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リグレット

作者: 雨賢人

 

「私、結婚するね。早く佑介も結婚しなよ」


 居酒屋でいつも通り会社帰りに二人で飲んでいると唐突に市ノ瀬結愛から結婚の報告を受けた。


「あ、あぁ」


 僕は動揺が隠せなかった。


「何で、そんなに動揺してんの?」

「いや、そんなこと無い。とりあえずおめでとう」


 飲みかけのビールをグッと飲む。

 今までおいしく感じていたビールが苦みだけ口の中に広がった。


「うん。

 ありがとう。

 佑介なら喜んでくれると思った。

 だって私の親友だもんね」

「そうだね」


 親友という単語が僕の心臓をキュウと締め付ける。

 今まではその単語には特に気にしていなかった。

 でも今は違う。

 痛い。

 そう感じてしまう。


「それでさ。

 結婚式の準備手伝ってくれないかな?」

「ごめん。

 予定が分かんないからさ、保留にしといてくれない」


 一拍置いて僕はそう答えた。


「分かった。

 じゃあ予定が分かったら連絡して」

「……うん。

 じゃあ用事思い出したから帰るね」

「あ、うん」

「じゃあこれで払っといて」


 財布から五千円札を取り出し、机に置いた。


「いや、多いよ」

「そんなこと無いよ。一応、結婚おめでとうっていう意味で奢り」

「そう、ありがとう親友」


 また親友という単語が僕の胸を締め付ける。


「じゃあ」

「バイバイ」


 僕は逃げるようにその場から離れた。

 家に早く帰りたかった。

 あの場にいるとおかしくなる。

 何か言ってしまう前に。結愛を傷つける前に。早く帰らないと。

 そう判断した。

 帰りの電車の中は人混みがすごかったがどこか空っぽに見えた。

 電車を降りて、まず駅近くのコンビニに寄り、ビールとチョコを買った。

 今さっきまではまっすぐ家に帰りたいと思っていたが何を思ったのか公園に寄り、ブランコを小さく漕ぎ始める。

 漕いでいる間は、なにも考えずに済んだ

 少し経つと気持ち悪くなり、ブランコを漕ぐのを止めて、買ったビールを一人悲しくプルタブを引っ張る。

 プシュッと何か府抜けた音に意味の分からない同調をして、飲み始める。

 やっぱりまずい。苦い。

 ふと純白のウェディングドレスで包まれた結愛とタキシードを着たどこかの誰かさんの顔を考える。

 無性に腹がたつ。

「何で言わなかったんだろう?」

 僕は僕自身に疑問を持った。

 今まで何回も言うチャンスなんてありふれてたのに。


 ーーー


 多分、一目惚れだったんだと思う。

 小学五年生の時に東京に家族で引っ越してきて、転校初日、全校生徒の前で朝礼台の上に立ち、心臓の音が耳元で聞こえる中、自己紹介を済ませ、クラスの教室に担任の後ろにある程度の間隔を開けながら付いて入る。

 担任は僕の名前を黒板に書き、僕にもう一度自己紹介をするよう促した。

 少し俯いていた顔を上げる。


「井上佑介です。よろしくお願いします」

「じゃあみんな仲良くしてくれ」


 担任がそう言うがクラスメイトからは言ったことに対しての反応は見られなかった。


「じゃあ、井上。あそこに座ってくれ」


 担任が指差した席は窓側から三番目の席だった。

 僕は指差した席に着き、ランドセルを置く。クラスの全員から注目されて何か間違っているのかと不安になったがどうやら間違っている訳では無かったらしい。

 ただ新しい転校生として注目されているだけだった。

 あまり注目されるのに慣れていない僕は俯いて隣の人の顔を見ないようにした。


「あの」


 隣から小さい声で呼ばれ僕は目だけを声のする方にやった。


「私、市ノ瀬結愛。佑介君よろしくね」


 その声の主は僕が今まで持ったことの無い感情を引き出す笑顔の持ち主だった。


「よ、よろしく」

「うん!」


 それからというもの結愛とはいつも一緒にいた。理由は分からない。

 趣味は合わなかったし、共通点という共通点が無かった。

 それでも僕と結愛プラス何人かの男女でいつも行動していた。

 時々、僕と結愛の仲を冷やかす奴もいたが気にしていなかった。

 それが中学、高校、大学まで続いた。

 流石に就職先までは一緒にならなかったが時々、二人で会って飲んだりもしている。

 一見して仲の良いカップルの様に見えただろうし、おしどり夫婦にも見えるのだろう。

 それでも僕と結愛は付き合うことは無かった。

 いや付き合えなかったのかもしれない。

 どちらかが言い出せば、この関係は崩れ去ってしまう。

 そんな考えが邪魔して言いだせなかった。

 初めて結愛に彼氏が出来た日、僕は結愛から聞かされた時は心が少し痛んだが顔には表さないようにした。

 ただ「よかったね」と答えただけだった。

 それからすぐ僕は彼女を作った。

 決して好きな人では無い。

 自意識過剰だとは思うが、僕のことが好きだろうという人を彼女にした。

 彼女を作ったのは紛れもなく、結愛に振り向いて欲しかったという子供じみた考えだった。

 そう言う訳もあってすぐにその彼女とは別れた。

 そして時期同じくして結愛も彼氏と別れた。

 どちらも相手から「別れよう」と切り出された。

 そして理由も全く同じの結愛は僕を、僕は結愛のことを想っている様に見えるから。という理由だった。


「私達、付き合うの向いてないのかもね」

「そうだね」


 毎回別れた時二人で同じことを言いあった。だけどどちらも「付き合おう」とは言いだせないままでいた。

 友達以上恋人未満という言葉があるがそれを使うのはどうにもあやふや過ぎたので親友という僕達二人にはぴったりの言葉をつけた。

 だからどちらかが付き合えば、祝福する。

 それを繰り返していた。やっぱり子供じみている。

 相手の恋愛にはあまり深く踏み込まない。

 そういう暗黙のルールが二人の間で存在していた。


 ーーー


 もうビールはとっくのとうにぬるくなっていって苦みが増していた。

 板チョコも溶け始めてていて食べる気が失せ、ビニール袋に入れなおす。

 周りは暗く、公園内の電灯もどこか寂しい。

 そんな中、一人の三十手前の男がブランコに座っているというのはあまりよろしくない。

 ブランコから重い腰を上げ、歩きだそうとするがあまりビールを飲んでいないのに酔っている。

 気持ちが悪い。

 仕方なく少し歩いてベンチに腰を下ろした。

 足を大きく開き、腕をベンチの裏へ回し、空を見上げる。

 空には都会の汚い空気によって見えるはずの星が見えない。

 ただ満月の一人舞台だった。


「月が綺麗か」


 夏目漱石の言った言葉はどうにもしっくりこない。

 月が綺麗。

 その言葉で好きという気持ちが伝わるのなら簡単なものだ。

 でも実際、現実的に無理なんだろう。

 そんな言葉よりも直接言った方が良い気がする。

 ただ一言「好き」。

 その言葉が一番飾らなくて綺麗なのかもしれない。

 僕は何を思ったのか携帯を取り出し、メールを打ち始めた。


 『最初に会った時、僕は好きになった。

 一目惚れだったんだと思う。

 中学、高校、大学まで一緒でいつも二人で。

 ふざけ合ったり。励まし合ったり。慰め合ったり。

 全部良い思い出だった。

 そんな思いでをくれてありがとう。

 初恋をくれてありがとう。

 結婚式の日は予定があって行けないけど良い式になることを願うよ。

 ありがとう。

 今日の今まで好きだった。

 これからも親友としてよろしく』


 メールを打ち終わり、連絡先を結愛に設定して、送信ボタンを押した。

 躊躇いは無かった。

 酔っていたのも手助けになったのかもしれないが自分の中で決着をつけなければいけない気がした。

 もう一度、月を見る。月の一人舞台は輝いていて、美しかった。

 僕は軽くなった腰を上げて家へ帰るために足を踏み出す。

 もう酔ってはいなかった。


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