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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第二章

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20、瞳の宝石③

 ロロが不自然に固まり、一点を凝視したのを察し、ミレニアは振り返る。

「……どれか、気に入ったものがあったかしら?」

「ぁ――……いえ。申し訳ありません。なんでも――」

「いいわ。聞きたいの。何を見ていたの?」

 目を伏せてしまったロロに、無理に先を促す。紅玉の瞳を少し揺らした後、躊躇いがちにロロは口を開いた。

「……その――宝石、が……」

「どれ?」

「……翠、色の……」

「これ?――翡翠、というのよ」

「…………翡翠……」

 噛みしめるように、ロロは口の中で呟く。

 ほんの少し――いつもは表情筋が全く仕事をしない青年の顔が、柔らかく緩んだような気がして、ミレニアはその瞳を覗き込む。

「これが気に入った?」

「は……いえ、その――」

「翡翠は本当に、既にたくさん持っているのだけれど――でも、お前が言うなら、これにしてもいいわ」

 少し上機嫌に上ずった声で、ミレニアは嬉しそうに翡翠の首飾りを己の首元に押し当てる。それは、今までの宝石になど興味がない、と冷めた瞳をしていた少女とは打って変わって、年頃の可愛らしい少女にしか思えぬ仕草だった。

「こちらは、首飾りとイヤリング、ブレスレッド、指輪と、全て同じ職人が手掛けたものがございます。セットでお召しになっていただきますと、より高貴な美しさが――」

「そんなに沢山?さすがにくどくないかしら?」

「いえ、最近は、宝石の色を一色に統一するのが上流貴族のご令嬢の皆様の流行でして――」

 機を逃さぬよう、ここぞとばかりに商品のアピールをするのはさすがだ。商魂たくましい男にミレニアは苦笑して、その身に翡翠をあてがったままロロを振り返る。

「どうかしら。似合う?」

「……姫が身に着けるならば、なんでも変わりはありません。海に転がる貝殻でも、野に咲く花冠でも、姫を彩るものは全て姫を美しくする」

「いやあの……そういうことを聞いているのでは――というより、そもそもお前がこれがいいと言ったのでしょう」

 いつもの無表情のまま、再び奴隷モード全開になったロロに呆れ返って半眼になると、ロロはすぃっと気まずそうに視線をいつもの場所へと下げた。

 それはいつもの、何かに困ったり言葉に詰まったりしたときの、彼の癖。

「……申し訳ありません。気になったのは、そうではなく――」

「?」

「…………その……翡翠、という石は、高価なものなのですか……?」

「え?」

 まさか、値段を聞かれるとは思っておらず、ぱちぱち、とミレニアは目を瞬く。

「ま、まぁ……宝石ですもの。純度や大きさ、加工技術によって、ピンからキリまであるでしょうけれど……」

「……そう、ですか」

 言ってから、ロロは黙り込んでしまう。

 ミレニアは、ぱちぱち、と目をもう一度瞬いてから口を開いた。

「どうして、価格が気になったの?」

「いえ……その――……宝石、というのを、間近でしっかりと見たのは、初めてだったので」

「……?」

「――――そんな色の、宝石があると言うのを、生まれて初めて、知りました」

 言ってから、ロロは瞳を上げて、ミレニアを見る。

 不意にしっかりと視線が絡まり、ドキン、とミレニアの心臓が音を立てた。

「常々――初めて見たときから、ずっと思っていました。姫は、俺の瞳をその首に提げている宝石に喩えますが――姫の瞳こそ、美しくまぶしい、高価な宝石のようだと」

「ぇ――」

「そんな宝石があるのでは、と想像したことしかありませんでしたが――本当に、あるのですね。姫の、瞳と同じ色の宝石が」

 ふ……と、ロロの表情が柔らかく緩む。

 常日頃、氷のように固まり切った表情筋が、ふわりと優しく解けるその珍しい瞬間に立ち会い、ミレニアの鼓動は静かに走り出した。

「ど、どうして――」

「?」

「どうして、それで、値段を聞いたの……?」

 トクン、トクン、と小さく微かに強く鼓動を重ねる心臓を抑えるように胸に手を当て、問いかける。

 紅玉の瞳を持った青年は、少し気まずそうに視線を逸らし、口を開いた。

「……俺の給金で、買えるものなのかと――気になって」

「え――――」

「もし、俺にも買えるものであれば――身に着けたいと、思いました。貴女の色を、ずっと、肌身離さず」

「――――!」

 ドキン……

 心臓が、ひときわ大きく飛び跳ねる。

「一年、ほとんど、頂いた給金には手を付けていません。一年貯めたそれを全て出せば、俺にも買えるでしょうか。――小さくてもいい。貴女の色をした、美しい宝石を」

 ドキン ドキン

「……そう考えたのですが――どう考えても、無理だ」

「え……?」

「――この左頬で、帝都の宝石店に入ろうものなら、その場で袋叩きに遭う。……いくら金を積んだとて、奴隷に宝石を売ってくれるような奴はいないでしょう」

 ふ……とロロの頬が皮肉気に歪む。刻まれた紋が、ことさら哀愁を誘った。

「ですから――意味のない、発言です。どうぞ、忘れてくださ――」

「お前!今すぐ、持っている翡翠を全て出しなさい!」

「はっ、はいっ……!」

 ロロの言葉を最後まで聞くことなく、ミレニアは目の前の商人に有無を言わさず命令した。反射的に頷き、商人はすぐさま片付けたはずの商品を紐解き、再び広げていく。

「姫……?」

「ここで買えばいいわ。誰にも文句は言わせない」

 怪訝な顔をした専属護衛に、ミレニアは意志のこもった声を返す。

「お前が、初めて自分の金を、自分のために使いたいと言ったのよ。――私は、必ずそれを、叶えてやるわ」

 この一年、彼が休日を迎えるたびに、何度自由に金を使って良いと諭したことだろう。その金を使って城下に降りて好きにしてよいと伝えても、彼は皇城の中に造られた兵士用の練兵場に籠って鍛錬をするか、敬語や礼儀作法の勉強をするかのどちらかだけで休日の一日を終えてしまう。護衛の兵士たちのシフトまで全て把握していて、比較的若い兵士だけが護衛に当たる時間帯があると、こっそりとミレニアを視界に入れられる距離に張り付いていたりするから始末が悪い。今すぐロロには『休日』という単語を辞書で引いてほしいと何度思ったことかわからない。

 ミレニアは今まで、父ギュンターこそが彼女を世界一溺愛している男だと思っていたが、ロロもまた、負けず劣らずの過保護っぷりだ。――溺愛というより、隷属という表現の方が適切に思えるが。

「小さな物で、値段も安価なものは、このあたりです。右から順に、値段が上がります。男性が身に着けてもおかしくない宝飾となると、本日お持ちしている物の中では、このあたりでしょうか……」

 ずらっと並べられた翠色の宝飾品を前に、ロロは微かに眉を動かす。――きらびやかなそれらを前に、分不相応な過ぎた願いだったと、気後れしたのかもしれない。

 チラリ、とミレニアへと視線を送るが、彼女は期待に満ちた瞳で、嬉しそうにロロを眺めていた。

(……自分の宝飾を選ぶよりも、よほど興奮していらっしゃる……)

 頬を上気させて期待に目を輝かせる様は、初めて出逢ったときの女帝さながらの威風堂々とした様子とも、お茶会で令嬢たちを前にしたときのどこか冷めた表情とも異なり、十一歳になる少女らしい天真爛漫さで、可愛らしい。

 その瞳が、目の前に広げられた宝石たちよりも美しく輝いているのを見て、ロロはすっと視線を逸らした。

 ――やはり、ミレニアは、世界で一番美しい。

 そして同時に、この美しい瞳に、邪気なくまっすぐ見つめられるに相応しい存在ではない自分が、忌まわしく感じられ、ロロは控えめにいつもの位置へと視線を下げたのだった。


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