第2章 第8話 中後
〇八雲
バーベキューにキャンプファイヤー。街灯一つない暗闇の森に火が躍る。
俺と先輩。2人揃ってぐっすり眠ってしまい、気づけば夜。生徒たちは非日常的な行事を心ゆくまで楽しんでいた。
だがボッチの俺はというと、広場から少し離れた木の裏に座ってボーっとしていた。本当なら先輩の傍にいるか、コテージに帰って寝ていたいが、指令を受けた以上サボるわけにもいかない。
「後輩パシらせんのやめてくださいよー、せんぱい」
「ごめんごめん。朝から何も食べてなかったからさ。ありがとう、瑠奈」
紙皿に肉をのせた瑠奈が木の枝に足を取られながらもやって来た。ああは言ったが、実際は担任の緒歳先生が昼も夜も飯を用意してくれていた。だから瑠奈をここに呼び出した理由は別にある。
花音先輩から、瑠奈をわからせるよう言われた。具体的に何をどうしろとは言われていないが、瑠奈の成長を促すことにもつながるので断ることはしなかった。瑠奈をわからせるくらいたいした手間でもないし。
「……せんぱい。わたしをここに呼んだのって、ただ料理を運ばせるためだけですか?」
「ああ。杖持ったままじゃ料理とか取れないからな」
……瑠奈に悪いし先輩に言われたってことは先に伝えておくか。ばらしたところで瑠奈のチョロさは変わらない。
「ごめん……実は……」
「わたしは、ちがいますよ」
遠くに見える炎に照らされた瑠奈の顔が、俺を見上げる。
「せんぱい、お一人ですよね。わたしと踊ってくれませんか」
「……は?」
なに言ってんだこいつ……? 確かにキャンプファイヤーを囲んで何人か踊っているが、それは決まってカップル。何より……。
「俺と一緒にいたらお前の価値が下がるだろ」
「そんなの関係ありません」
「ちょっ……!?」
瑠奈が紙皿を奪い、地面に置いて俺の腕を引っ張る。行き先は人のいる方。
「おま……待てよ……!」
「せんぱい、立花さんに何か言われてわたしを呼び出しましたよね」
なんで瑠奈がそれを……!? 先輩に何か言われてたか……!?
「せんぱいがおなかへったくらいで後輩をパシらせるわけがない。それくらいわたしにもわかってます」
「っ……!」
女子が男を引きずるという状況に人の目が集まる中、瑠奈は一歩も躊躇うことなく俺をキャンプファイヤーの前へと連れ出した。
「金銅っ! 俺が頼んだんだけどやっぱり……!」
「そういうのも関係ないんですよ、せんぱい」
腕を掴んでいた瑠奈の手が、俺の手を取る。
「これは金銅瑠奈と久司八雲の物語です」
そして満足に歩くことのできない俺をリードしながら、瑠奈はゆっくりとステップを踏んでいく。
「自分を慕ってくれる後輩ができましたか。おめでとうございます。中学時代の後輩が追ってきてくれましたか。おめでとうございます。大好きな先輩と仲直りできましたか。おめでとうございます」
わずかではあるが、身体が揺れる。それでも瑠奈の顔はずっとはっきり見えていて。
「でもそんなの、どうでもいい」
なんだかとても、気恥ずかしかった。
「わたしはせんぱいをわからせる。せんぱいはわたしをわからせる。それ以外のことが、わたしたちに必要ですか?」
瑠奈が手を引き、脚が追いつかない俺を抱きとめる。まるで男女が逆転したかのように。攻守が逆転したかのように。優しくも頼もしい瞳が俺を見上げてくる。
「他の誰が何を言おうと、何を思おうと、今のわたしはせんぱいをわからせること以外考えていませんよ。お互い過去に何があっても関係ない。せんぱいの心をわたしでいっぱいにして、退学させる。そのためなら、何でもする」
「なっ……!?」
厚底ブーツでいつもより高い瑠奈の顔が、さらに俺へと近づいてくる。
「ばっ……雰囲気に流されるなって言っただろうが……!」
「流されたわけじゃありません。全部策略です。せんぱいをわからせるための。わたしの決意そのものです」
一体……何があった……。先輩、瑠奈に何を話したんだ……!?
「せんぱい、顔真っ赤ですよ? 恥ずかしいんですか? ならわたしの勝ちですね」
「……お前も真っ赤だぞ」
「それでもわたしは、衆人環視の中で嫌われ者のあなたとキスできます。それくらいできないと、わたしはあなたをわからせられない」
「そんな負けず嫌いで高校生活を棒に振るなよ……! かっこいい彼氏作るんだろ……!?」
「あなたを退学にさせた後の話です」
「や……めろ……! なら俺の負けでいい! 俺なんかとそんな……!」
「わたしを舐めるなっ!」
「っ……!」
なん、だ……。なんなんだよ……。
「本気でかかってきてくださいよ、せんぱい。わたしだけを見てくださいよ。そうじゃなきゃ、わたしはわからせられませんよ」
くそ……くそ……! このままじゃ、瑠奈に負ける……! わからせられる……! 今のままの俺じゃ……瑠奈の先を行けない……!
「……後悔するなよ。これからの俺は、手加減しないぞ」
「そうじゃないと相手にならないって言ってるんですよ」
ポリシーなんて気にしている場合じゃない。世間体も、常識も、先輩も。全部捨ててやる。
だから俺は。瑠奈に自分からキスをした。
ランキング下がってきたので4話更新しました!
おもしろいと思っていただけましたら、ぜひ☆☆☆☆☆で評価、ブクマを入れてください! 本当にお願いいたします!m(_ _)m




