第1章 第21話 詰み
「……んぅ……」
あれ……? 寝てた……? まぁ疲れてたしな……。身体は……多少よくなった気がする。ちょっと瑠奈のこと遠くから見に行くか……。
「おはようございます、先輩」
「……珠緒さん?」
がんばって起き上がろうとすると、ベッドの横で珠緒が椅子に座り、文庫本を読んでいた。
「もうお昼ですが食事にしますか?」
「いやその……なんでいんの?」
「鎌木先輩から久司先輩が重症だと聞いたので看病でもと思いまして」
「えーと……瑠奈鍵閉め忘れてた?」
「いえ、生徒会室にマスターキーがありましたから」
「あぁ……そう……」
……え? なにこれ……。俺そんなにこの子と仲良かったっけ……?
「昼食、持ってきましょうか?」
「いや……腹減ってないから……」
「そうですか。ではなにか動画でも……」
「い、いや! 大丈夫……。看病なんていらないから……」
こんな場面、瑠奈に見られたら何言われるかわからない。それに珠緒にも悪いし……。
「先輩、私は看病のためだけに来たわけではありませんよ? 部活、まだ決まっていませんでしたよね。せっかくなら同じ部活に入りたいなと思ったんです」
「いや俺……ちょっと脚が弱いんだ。信じられないかもしれないけど、運動は禁止されてる。だから……」
「では文化系にしましょう。読書はお好きですか?」
「いやそうじゃなくてな……」
なんて言ったらいいんだろうか……。なるべく傷つけない言い方をしないといけないんだけど……そういうのは苦手だ。
「えーと……そんな気遣わなくても大丈夫だよ。俺は1人で……」
「……くすっ」
珠緒が薄く笑い、静かに立ち上がる。
「先輩。脚が、お好きなようですね」
「っ!?」
そして入学したばかりなのにやけにかっちりしている制服から、スカートがずり落ちた。
「な……なにやって……!?」
「くすっ。さぁ、なんでしょうか」
ブラウスと靴下と下着だけを身に纏った珠緒が、俺の上に覆い被さってくる。
「昨日助けていただいたお礼です。ご自由にどうぞ」
「ご自由に……って……!」
「安心してください。私がリードしますから」
珠緒の小さな手が動かせない俺の腕を掴み、自身のふとももに当てさせる。
「どうですか? 気持ちいいですか?」
「い、や……え……?」
「感想を教えてください。どうですか?」
「す……すべすべしてて……きもちいい……です」
「くすっ。素直に言えてえらいですね」
「え……え……!?」
俺にふとももを擦らせて、少し顔を紅潮させた珠緒は次に俺の耳元に口を持っていき、ささやく。
「息が荒いですよ、へんたい」
「っ!?」
急いで顔を避けたが、たいして意味がなかったことに気づく。
「手錠……!?」
俺と珠緒の両手首が繋がっている。そして今の俺は、まともに腕を動かせない。
「先輩、力が弱いんですね。それとも……こうしてほしいからわざと力を入れてないんですか?」
「っっっ!」
強制的に、ふとももを触らされる。だが見えるのは、唇を舐め、恍惚の笑みを浮かべる珠緒だけ。
「かわいい……。顔、真っ赤ですよ? そんなにうれしいですか? 私の脚を触れて」
「や……その……」
「くすっ。目がとろんとしてきましたよ? とても幸せな気持ちなんですね」
「ち……が……」
体力の限界が否応なく俺を眠りへと誘ってくる。
擦れゆく視界の中、俺は幻覚を見る。そう。これは幻だ。
体験からくる、願望。望んでも叶わない、希望。
「せん……ぱい……」
珠緒の姿が先輩と重なり、俺の意識は消えていった。
「……あ、ぁあ……」
身体にのしかかる体重と、顔に垂れる液体の不快感により、目が覚める。
「ぁひ……ぁひぁぁぁぁ……」
視界に飛び込んできたのは珠緒の顔。あの綺麗な顔はどこへやら、今の彼女の顔は醜く歪んでいた。
ほとんど白目の状態で舌を垂らし、口から零れる唾液を俺の顔に滴らせている。身体はピクピクと痙攣し、脚はらしくないがに股になっている。
たぶん……俺のせいだ。俺が先輩の幻覚を見たせいで、無意識にマッサージをしていたのだろう。先輩はそういうことをねだってくる人だったから。
「悪い……どいてくれるか」
「ぅぁぁぁぁ……」
まいったな……意識がない。重くはないが、決して軽くない体重と、両手首に嵌められた手錠。どうやっても逃れられない。さっき珠緒はもう昼って言っていた。もしかしたら瑠奈が……。
「……せんぱい?」
顔を横に向けてみると、当然と言うべきか、いた。
「へぇぇぇぇ……。ふぅぅぅぅん……」
スマホを構え、俺たちを撮っている瑠奈が。
「あーらら。これを学校に提出したら、停学ではすみませんねぇ」
……そうだな。女子と手首を手錠で繋ぎ、ベッドで重なっている。言い訳なんてできるわけがない。
「これを学校に提出されたくなければ……わかってますね? ケーキ1つじゃ許されませんよ? なにしてもらいましょうかねぇ。おいしいスイーツを食べにいって、そうそう。わたしソファーがほしいなぁって思ってたんですよ。2人並んで座れるやつ。中古でもいいので……」
「瑠奈、詰みだ」
結局俺は先輩のようにはなれなかったか。俺が先輩のような人だったら……。……ごめんな、瑠奈。
「俺を退学にしろ」




