第1章 最終話 わからせる
「うわぁっ!?」
目を覚まし、跳び起きる。一目見ただけで気を失ってしまった。
あれは……幻なんかじゃなかった。確かにいた。先輩が、俺の前に。いた……。
「はぁ……はぁ……」
「あ、やっと起きましたか」
ベッドの横で脚を組み、スマホを触っていた瑠奈が興味なさげな顔で反応する。彼女のその胸ぐらを、俺は。
「なんで先輩を連れてきたっ!?」
強く掴み上げていた。ベッドから降り、瑠奈も椅子から立ち上がらせる。
「なんだ。そんな顔もできるんじゃないですか。安心しましたよ」
「あぁっ!? ……ふっ、ぅ……!」
そして今さらになって気づく。後輩に、暴力を振るおうとしていたことに。
「ちがっ……! 先輩、これは……!」
「先輩、はもういませんよ。帰りました」
急いで手を放して行った弁明は空虚に終わる。よかった。心の底からそう思った。
「せんぱい、わたしに何か言うことはありませんか?」
「あぁ、ごめん……」
ブラウスを直す瑠奈に謝罪する。が、
「そうじゃないでしょ?」
瑠奈の冷たい瞳は俺を捉えたままだ。そして。
「なに逃げようとしてるんですか」
瞳にも負けない声音が、俺の心を突き刺した。
「逃げ……る……?」
「逃げてるでしょ、わたしから。先輩を言い訳にして」
その瞳と声が、揺れる。
「わたし、言いましたよね。せんぱいは先輩の後輩じゃない。わたしのせんぱいなんだって。なのに、なに先輩を使って退学しようとしてるんですか。わたしのことはもう、どうでもいいんですか」
瞳から、涙がこぼれる。
「瑠奈は、もう――」
「わたしは、まだ!」
身体が押される。前にもこんなことがあった。いや、真逆か。
「わたしはまだ、せんぱいをわからせていませんよ」
瑠奈が俺の身体をベッドの上に押し倒していた。
「せんぱいの心には先輩しかいないんでしょう? そんなの、納得できない。色々思い出語ってましたけどわたしその先輩のこと全然知りませんから。せんぱいに感情移入なんてできない。だから……何も知らない人に、せんぱいがとられるなんていやなんです」
顔に滴が垂れる。ひどく身勝手な想いだ。今の俺は、傘など持てはしないのに。
「だからせんぱいの身体に……心に。わたしを刻み込ませてやる。せんぱいを退学させるのはそれからです。せんぱいが先輩のことなんて忘れちゃうくらいにわたしを大好きで大好きでたまらなくなってから、退学させてやります」
瑠奈がスマホの画面を見せつけ、俺と珠緒の写真を完全に消去する。
「せんぱいの意思で退学できるなんて思わないでくださいよ。あなたを退学させるのはわたしなんですから」
「瑠奈……」
……一つ、確かめてみるか。
「じゃあ、忘れさせてくれよ」
「え?」
「こんな体勢、先輩どころか珠緒にもやられてるし、あっちの方が記憶に残ってる」
俺が、退学してもいいのかを。
「忘れさせてくれよ、瑠奈で」
ここで乗ってきたら、駄目だ。そんなちょろい女を残していくわけにはいかない。
「ぅ……ぅ……」
あ、駄目っぽい。顔を赤くして躊躇っている。こんな雰囲気に流されてはいけない。
「馬鹿、じょうだ……!?」
「ん、ん……!」
やっぱりこいつ、駄目すぎる。ほんとにキスしてきやがった……!
「なにやってんだよ馬鹿ぁっ!」
「えぇ!? こ、こういうことじゃなかったんですかぁ!?」
「そうだけどそうじゃないだろっ!? なに好きでもない奴にキスなんてしてんだよっ!」
「な、ぁ……! つ、つまりわたしを試したってことですかっ!?」
「当たり前だろ! こんな手に引っかかんなよ馬鹿……!」
「さ、最低っ! ほんと最低っ! 退学! 退学ですぅっ!」
瑠奈は顔を真っ赤にして怒るが、怒っているのは俺も同じ。こんな、ことって……。
「ち、ちなみにせんぱい……。キスは初めてですか……?」
「いや先輩キス魔だったから……」
「っ……! わ、わたしもキス程度! 日常茶飯事なので! ぜ、全然気にしてませんっ!」
「へぇ。誰とでもキスするんだ」
「するわけないでしょうっ!?」
「どっちだよ」
はぁ……。ほんと、こいつ……。
「やっぱ退学するのはなしだ。適当な部活入ったら速攻お持ち帰りされそう」
「ふざけないでください退学です! 今すぐ退学してくださいっ!」
「いや自分で証拠消しただろ。普通の奴ならバックアップくらい残してるけど……まぁないだろうな」
「あーもうむかつく! ちょーむかつきますっ!」
「お前にはまだ俺が必要だ」
「必要ありません! わたしは既に、魔性の女です!」
「はぁ……。こうなったら、な……」
「えぇそうですね。こうなったらもう……!」
「「絶対に、わからせてやる」」
これにて第1章終了となります! ここまで読んでいただきありがとうございました!
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