第3章 第9話 犬
「ひさしぶり。新入部員を連れてきたわよ」
轟さんの紹介で文芸部を訪れたわたしたち。でもさっそく、部活に入る気が失せた。
「お……女の子……」
「女の子でござるるるるる」
「メ、メイドさんだぁぁぁぁ……」
「ど、どうしようリラちゃんんんん」
狭い部室にぎゅうぎゅうに詰まっている男たち。太っちょや細いの……。とにかく全員、ださい! 別にブサイクなのは仕方ないけど、まともになる努力をしてないっぽい集団……。わたしが一番嫌いなタイプだ。そしてその虫たちの中で、唯一蝶のように煌めく女性がいた。
「部長は?」
「リラだよ、久司くん」
リラと名乗った女性が小さく手を挙げる。かわいい人だ。童顔で、黒髪ツインテール。服装はわたしのものとよく似ていて、人形のよう。中学時代のわたしが髪を結んだらちょうどこんな感じだっただろうか。でも、だからこそわかった。
勝った。わたしの方がかわいい。この人もそれなりにかわいいけど、わたしの方が顔は整ってるし、胸も大きい。声だって絶対わたしの方がかわいらしいし、笑顔だってわたしの方が自然にできる。つまり、わたしの下位互換。
「期待外れだったかな……」
せんぱいも同じことを思ったのか小さくつぶやき、その人のもとにずけずけと歩いていったのでわたしもついていく。
「1年生の金銅瑠奈です。文芸部に入れてやってください」
「敬語じゃなくていいよ、久司くん。同じクラスでしょ? 五色莉羅。覚えてるよね?」
「……や、ごめんなさい」
「そ……そっかぁ……」
笑みを浮かべたままの五色さんの眉がピクピクと動く。明らかにイラついている。やっぱ裏あるよねこの人も。自分が普段餌にしている陰キャに名前どころか顔も覚えられてないことが屈辱なのだろう。
「とりあえず入部届だけ……瑠奈、体験入部にする?」
「んー……そうですねぇ……」
「あ、ごめんね。うちもう入部閉め切っちゃったんだ」
せんぱいに返事しようとすると、五色さんが笑顔で遮った。
「ほら、見ての通り手狭でしょ? だからごめんね」
口だけ謝ったけど、わたしが映るその瞳には怒りや嫉妬など暗い感情がこもっている。自分よりかわいい子が入ってくることで居場所がなくなることを恐れているのだろう。
でも残念。この程度ならせんぱいに鍛えられたわたし一人で何とでも言い返せる。……ん? べ、別にせんぱいにわからされたわけじゃなくて……勉強! 色々勉強したから……楽勝! のはずだったが。
「入部期間の短縮は規則で認められてないけど」
あまりにもあっさりとせんぱいが自分で終わらせてしまった。ざんね……。
「それと特段の事情がない限り入部希望者を断ることもできない。それとも何か事情があるのか?」
……せんぱいの空気が、いつもと違う。後ろ姿しか見えないけど、なんか、いつもと違う。近いのは、有栖ちゃんと話していた時と同じ。でもそれよりも数段、力強い。
「だから……部室が……」
「なら生徒会に部室移動の申請をしろ」
「いやでも……大変だし……」
「大変だから? お前らの都合で瑠奈の権利を奪うのか?」
「そういうわけじゃ……なくて……」
「受け入れられないなら正式に生徒会として処分する。文句あるか?」
「そ、そんな大ごとにしなくても……。こっちだって色々事情が……」
「あぁっ!?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
せんぱいが杖を勢いよく床に叩きつけると、なぜか有栖ちゃんが頭を抱えてうずくまった。いや……それよりも……せんぱい……?
「なんでてめぇらの事情で俺の後輩が馬鹿見なきゃいけねぇんだよ。あ?」
「あわわ。あわわわわ。あわわわわ……!」
せんぱいの凄みとは裏腹に、有栖ちゃんのかわいらしい怯え声が部室に木霊する。一体何が起こって……!?
「お前表出ろ。ここじゃ話にならん」
「ちょっ……!?」
せんぱいが五色さんの腕を掴み、足早に部室から出ていく。後に残ったのは、呆然としている部員と、事態を呑み込めていないわたしと轟さん。そして一人死ぬほど怯えている有栖ちゃんだけだ。
「有栖ちゃん、せんぱいは……!?」
「おおお怒ってましたぁっ! 怖いです怖いです怖いですぅっ!」
怒った……? せんぱいが……?
「いや……それはないでしょ……。せんぱい怒ったの一回しか見たことないし……こんなことで……」
「そうでもないでしょう」
そう言った轟さんが珍しく慌てた顔でスマホを操作する。
「聞いたことない? ゴールデンウィーク剣道部監禁事件」
「それってでも……今とは全然規模が……」
「そうね。今回の方が遥かに危険よ」
「え……?」
「聞いてるだろうけど、久司くんは去年の今ごろ立花さんと仲良くなかった。それなのにああまでなったのよ。瑠奈ちゃんと仲がいい今の方がよほど危険でしょう?」
「いやだから……理由が……」
「そうよね知らないわよね……。立花さんの場合、立ち位置的に不当な扱いになることは少なかった。でも数少ないその事態に陥った時、久司くんは番犬として敵を食い散らかした」
「番犬……?」
「『立花花音の番犬』。『飼い犬』の方が通りはいいけど、そう呼ばれることもあったのよ。飼い主の身の危険を前にした時、犬は身を挺して守ろうとする。そして今の飼い主はあなたよ、瑠璃ちゃん」
「つまり……せんぱいはわたしが不当に入部を認められなかっただけで……暴力を……?」
「師匠は死んでも暴力は振るいませんっ! だからこそ怖いんですぅっ!」
ちょっと……待って……。だってせんぱいはそんなことで……。たかだかこの程度で暴れるなんて常識外れなことは……。
「信じられないかもしれないけど、久司くんはそういう人間よ。とりあえず立花さんを呼ぶけど、あなたじゃないと止められないと思う。だから頼んだわよ」
そう……言われても……。正直、わたしは五色さんの心配なんて全くしてなくて。
わたしが知らなかったせんぱいの一面の大きさと強さに、ただただ戸惑い恐怖していた。




