第1章 第1話 せんぱいこうはい
「せんぱーい、ちょっと来てもらえますかー?」
二段ベッドの上からあざとい猫なで声がする。普通に考えたら虫が出た……とかだと思うが、梯子が軋む音も聞こえた。ここは……。
「どうした?」
「きゃーっ、せんぱいなに梯子のぼってる後輩を下から見てるんですかー! 最低! 学校に言いつけてやりますからねっ!」
顔だけ下のベッドから出してみると、思った通りの返事が言葉が返ってきた。どうせスカートを履いた状態で梯子に掴まりながら動画でも撮ってるんだろう。だが甘い。
「悪いな、アイマスクしてるから見えない」
「ちっ!」
あんなかわいらしい声を出した女子と同一人物だとは思えない鋭い舌打ちが狭い部屋に木霊する。だがこれで終わりじゃないだろう。
「……せんぱい、いいんですかー? こんなかわいい女の子のパンツが見れるんですよー? 少しずらせば、桃源郷がすぐそこに。こんなチャンス、せんぱいにはもう訪れないかもですよー?」
「生憎女子のパンツは先輩で見飽きてる。今さら何とも思わないよ」
「先輩先輩って……。せんぱいはいつもそうです! 別の女のことばっかり……。わたしだけを見てくださいっ」
「はいはいかわいいかわいい」
「…………」
「ってぇ! 枕落としてきやがったなっ!?」
枕とはいえ高くから顔面に落とされるとそれなりの衝撃。思わずアイマスクを外して怒鳴ってしまうと……。
「っ……! なに見てるんですか変態っ!」
想像通り、彼女は梯子に手をかけて俺を見下ろしていた。イライラで紅くなっていた顔が、さらに真っ赤に染まっていく。
「恥ずかしいならこんなことすんなよ……」
「うっさいですへんぱいっ!」
「変態と先輩を混ぜるな」
奴が下着の色と似た顔色のまま下におりてくる。俺もベッドから出て向き合うことにした。
「あのな、金銅。俺とお前は1年間一緒にこの部屋で暮らすしかないんだよ」
「金銅はやめてって言ってますよねかわいくないからっ! あとお前って呼ぶのもやめてください八雲先輩っ!」
瑠奈が怒りのままに喚き散らす。そう言ってくるなら俺もこう返そう。
「瑠奈も八雲って呼ぶのやめろよ仲いいと思われるだろ」
「あーそうですか久司せんぱいっ!」
瑠奈は自分だけ辛いみたいに言っているが、俺だって嫌なんだ。女子と同室っていうのは。それでももう決まった以上仕方がない。久司八雲と金銅瑠奈は同棲するしかないのだ。
「で! す! が! お忘れですかぁ? せんぱいがわたしのパンツを見たのは事実で、録画も完了しています! これを編集して提出すれば……くふふ。せんぱいは退学確定です」
怒り顔が一転、勝ち誇ったドヤ顔で俺を見上げてくる。
「今すぐ行ってもいいのですが……せんぱいにチャンスをあげましょう。わたしに謝り、ケーキを買ってきてくれたら今日のところは見逃してあげます。あーなんてルナは優しいんでしょう!」
よほどパンツを見られたことが気に入らなかったのか、瑠奈がそんなことを言っているが……。
「お前、スマホ持ってないぞ」
「……え? あぁっ! 枕落とす時に邪魔だったから置いちゃったんでしたぁっ!」
……やっぱ馬鹿だなぁ、こいつ。先輩とは比べものにならない。
「なんですかその馬鹿にしたような顔はぁっ!」
「いや実際馬鹿だったし……」
「うぅ~~~~! むかつくむかつくむかつく! クソ陰キャがぁっ!」
「はいはい。じゃあちょっと買い物行ってくるから」
スマホを持ち、俺は部屋の扉を開ける。すると、
「覚えてなさい久司せんぱいっ! わたしはせんぱいを退学させて、この部屋をわたしだけのものにするんだからぁっ!」
「どうでもいいけど廊下に響いてるぞ」
「いってらっしゃいっ、せーんぱい♡」
「いってきます」
本性を隠したあざとい顔を、扉を閉めることで塞ぐ。これとこれから1年間一緒に過ごさないといけないんだよな……めんどくさ。
どうしてこんなことになったのだろうか。俺は今朝のことを思い返してみた。




