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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第二章

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22、死出の旅路①

 すべての買い物を終え、商人を下がらせた後、ミレニアは入り口に佇む兵士を見やる。

「予定より長くなってしまったわね。お前たち、もう下がってよいわ」

「「はっ!」」

 一分の隙も無い敬礼をした後、二人は退室していく。ロロが傍に控えている時間は、基本的に彼以外の護衛は必要ない。――帝国一の武勇を持つ彼が傍に控えていて守ることが出来ないような強敵が現れたとしたら、そこに何人いようと関係がないからだ。

「ミレニア様、次は美術史の時間ですが――」

「ごめんなさい、マクヴィー夫人。少し、疲れてしまったの。美術史の勉強はちゃんとすると約束するから、少し休憩をしても良いかしら?」

「…………」

「ね?……大丈夫。私、座学だけはとても得意なの」

 ふわり、と愛らしく笑って見せると、マクヴィー夫人は静かに目を伏せて退室していく。お茶の準備をしてくれるのだろう。

「……ふぅ……疲れたわ」

 パタン……と扉が閉じられ、部屋にロロと二人きりになった途端、ミレニアは大きく息を吐いた。ロロは、いつも通り定位置――斜め後ろに控えたまま、表情筋の一つも動かさず直立している。

 誰がどう見ても、これ以上ない主従関係を表すその立ち位置だが――ミレニアは、今日一番、リラックスしている自分を自覚していた。

 彼と二人でいるときが、一番心地よい。

 貴族社会のわずらわしさも、皇族としての責任も、何もかもを忘れて――ただ一人の、”ミレニア”になれる気がするから。

「お前、満足のいく買い物が出来たかしら?」

「……はい。俺には過ぎた物です」

「ふふ……それは良かったわ」

 軽く胸に手を当てて頭を下げるロロに、悠然と微笑みかける。彼が手を当てた胸の下に、自分の瞳と同じ色の宝石があることを思えば、何とも言えぬ高揚感に、自然と頬が緩んだ。

「……姫こそ」

「え?」

「あれで、よかったのですか。――常々、首飾り一つで十分だと、おっしゃっていたのに」

「あぁ――……」

 言いながら、ミレニアは買ったばかりの宝石を一つ手に取る。――紅玉のついた、宝飾品一式。

「最近の流行は、全て同じ石で揃えること、とあの商人が言っていたでしょう。首飾りはお母様の物を身に着けるとしたら、他の飾りも同じ石にした方が、流行に乗っていると貴婦人たちの間で評価が高まるかしら、と思っただけよ」

 流行というのは本当によくわからないものだが、仕方ない。社交界で角が立たないようにするのは、貴婦人の務めだ。――将来、どんな家に嫁いだとしても、周囲の貴族とうまく付き合っていくのが、女の務めなのだから。

「それに――お前が、私の色を身に着けると、言ったから」

「?」

 ロロは、言葉を発することなく視線だけで問い返す。

 ミレニアは、ふわりと優しく微笑んだ。

「私も、お前の色を身に着けようと思っただけよ」

「俺の――?」

「えぇ」

 言いながら、首元の鎖を引き抜き、真紅の宝石が輝く首飾りをそっと優しく指で撫でた。 

「ほら。――お前の瞳の色と同じでしょう?」

「――――――……」

「私にとって、この宝石は特別なの。――唯一、私を守ってくれる、大切な石」

 褐色に黒髪黒目が、帝国貴族の当たり前――そんな風潮の中、抜けるような白い肌と、宝石と見紛う翡翠の瞳を持つミレニアは、生まれたときから奇異の視線を受けることも少なくはなかった。

 おまけに、十二人もいる兄たちには、それぞれ濃淡はあれど、ギークを筆頭に軒並み嫌われている自覚がある。現皇帝の寵愛を一身に受ければ、勢力図の変化を恐れ、不安に思う貴族も多かっただろう。

 故に、幼いころは、事故を装った暗殺未遂など何度もあった。――ギュンターが過保護を加速させたのは、間違いなくそうした経緯があったからだ。

 そんな幼少期を過ごしたミレニアにとって、母が遺してくれた首飾りだけが、心の支えだった。

 半ば無理やり、生まれ育った大地を離れ、政略結婚として嫁がされてきた母、フェリシア。ギュンターから、今までにない寵愛を受けた彼女には、敵も多かったことだろう。

 そんな彼女が故郷から唯一持ってきたのが、この紅玉の首飾りだった。

 慣れない土地で、慣れない生活を強いられた彼女が、故郷を思い返す心の拠り所としていた首飾り。その首飾りにちなんで、フェリシアにはこの紅玉宮を与えられた。彼女の肖像画には全てこの首飾りが描かれており、彼女がいかなる時も肌身離さず持っていたことが伺い知れる。

 ミレニアにとっては、この首飾りだけが、母と自分を繋ぐ唯一の物だった。

 幼いころ、”母”という存在に憧れ、焦がれたとき――いつも、この首飾りを眺め、撫でた。

 母が、この首飾りを肌身離さず持っていたことに習い、自分もまた、肌身離さず身に着けた。

 どれほど兄に疎まれても、事故に見せかけた命の危険にさらされても、この首飾りを撫でれば心が落ち着いた。必ず自分を守ってくれる唯一の存在(モノ)――そんな宝石に思えていた。

「だから、お前も特別なの。――お前は、私を、守ってくれるんでしょう?」

「勿論。――命を懸けて」

 間髪入れず返ってくる意志の強い返事に、ミレニアはニコリと笑みを湛える。

 絶対に裏切らない存在は、父と、母と、この首飾りだけだと思っていた。

 だが――今は、誰よりも、この男がいる。

 ルロシークと名付けた、彼女だけの、唯一の騎士。

「お前も、これを機に、少し自分の金を使うといいわ。――せっかく、労働に対して見合う対価を得る権利を手にしたのだから――」

「要りません」

「……そう、言い切らずとも良いじゃない」

 遮るように言い切られ、ミレニアは苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。しかし、ロロの表情は変わらなかった。

「どうして、そんなに金を使おうとしないの?お前、欲しい物はないの?」

「ありません。――今日が、特例です。俺はもう、生涯、自分のために金を使うことなど、なくていい」

「またそんなことを言って……経済を回すためにも、金はきちんと使いなさい。……こういうことを言いたくはないけれど、きっと、お前にこんなに給金を支払えるのは、今だけよ。私が嫁ぐ先が、どんな家かわからない。お前に今と同じ給金が払えるかどうかはわからないわ。……そう考えれば、ある程度蓄えておく必要はあるでしょうけれど、でも、決して、無給でなど働かせないから安心なさい。だから、余裕がある今くらい、少しは――」

「――俺のせいで」

 ロロが、静かにミレニアの言葉を遮る。

 低い声が、いやにはっきりと、部屋の中に響いた。

 すぃっ……と紅玉の瞳が、静かに伏せられる。

「……俺の、せいで――姫の婚約者が決まらない、と聞きました」

「――――!」

 ハッとミレニアが息を飲んだ。


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