第2章 第2話 昔話 2
「せんぱい。あの女、なんなんですか?」
「いや俺もよくわからない……」
「わからないわけないでしょっ!? 専属メイドとか舎弟とか言ってましたよっ!?」
「いやマジで俺が一番混乱してるんだって……」
「師匠! 全て運び終えましたっ!」
俺たちに代わり、倉庫の中の荷物を全て運んでくれた有栖が戻ってきた。とりあえずわかってることだけでも話すか……。
「地板有栖。中学の後輩だ」
「っす! じゃなくて、はじめまして。よろしくお願いします」
メイド服のロングスカートの端をつまみ、頭を下げる有栖。いや金髪ツインテとかかわいらしい顔もあってとても似合ってるのだが……。
「誰だお前っ!?」
「? 地板有栖ですが」
「いやそこじゃなくて……!」
初対面の人がいる前で言う言葉じゃないが……言わずにはいられない。
「お前ゴリゴリのヤンキーだっただろうがっ!」
「改心しました」
「しすぎなんだよなぁっ!」
思わず声がでかくなってしまう。……瑠奈の前でこんな姿見せられないな……。
「とりあえず座ろう。ああそうそう運んでくれてありがとな」
「いえっ。師匠専属メイドなので何なりとお申し付けくださいっ」
「…………」
叫びたくなるのを抑え、3人掛けのソファーに座る。が、
「有栖も座れよ」
「そんな! メイドが……」
「いいから座れ」
「っす! じゃなくてかしこまりました!」
学習机の横に置いたテレビが見られるようにベッドに添う形で置かれたソファーに、瑠奈、俺、有栖の順で並ぶ。とりあえず何から話そうか……。
「まぁ最初から話すか。俺と有栖が出会ったのは俺が中3の時。1個下の有栖が俺の中学に転校してきたんだ。で、喧嘩売られた」
「と、飛びすぎじゃないですか……?」
俺もそう思うが実際にそうなんだから仕方ない。
「師匠、再現してみますか?」
「えー……。まぁそっちの方がわかりやすいか……」
有栖が立ち上がり、一度目を閉じると。
「んだてめぇ舐めたツラしやがってぶちのめすぞゴルァっ!」
大きなたれ目を吊り上げ、ふんわりとした声を極限まで低くしてそう怒鳴った。
「しぇ……しぇんぱい……!?」
「安心しろ。今は大丈夫だ」
俺の袖を掴んできた瑠奈の背中に優しく手を当てる。初対面だとやっぱり怖いよなぁ……。
「こいつこんなかわいい顔と声してるのにめちゃくちゃなヤンキーだったんだよ。『血濡れの髪のアリス』とか言われてた」
ボコボコにへこんだ金属バット片手に廊下を闊歩する姿は今でも覚えてる。めちゃくちゃ怖かった。
「で、剣道部は1ヶ月で退部になって、友だちもいないボッチだった俺は突然絡まれた」
「だって師匠生意気なツラしてたんですもん。でもここからが師匠のかっこいいところ! 躊躇なくバットを振り下ろしたアリスを……」
「この前の剣道部と同じだ。傘で巻き上げていなした」
有栖がゆっくりとホウキを下ろしてくるので、俺も優しく杖で跳ね返す。
「それからです! 師匠の強さに惚れ、アリスが師匠の舎弟になったのは!」
「言い方が悪いんだよ。お前が勝手につきまとってきただけだ」
でも実際には舎弟って呼び名が合っているのかもしれない。
「師匠! パン買ってきたっす!」、「師匠! 喧嘩教えてください!」、「師匠の悪口言ってた奴らぶちのめしてきました!」。毎回窘めていたが、とにかく俺のためになるであろうことをしていた。
「でも俺が知ってるのはそれまで。専属メイドってのは知らないマジ知らない。どういうこと……?」
「はい。師匠が卒業してから、より師匠の役に立つための努力をしてきました」
「それがメイド……? あぁっ!」
そういえば頼んでもないのに買ってきた漫画……。それに載っていたキャラに、今の有栖はよく似ている……。確かこのキャラかわいいなーとか言った気がする……。
「というわけで地板有栖! 本日から師匠の専属メイドとなりますっ!」
「いやいいよ……」
「いいえっ!」
「えぇ……」
昔からこうだ……。俺のため俺のため言うのに、俺の言うこと全然聞いてくれない……。
「とりあえず師匠に舐めた口利くこの女をぶちのめしますっ!」
「やめろ有栖。怒るぞ」
「す、すいませんでしたぁっ!」
「いやいいって……」
凄まじい速度で土下座する有栖。こいつずっと勘違いしてるけど、俺は喧嘩が強いんじゃなくて剣道が上手いんだ。暴力なんて振るったことはない。
「でも本当にびっくりしたよ。すごい変わりようだったから」
「それを言うなら師匠もですよ。暗いのは昔からそうなんですけど、昔はもっとバチバチしてたっていうか……殺気みたいなものを出してたじゃないですか。この学校に入ってずいぶん丸くなったんですね。何があったんですか?」
何があったか、と訊かれれば。先輩に出会ったとしか言いようがない。だが。
「別に……何もないよ」
そう答えるわけにはいかない。俺は先輩を忘れなくてはならないんだ。俺のためにも、瑠奈のためにも。




