第3章 第5話 知らない人
『いや……その……すいません……。よく考えてみたら先輩人気者なんだから……ケーキなんていらないですよね……。それなのにこんなのをプレゼントにするなんて……ほんと……すいません……。明日俺が食べるんで置いといてください……」
テーブルに置かれていたカメラは立花さんの表情しか映していない。それでもせんぱいの表情は手に取るようにわかる。
せんぱいは感情がすぐ表情に出る。だからきっと、今のせんぱいのような恥ずかしく、悲しく、泣きそうな顔をしていたのだろう。
そしてその顔がまた、変化する。
『……うれしい』
立花さんの瞳から涙が零れたのと連動したかのように、せんぱいの頬にも涙が一筋垂れた。
『あれ……? なんで泣いてるんだろ……。ちがうの。すごい、うれしかったんだよ。やっくんが花音ちゃんのために作ってくれたんだよね……? も、もう……。こんな……泣かせるようなことするなんて……。花音ちゃんびっくりしちゃった……』
ぽろぽろと涙を流す立花さんの喜びはとても嘘だとは思えない。それでも立花さんの本性を知っているわたしは、思ってしまう。どうせせんぱいを喜ばせるための嘘泣きなんだろって……そんな、性格の悪いことを、考えてしまった。
『たべようたべようっ。花音ちゃんこそ余計なことしちゃったねっ。ほらっ、座って座って』
せんぱいと立花さんがカメラを正面に捉える形でソファーに並んで座る。わたしとせんぱいがいつも座っているソファーに。
『ロウソクとかある? ハッピーバースデー歌おっか』
『いや……先輩そういうのほんとはあんまり好きじゃないって……俺は、知ってるんで』
自分だけがわかっているアピール。とてもわかりやすくてどこかかわいく思えてしまう。
『そっか。じゃあいただくねっ』
『はい……。あ、お誕生日、おめでとうございます』
『ありがとーっ。いただきま~すっ』
立花さんがフォークを巨大ケーキに入れ、そして食す。せんぱいの想いの塊を。
『ん~っ。おいし~っ』
画面の中の立花さんがかわいらしく頬を押さえて満面の笑みを浮かべたその瞬間。
「っ……!」
眼下のせんぱいの顔が、その笑顔に負けないくらいにぱぁっと輝いた。そしてタブレットを操作し、一時停止。立花さんの笑顔をまじまじと見ると、
「っ~~~~!」
せんぱいはクッションに顔をうずめて脚をバタバタとさせる。
「うぅっ……!」
そして怪我をしている左脚の痛みに気づいてプルプルと震え出した。
「――だれ?」
思わず声が漏れてしまう。誰だ、この人は。この人はわたしの知っているせんぱいなのか。
久司八雲は。こんな馬鹿な、普通の男子高校生のような真似をする人だったか。
違う。わたしの知っているせんぱいは、陰気だけど冷静で、不器用だけどかっこつける人だった。
こんな人、知らない。こんな顔、見たことがない。こんな姿を、わたしに見せることはなかった。
『やっくんありがとねっ。やっくんだ~いすきっ』『……だ~いすきっ』『だ~いすきっ』『だ~いすきっ』『だ~いすきっ』『だ~いすきっ』
「……ふへへ」
そしてせんぱいは一時停止を解き、次の場面を再生させた。『だ~いすきっ』という台詞を繰り返し聞き、気持ち悪い笑い声を出すせんぱい。本当に気持ち悪い。
でもこんな気持ち悪い、ありのままの姿も。わたしは見たことがない。わたしは見たかった。
かっこよくなくていい。気持ち悪くていい。完璧でなくていい。先輩でなくていい。そんなせんぱいを、見たかった。
この顔を立花さんには見せるのだろうか。わたしの知らない顔を他の人には見せるのだろうか。きっと、見せるのだろう。
だってせんぱいの知り合いは自分で仲良くなった大切な人で。金銅瑠奈はたまたま後輩になった人間でしかないのだから。
そう思うと無性に悔しくなってしまい。今まで録画していた映像を、せんぱいへと送ってしまった。
「っっっっ!?!?!?!?」
それに気づいたせんぱいはわたしの方を見上げ、急いでテレビの電源を消した。
「ちがっ……ちが……! 違うんだよ瑠奈これはその先輩が送ってほしいって言ったから確認で見てただけで決して先輩の笑顔が見たかったとかじゃなくてだな俺は……」
怯えに似た焦りの表情を浮かべて必死に弁明する、今まで見たことがないせんぱいの姿を見て、わたしは。
「……くふふ」
なんだか満足してしまい、無意識に零れた笑みを残してカーテンを閉めた。




