第2章 第11話 かわいさ 前編
〇瑠奈
「あーもうむかつくむかつくむかつくっ!」
立花さんたちの部屋を出てわたしは思わず地団駄を踏んでしまう。
「せんぱいの馬鹿……! わたしは立花さんの悔しがる顔が見たかっただけなのに……!」
「でもさすがは師匠! 男らしくてかっこよかったですっ!」
「先輩……私にしてくれたらよかったのに……」
一緒に部屋から出た羽撃さんと地板さんがわたしとの感情とは全く別の言葉を口にする。改めて考えてみてもバラバラなチームだな……。
「でもやっぱり悔しい! わたしももっと力をつけてせんぱいをわからせないと……!」
「師匠への反抗の意志はいただけませんが、それならちょうどいい人がいますよ」
地板さんが握り拳を作りながらもそう助言してくれた。
「ちょうどいい人?」
「はい! 力不足を痛感したら師匠を作り特訓あるのみ! アリスの先輩のところに行きましょうっ!」
なんか方向性が変わったような気もするけど、とりあえず地板さんについていきお風呂場の方へと移動する。
「でもなんでお風呂場?」
「アリスの想像ではこの辺りにいるはずですから。ほら!」
地板さんが指差した先には、1人の女子と1人の男子がいた。いや……いるけど……。
「なにあれ……?」
その姿に普通にドン引きしてしまう。床に手足をついた男子の背中に座り、バスローブ姿で牛乳を飲んでいる女子。もう片方の手には鞭があり、時々椅子になっている男子に打ちつけている。
地板さんの先輩ということはこの女子がそうなんだろうけど……やばくない? オリエンテーションだよ今は。
「あら、有栖ちゃんじゃない。どうしたの?」
「この子が先輩の舎弟になりたいそうですっ!」
「舎弟っ!?」
言ってない言ってない言ってないっ! 舎弟になりたいだなんて言ってないっ!
「あら。ずいぶんかわいい舎弟候補ね」
ほらなんか舌なめずりして笑ってるし! 怖い! 怖いよっ! 普通にせんぱいに助け求める案件だよっ!
「はじめまして。2年の轟来葉よ」
「えと……1年の金銅瑠奈です……。久司せんぱいの後輩でして……」
「あら、久司くんの後輩。いいわよね、彼。とってもかわいくて」
「えぇ……」
またドン引きしちゃったけど、せんぱいに不快感を持ってない2年……。もしかしたら信頼できるのかもしれない。それにどう見てもこの人、恋愛マスター! 駆け引きとかすごい上手そう。この人から学ぶのは、割とアリなのかもしれない。
「あの……わたし、どうしてもわからせたい相手がいるんです。その……色々、やり方とか教えてもらえれば……」
「わからせる? 具体的には?」
具体的……。そう、言われると……なんなんだろう……。他人に話したことがないから上手く、言えない……。
「えと……なんか……むかつく人がいて……。初めはいじめて楽しんでたんですけど……だんだん……からかうのが楽しくなって……どんどんその人のことを知っていって……すごい、不器用だけど優しい人で……わたししかわかってあげられないって思って……だから……特別だと思ってうれしくて……。でもその人のことを知っていく度にその人の知らない一面が見えてきて……すごい……色んな人から愛されてるって知って……でもわたしはたぶん、他の誰よりも……せんぱいのことがそんなに好きじゃなくて……」
なんだろう……。上手く感情がまとめられない……。
「わたしは一番好きじゃないけど……でも、せんぱいの一番になりたい……。他の人に、とられたくない……わたしだけを見てほしい……。だからせんぱいに好きになってほしい……! そう、なってくれたら……わたしはすごい、うれしくなれるから……。たぶん、マウントをとりたいんです……他の全ての人に。わたしが一番なんだよって。わたしが誰よりも愛されてるんだよって。そう……自慢したいんです」
言っていて、すごい性格悪いこと思ってるって気づいた。一番好きじゃないけど、一番好きになってほしいって……。なんて最低なメンヘラなんだ。わがままにもほどがある。……って、あれ?
「みんな……どうしたの……? なんか顔赤くして……」
「いや……あまりにもかわいくて……。小学生の恋みたい……」
「恋っ!? 小学生っ!?」
「原始的な感情ってことよ。人を好きになるってつまり、一番になりたいってことだと思うし」
暑くなったのか轟さんが牛乳を一気に飲み干す。
「実は私、あなたと初対面じゃないのよ」
「え?」
「実際に話したのは今が初めてだけど、あなたとってもかわいいもの。視界には映ってたわ」
「あ……ありがとうございます……」
「でも前に見た時はもっとかわいかったわ」
「かわいかった?」
「表情と仕草が。もっとかわいかったわ。そういう演技をしていたんでしょう? でも今のあなたは顔がかわいいだけ。お風呂上りで気が抜けちゃったかしら?」
「いや……そういうわけじゃなくて……」
そういえば他人へのあざとかわいい演技を忘れていた。せんぱいとキャンプファイヤーの前で踊ってから。せんぱいをどんな手を使ってでもわからせると決めてから、他の人に構ってる余裕がなくなった。それにただかわいいだけじゃ、せんぱいをわからせられないから。
「わたし……もっと成長したいんです。かわいいだけじゃなくて、もっと、もっと……」
「ふぅん。向いてないわね」
「えぇっ!?」
轟さんはそう吐き捨てると、つまらなそうに牛乳を再び手に取った。
「顔がかわいい子なら他にもいる。有栖ちゃんとか、横の子とかね。特にその子なら私のやり方が向いてそう」
「私ですか? ありがとうございます」
指名された羽撃さんが頭を下げる。確かにこの子綺麗だからな……。雰囲気は轟さんに近い。
「でもあなたは無理。かわいすぎる。小手先として学ぶのはいいけど、メインにするのは無理よ。無理っていうか、かわいすぎるのね。煽っても蔑んでも、かわいく映ってしまう」
「そ、そうですか……?」
かわいいかわいい連呼されて少し照れてしまう。
「いい? かわいいというのは才能よ。かわいいを貫けるのもね。あなたは今までそうやってきたんじゃないの?」
問われ思い浮かぶのは、過去の出来事。思い出したくもない嫌な記憶だけど、その通りだ。かわいくかわいく、生きてきた。
「自分の武器に自信を持ちなさい。そして頭を使いなさい。徹底的に、かわいくありなさい。あと必要なのは、そのかわいさを活かすタイミングよ。そしてそれは、何となくわかってるんじゃない?」
「……オリエンテーションから、帰った後」
「そう。相手が息を抜き、緊張が途切れた瞬間、責めなさい。あなたのかわいさで落ちない男はいないわ」
せんぱいにも同じことを言われた。わたしのかわいさで落とせない男はいないって。
そうだ。初めから言われてたんじゃないか。わたしのかわいさは、強いって。
「ありがとうございましたっ、来葉さん。わたし、がんばりますっ」
とびきりかわいく笑い、轟さんに手を振る。
勝負はオリエンテーションから帰った後。そこで、せんぱいを最大限に、わからせる。




