せんぱいに恥をかかせた立花さんが、許せなかった。




