第1章 第22話 別れの再会
〇瑠奈
この光景を見た時、あの清楚系ビッチ、やりやがったなと思った。
当然だ。せんぱいが後輩の女子に無理矢理……だなんてありえない。そんな人じゃないことくらい、わかっていた。
だから単純に、ちょっとからかってやろうと思った。いつもよりきついわがままを言って、でも半分本気で。せんぱいとの同棲生活を楽しくしようと思った。
それなのに。せんぱいは。
「俺を退学にしろ」
「――え?」
あっさりと、その未来を否定した。
「完全に油断した。冷静に考えれば瑠奈と珠緒は繋がってるはずなのにな。やられたよ」
「……ぇ? え……? え?」
せんぱいが何を言っているのかわからない。退学? なんで? だってせんぱいは、悪くないのに。
「これはお願いなんだけどさ、珠緒は被害者ってことにしてくれないか? 友だちなんだろうしいいだろ?」
「ちょっ……、まっ……」
「鎌木とかには色々言われるかもしれないけど気にすんな。瑠奈は悪くないから」
「ちょっと……まってくださいよ……」
「困ったことがあったら先輩……花音先輩を頼れ。俺の先輩だけど、別に俺に情があるわけじゃない。力になってくれるはずだ」
「だから……待ってって……」
「でも一つ……先輩には……」
「だから待ってくださいって言ってるでしょっ!?」
思わず叫んでしまうと、せんぱいのきょとんとした顔と目が合った。
「瑠奈は俺を退学にしたいんだろ?」
「っ――!」
そう、だよ……。でも、そうじゃないでしょ……?
「わたしは……あなたと……」
「……瑠奈。一つだけ謝っておきたいことがある」
わたしがまだしゃべっているのに、せんぱいは構わずに言う。
「冷蔵庫とかは先輩が持ってったって言ったろ? あれ、ほんとは嘘なんだ」
「そんなの……どうでも……」
「全部生徒会の倉庫に置いてある。先輩に言えば運ぶの手伝ってくれるはずだ」
「わたしの……話を……」
「置いておきたくなかったんだよ。先輩との思い出を。先輩さ、冷蔵庫によくわかんない調味料たくさんしまってたんだよ。全然使わないのに。テレビをセッティングするのに徹夜したりしてさ。あぁそうそう。先輩電子レンジに卵入れて爆発させてたなぁ……。狭いのにさぁ……一つのソファーでよく一緒に寝ていた」
「だから! わたしはっ!」
「瑠奈」
「っ……!」
気がつけばせんぱいは。
「もう、辛いんだ。この学校には、先輩との思い出がありすぎる」
わたしに初めて、笑顔を見せていた。
とても自然で、とても儚げなその笑みを見て、わたしは悟った。
せんぱいは辞めたかったんだ。この学校を。
でも後輩が困るから残ってくれていた。わたしのために、辛いはずの場所にいてくれた。
でもそれももう、終わり。
わたしが、終わらせてしまった。
「そう、ですか……。わかりました。このデータは、わたしの好きにさせてもらいます」
「ああ。頼む」
せんぱいに背を向ける。もうせんぱいの顔を見れる自信がなかった。
「……瑠奈」
「……なんですか」
後ろから声がする。振り返らず、わたしはドアノブを握る。
「短い間だったけど、楽しかった。ありがとう」
満足気なその声に何も返さず、わたしは部屋を出た。
〇八雲
「珠緒、起きてくれ」
「……ん、んぅぅ……」
珠緒が目を覚ました。もうこんなことをしている場合じゃない。記憶も飛んでるだろうし、逃がさないと。
「せん、ぱい……?」
「悪いけど急用ができた。出て行ってくれないか?」
珠緒が手錠を外し、制服を着直す。珠緒と話すのもこれで最後か。気に病まなければいいんだけど……。
「珠緒、鎌木はいい奴だから。あいつについていけば大丈夫だ」
「……? はい……」
何が何やらわからなそうな様子の珠緒が部屋を出ていく。これで残ったのは、俺1人。
「終わった、な……」
いや、正確にはもう終わっていた。先輩に別れを告げた瞬間、俺の高校生活は終わっていたんだ。
楽しい1年間だった。この思い出だけで、俺は一生を過ごせる。それほどまでに濃密で、愛おしい1年間だった。
「ふぅ……」
なぜだかさっきまで俺の身体を蝕んでいた痛みを感じなくなり、荷造りはすぐに終わった。
スーツケース半分ちょい。これが俺に残された全てだ。
「……ん」
ドアが叩かれ、開かれる。お迎えといったところか。
心残りはない。俺にできることは全てやった。もう、瑠奈も1人で……。
「……せんぱい、なにか勘違いしてませんか?」
「瑠奈……?」
なぜか戻ってきた瑠奈は、半分だけ開けた扉に隠れながら俺を見上げる。
「わたしはせんぱいと違って性格よくないので。心残りはあるんですよ」
強い瞳で、言う。
「だから、ごめんなさい」
そして扉が完全に開かれ。瑠奈の横にいた人の姿が目に入った。
「ひさしぶりだね、やっくん」
その人の顔を見た瞬間。
「先輩――」
俺の意識は、遠くへと消えた。




