第2章 第3話 メイド
「師匠! おはようございますっ!」
カーテンの外から声がする。懐かしく、うざったい大声だ。スマホを見てみると……まだ朝5時だ。ていうかなんでこの部屋の鍵持ってるんだよ……。とにかく二度寝しよう……と思っていると、梯子が激しく軋む音がした。
「師匠! おは……なんで1年が上のベッド使ってるんですかっ! 生意気なぁ……! やっぱりぶちのめして……!」
「有栖、やめろ」
瑠奈がかなりのピンチだったので、カーテンから顔を出して有栖を止める。まぶしいし……うるさい……。なんでこの状況で瑠奈は寝られるんだよ……。
「師匠! おはようございますっ!」
「はいおはよう。帰れ」
有栖が大胆に上のベッドから一気に飛び降りてくる。冷たい対応かもしれないが、こうでもしないと言うこと聞かないから仕方ない。
「アリスが帰るのはやぶさかでもないのですが、師匠は朝練ですよね? そろそろ行かないとですよ!」
「いや俺剣道部退部になったから……」
「またですか! ぐぬぬ……! 師匠を否定する剣道部などぶちのめして……!」
「やめてやめてかわいそうだ」
有栖と話している内に完全に目が覚めてしまった。どうせ瑠奈は起きないだろうし、電気を消すことはせず、立ち上がる。
「コーヒー淹れるけどいる?」
「ここは私が!」
「いやいいって……」
「むふふ。そう言わずに、師匠。コーヒー、紅茶。メイドらしいことはたいていこなせるようになりましたので! アリスの腕をご覧ください!」
やっぱり言うこと聞いてくれない。仕方なくソファーに座り、コーヒーを待つ。
「ところで師匠。この学校、外の道場に通ってもいいんですか?」
「いや……剣道は完全に引退だ。そう、だよな……。本当なら一番にお前に言わなきゃいけなかった」
立ち上がり、有栖に頭を下げる。
「ごめん、有栖。あんなに協力してくれたのに……もう剣道できなくなった。脚を怪我したんだ」
ひさしぶりのことで思わず怒ってしまったが、有栖は何も悪くない。中学生の時はいつもこの時間、一緒にランニングに励んでいたのだ。その努力を、全て無駄にしてしまった。
「そう、ですか……。仕方ありませんね。また別のことをがんばりましょう!」
それなのに有栖は笑って許してくれた。……有栖に脚を怪我する理由を伝えるわけにはいかない。この顔が、完全に消えてしまうだろうから。
「では師匠、次はアリスの話を聞いてくれますか? 1年間も会ってくれなかったので、話したいことがたくさんあるんです!」
「ああ、もちろん。でも静かにな」
「では……師匠。この服、どうですか?」
「…………」
有栖がくるりと回り、メイド服のロングスカートをはためかせる。
「その……師匠にかわいいって言ってもらうためにがんばったんですけど……お気に召しました?」
確かに記憶の中の有栖はもう少し髪が短かったし、制服かジャージ姿しか見たことがなかった。敬語も比較的使えるようになってるし……。俺のために、と言うのは気に食わないが、褒めないのも酷な話だろう。
「……欲を言っていいか?」
「はい! どうぞ!」
「その……もっとスカート短くして……脚を……出すと……」
「かしこまりましたぁっ!」
有栖が凄まじい了承の声と共に、スカートを思いっきり引っ張る。それによりスカートの両端が破れ生足が……これはこれでアリだな……じゃなくて。
「ごめん……調子に乗った……。かわいいよ、すごく。元からかわいかったけどな」
「ぇへへ……。ほんとですか? すごく……うれしいです……」
「まぁそれはそれとしてコーヒー飲んだらさっさと帰れよ」
「えぇーーーーっ!」
「あのな、今は同室の先輩と仲良くする時期なんだよ。そろそろ1、2年合同のオリエンテーションもあるだろ」
「オリエンテーション、ですか?」
「まぁ1泊2日のちょっとしたやつだけどな。同室の先輩がペアだからちゃんと仲良くしろよ」
「師匠はっ!?」
「俺は瑠奈の面倒見なきゃいけないからさ」
「そんなぁ……」
瑠奈のこともあるが、何よりオリエンテーションには生徒会も参加する。当然、生徒会長の花音先輩だって来る。
話さないことはできる。が、見ないことはできない。
必ずどこかで、先輩と向き合わなければならないのだ。




