第1章 第18話 特別
防具をつけていて顔は見えないし、垂れには名前が書いてないから誰かもわからない。それでも確信を持てる。
陰気なオーラ、めんどくさそうな声。間違いない。せんぱいだ。
せんぱいが、わたしのために。来てくれた。
「新入部員なんすけど、なにやってんですか? 強くなるために稽古しているはずなのに、やってるのは女の子を囲むことだけ。それが桜豆学園男子剣道部、ってことでいいんですね?」
「そのむかつく言い方……お前久司だろ。ああそうだこれも稽古の内だよ。生意気な後輩は、わからせてやらねぇとなぁっ!」
剣道部の1人がせんぱいが竹刀を振りかぶる。だが次の瞬間には、
「がぁっ!?」
「……え?」
竹刀はその人の手から離れ、別の人に衝突していた。
「こんなの剣道じゃない……。だったらこっちも、剣道なんてしなくていいよな」
せんぱいの竹刀が別の人の竹刀に触れた瞬間、また竹刀が吹き飛ぶ。ぜんっぜん見えないけど……一瞬で払ったんだ……。
「金銅さん、こちらに!」
道場の外で、羽撃さんがこちらに手を振っていたので、わたしも走ってそっちに行く。
「……なんであなたがここにいるの」
「先輩に言われたんです。喧嘩のことを知ってるなら、金銅さんは嫌がらせで剣道部のマネージャーになるって。だから道場の外でいつでも助けに行けるよう待機していたんです。ほら、防具つけてたら電話できないでしょう?」
嫌がらせ……。相変わらずせんぱいは大事なとこがわかってない……! わたしはせんぱいのためにここに来たのに! もうっ!
「ていうか。先輩って呼ばないで。せんぱいはわたしのせんぱいなんだから」
「? 目上の人を先輩って呼ぶの、そんなに変かな?」
「そうじゃなくてぇ……!」
「そんなことより。先輩、すごいよ」
道場の外から、1人残してしまったせんぱいを見る。わたしは素人だけど……それでもわかるくらい、すごい。
次々に襲いかかってくる相手の竹刀を的確に払い、遠くへと飛ばす。多くは広い道場を走り回って拾っているが、中には剣道のことなんて忘れて殴りかかってくる人もいる。そんな人には面を下からすくい上げ、防具すら外していく。たった1人で30人以上を、余裕で捌いていた。
「私も剣道やってるんだけど……本当にすごい」
「どうせなら防具つけてないとこ叩いちゃえばいいのに」
「それは剣道家としてやっちゃだめなことだよ。だから先輩は、竹刀を飛ばしている。安全だし、何より。実力差が如実に現れるからね。竹刀は剣道家の魂。それを弾き飛ばされるなんて、負けるより悔しいよ」
「ふーん……」
なんでもいいけど……。
「「そんなことするなんて……」」
「……気持ち悪い」
「素敵!」
「「……は?」」
ちょっと待って……? この子、素敵って言った……?
「男ならかっこよくボッコボコにする場面でしょ! それなのにこんな陰湿なやり方するなんて気持ち悪いよ!」
「性別は関係ないよ。暴力は人として最低。だから先輩はいなしてるんだよ。かっこいいなぁ……」
えっ!? えぇっ!?
「もしかして……せんぱいを……」
「うん……好きになっちゃった」
えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
「よく考えてみてよ! あんな陰キャのどこがいいのっ!? 暗いしつまらないじゃん!」
「冷静でクール。かっこいいよ」
「でもグチグチうるさいし……!」
「それだけ優しい人なんだよ」
「脚フェチの気持ち悪い変態だよっ!?」
「私、スタイルには自信があるんだ」
な……ぁあぁぁ……!
「金銅さんは好きじゃないの?」
「好きじゃないっ!」
「じゃあ私がアタックしてもいいよね?」
「ぅ……うぅ……!」
あ、そうだ!
「せ、せんぱい年上好きのドMだけど……?」
「大人っぽくサディスティックにいけばいいんだね? 教えてくれてありがとう!」
「うぅぅぅぅっ!」
な……なんでこんなことにぃ……!
「でも少し……妬けちゃうなぁ」
「え?」
羽撃さんがせんぱいを遠い目で見つめ、つぶやく。
「私の時は問題を起こしたくないって逃げたのに……。金銅さんのことはかっこよく守るんだもん。扱いに差があるよね」
「へ……へ、ぇ……」
わたしのこと……特別扱い、してくれてたんだ……ふーん……。
「ぇ、ぇへへ……」
「でも負けるつもりはないから。さ、そろそろ行こう? 先輩の迷惑になっちゃう」
「そ、そうだね……」
わたしが……特別……。せんぱいにとって、特別……。
「ぇへへへへ……」




