第3章 第8話 昔話 3
「おじゃましまーす……」
とりあえず話を聞くために、すぐ隣の有栖ちゃん、轟さんの部屋におじゃますることになったわたしとせんぱい。部屋はわたしたちのものと同じサイズだけど、ずいぶん……なんていうか……物が少ない。
ソファーもなければ、電子レンジもない。クッションがその代わりなんだろうけど、それが囲んでいるテーブルだって小柄だ。テレビや冷蔵庫はあるけどかなり小さいし、小綺麗に纏まっている。思えば誰かの部屋に入るのはこれが初めてだ。2人ともあまり物は持ち込まない主義……なのかな?
「驚いたでしょう、瑠奈ちゃん。貧乏くさくて」
「い、いえ! そんな……ことは……」
顔に……出てた……? でもそこまでひどいことは考えてない……と思う。
「久司くん……というか立花さん。それとその上の今井さんのおかげね。色々と学校に融通してもらってたのよ。さすが生徒会長の系譜、といったところかしら」
「そうなんですか?」
「まぁ……否定はしない」
つまり立花さんや、立花さんの先輩が生徒会長だったから学校に顔が利いて、いい物を優先的に回してもらってたってこと……。
「わたしも生徒会入った方がいいんですかね?」
「いや、俺が学校との繋がり切ったから瑠奈はあんまり関係ないよ」
「そうでもないでしょう? ずいぶん緒歳先生と仲良さそうじゃない。あの人、校長の娘さんでしょう? 苗字が違うからあまり知られていないけど」
「いやあの人は……よく見てくれる先生ってだけで仲良くは……。たまに飯連れてってもらうくらいで……」
「瑠奈ちゃん。意外かもしれないけど久司くんってすごい人なのよ? 立花さんの無尽蔵に広い人脈から必要な人間だけを絡めとり、味方にする。ほら、彼って放っておけないタイプというか、私が助けてあげないとって思わせる人じゃない? 周りから嫌われることで大事な人からの人望を深めるタイプなのよ。中々できるものじゃないわ」
「や……そんなことは……」
なんというか……なんだろう。今までも時々感じていたけれど、言葉にされると案外すんなりと納得することができる。
轟さんにはここまで言われてるし、鎌木さんからの信頼も厚い。生徒会副会長の鍬形さんとも仲がいいみたいだし、立花さんは言わずもがな。
なんか……クラスメイトや普通の先輩からの評価は底辺も底辺だけど、すごそうな人とはすごく仲がいい。有栖ちゃんの話を聞いた限りでは中学でも学校側と特別なことをやってたみたいだし……。……え? せんぱいってもしかしてすごい人?
「それにしても先輩はずいぶん師匠に詳しいんですね」
「私たちの先輩同士が仲良かったからね。お互い話すタイプでもないし仲良かったりはないけれど、知り合い以上ではあるわ。ねぇ、久司くん」
「……そう……っすね」
……え? せんぱいなんか気まずそうな顔してる……? 嘘でしょ……? まさか……!
「久司くん、私のこと覚えていない?」
「いや……その……顔は覚えてるんだけど……名前は……その……。先輩以外に興味なかったもんで……」
こ……この人……! やっぱただのコミュ障だっ! 部屋割りとクラス割りは連動している。わたしと有栖ちゃんが同じクラスってことは、せんぱいと轟さんも同じクラス……ってことになるんだけど……え? わたしだってもうクラス全員の名前覚えたのに……。しかも去年関係あったんでしょ……!?
「……なるほど。そうなのね」
せんぱいの顔から全てを察した轟さんは大きく息を吐くと、有栖ちゃんに顔を向けた。
「男に忘れられるなんて屈辱は生まれて初めてよ。とりあえずぶん殴っていいかしら?」
「師匠を傷つける人間はアリスがぶちのめしますっ!」
「ならあなたの師匠に伝えておきなさい。連絡先だって交換してあるしあなたの貴重な友だちだって」
「だそうですっ!」
「ほんとすみませんでした……」
せんぱいが深々と頭を下げる。ここまでしたせんぱいは初めて見たかもしれない。まぁ普通に失礼だしね……。
「それで文芸部の話なんですけど……」
「あぁ。ピッタリじゃない? オタサーの姫。色々勉強になると思うけど」
「いえわたしはそんな感じで売ってるんじゃないんですけど……」
わたしはカースト上位だけど圧倒的にかわいらしく、誰からも愛されるをコンセプトにファッションやらヘアメイクやらを計算している。だからそんな風に思われても困る。
「俺もいいと思うな、オタサーの姫」
「せんぱいっ!? 確かに服装はそっち寄りですけどほらほら見てください髪の毛! いい感じに清潔感とおしゃれ感が組み合わさってるでしょっ!?」
「ああ。量産型女子筆頭隊長みたいなもんだと思う」
「馬鹿にしてますよねっ!?」
確かに有栖ちゃんの金髪ツインテールみたいな特別感はないし、珠緒ちゃんの黒髪ストレートみたいな清楚感も欠けているかもしれない。でも! その分イケてる感は立花さんよりも上だと思うんだけど!
「いや実際さ、瑠奈はそっち方面……あざとかわいさを磨いていった方がいいと思うんだよ。だからオタサーの姫……。女子慣れしてない男を簡単に操れるような人は参考になると思うんだ」
「ぐぬぬ……確かに……」
わたしの視線はいつも上を向いている。でもせんぱいをわからせるには……オタクたちよりもカーストの低いせんぱいをわからせるには、それも勉強になるかもしれない。
「わかりました! 文芸部でオタサーの姫の座を奪い取ってみせますっ!」
「いやそこまでは言ってないけどな」
とにもかくにも、わたしの入る部活がこれで決まった。




