第6話 『疾走』
お久しぶりです。第6話です。
ビヨンドジェネレーションズめちゃくちゃ面白かったですね。僕は妹と一緒に観に行って二人揃って泣きました。
杜都町 城東学園 AM8:19
「結局、昨日はエヴォリオルは出なかったね」
「このまま永遠に出てこなきゃいいよ。そう上手くはいかないだろうけどさ…………ん?」
あれから二日。特にエヴォリオルの動きは無く、とりあえずは穏やかな日曜を過ごせた次の日。
いつも通り美弥ちゃんと夢芽と登校すると、校門の前にデカい高級車が停まっていた。何事かと思っていると運転席からタキシードを着た渋い初老の男性が降りてきて後部座席のドアを開ける。
すると一人の少女が車から降り立った。
「ありがとうじいや。終わったら連絡するね」
「かしこまりました。どうぞ、お気をつけて」
ツーサイドアップにした長い髪を風に揺らしながら少女は歩いていく。その姿はとても美しく、ただ歩いているだけなのに絵になった。こういうのを『歩く姿は百合の花』というのだろうか。
と、少女が学校の敷地内に足を踏み入れた途端あっという間に彼女の周りに人集りが出来た。
「楓先輩、おはようございます!!」
「おはようございます!」
「楓ちゃんやっほー!元気だったー!?」
「お、楓さん今日来てんじゃーん!」
「みんなおはよう。今日は来ちゃった♪」
「生徒会長、お久しぶりです。体調は大丈夫ですか?」
「久しぶりって今回は二週間しか休んでないでしょ~っていうか生徒会の方大変だったでしょ?迷惑かけてごめんね?」
「いえ、大丈夫にしておきましたよ。問題ないです」
「さっすがぁ!頼りになるわ副会長!」
「ありがとうございます」
「みんなも、今日も一日よろしくね」
「「「はいっ!!」」」
「楓先輩相変わらずアイドルみたいだよなぁ」
「綺麗な人だもんね。それに優しいお姉ちゃんみたいですっごく良い人だから、人気者なのも分かるなぁ」
あの少女の名は定禅寺楓。
俺達の一年先輩で、この学校の生徒会長を務める人物だ。
学園はおろか全国模試で常に一位を取り続ける超秀才で音楽や美術にも非凡な才能を持ち、更には実家は世界でも有数の大財閥『定禅寺財閥』。
この城東学園を作ったのも他ならぬ定禅寺財閥であり、彼女の祖父はこの学園の理事長、父親は校長を務め、将来は財閥の跡取りというとんでもない人物だ。
しかし自分の地位や才能を鼻にかけるような真似は一切せず、むしろ親しみやすい性格や人当たりの良さ、リーダーシップ等から周囲からはとても慕われ、厚い信頼を寄せられているという。
結果、二年生の時には何かしらの事情によって投票出来なかった票を除いた99%もの圧倒的票(実質的な100%と言って差し支えない)を勝ち取って生徒会長に就任したという伝説を打ち立てている。
見た目も相当な美人で美弥ちゃんが可愛い系なら楓先輩は綺麗系、キュートではなくビューティフルが似合う感じだろうか。どちらにしろ本来なら近寄りがたい程の美貌の持ち主でパッと見ただけで分かるほど抜群のプロポーションと女性としては高い部類に入る身長を持つ。
楽人から聞いた話によると、この学園の男人気は大体美弥ちゃんか楓先輩かの二大派閥となっている、らしい…………つーかこいつら早くどけよ。
いつまでも校門の前から退けない連中にクラクションを鳴らしてやろうとした時、楓先輩はいち早く俺達に気付いて生徒達に一声かける。
するとまるでモーセの如く集まっていた生徒達が捌けて道を開けた。すげぇ。
「先輩、ありがとうございます」
「こっちこそごめんね…………もしかして、七ヶ浜虚空蔵くん?」
「……まさか名前を知って貰えていたとは驚きです。まぁ俺の悪名とこの格好見りゃあ当然ですかね」
「うんうん、前に美弥ちゃんから色々とお話は聞いていたの。ね?」
「え?」
「…………!か、楓さんっ」
「ごめんごめん。じゃあね、今度機会があったらお話しましょう?」
はぁ……と何とも言えない返事を返した俺に、定禅寺先輩は笑顔を見せて校舎の中へと消えていった。
「美弥ちゃん……俺の事何話してたの?」
「えっと、えっと……えへへ」
「可愛いから許す」
「どーせ虚空蔵のこと褒めちぎってのろけ話聞かせてたんだろ割りといつもの事じゃん」
「……美弥ちゃん?」
「ソナコトナイヨー」
「嘘下手だなぁ…………」
「なぁそろそろ教室行こうぜ~遅刻しちまうぞ~」
明後日を見ている美弥ちゃんに呆れ半分笑い半分になりつつ、駐輪場にバイクを停めて教室に向かう。
教室に入るとこちらを見た楽人がやって来た。
「虚空蔵殿おはようでござる。…………昨日は結局エヴォリオルは出なかったようでござるな。小生も小生なりに情報収集をしていたのでござるが、有益な情報は何も無かったでござる」
「そうか……ありがとな楽人」
「小生に出来る事はこれくらいでござるからな。手伝うと言った以上これくらいはお安い御用でござるよ。
しかしエヴォリオルが諦めたとは考えにくいでござるし、また現れる可能性は高いでござるよなぁ」
楽人の言う通りエヴォリオルはまた必ず現れるだろう。
俺が最終ターゲットである以上、奴らは絶対にまたこの世界に現れ、暴れる筈だ。
「だろうな。今度は、必ずぶっ潰す」
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異空間 城内 広間
「スペクター…………次は必ず殺す」
「あーあー、早く俺の番にならないかなぁ」
「前のスペクターも悪くなかったが、今回はかなり上等らしいな」
「サックも他の奴らも弱かっただけだ。スペクターの首は私が刈り取ってやる……」
「お前達の出番は無い。私がスペクターを殺し、テオス様から力を賜るんだからな。
黙って見ているがいい」
「頑張ってねラン。期待しているよ?」
「ありがたきお言葉。必ずご期待に応えてみせます……!」
「これはお守りだよ。持っていくといい」
「! おぉ…………!ありがとうございます!!」
「ふふふっ……」
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「あ゛ー…………ちくしょう……」
時間はまだ授業中。本来ならまだ椅子に座ってノートや黒板と睨み合っている所なのだが、現在俺は保健室を目指して廊下を歩いている真っ最中だった。
というのも授業中に体調が悪くなったのだが、早退するほどではないが引き続き授業を受けるのも少々しんどい、という何とも面倒くさい状態であり、そのため少し保健室のベッドで横になろうと思ったわけだ。
そうしてゾンビのような低い唸り声を上げながら何とか保健室まで辿り着き、中に入ろうとした時ドアに掛けてあるプレートに目が行く。
(『休んでいる人が居ます。お静かに』か……お互いツイてないな)
内心でそう呟きながら静かにドアを開ける…………が。
「……………………先生いねぇじゃん」
保健室の先生はどうやら不在らしい。といっても出張だの会議だので時々こうして席を外す事は珍しくなく、『今日はいないのか』程度のことだった。
仕方ないから勝手にベッドで寝ようとした時、閉まっていたカーテンが少し開いて中から誰かが顔を覗かせた。
「あら、七ヶ浜くん?」
「! 定禅寺先輩?」
現れたのは今朝会った定禅寺先輩だった。まさかの人物に驚く。
『今度機会があったら』がまさかこんなに早く回収されるとはな……。
「先輩も体調不良ですか?」
「うん、私生まれつき体が弱くて………休む事が多いしこうやって学校に来れても保健室のお世話になる事が多いの。
今日も二週間ぶりの登校なんだけど、まだ三時間目なのにこんな有り様で……」
「そうなんですか……俺もこんな面して割と病弱というか体調崩しやすくて、定期的に具合悪くなるんです」
我ながら似合わないとは思うが、俺は昔からあまり体が強くなく、病気しがちだ。おまけに平熱も大体35、5℃と一般より低い。
どうやら父ちゃんも小さい頃は体が弱かったらしく、似なくていい所が似てしまったらしい。一応体を鍛え始めてからは多少は良くなったのだが、それでも外の頑強さと中の頑強さがまるで釣り合っていない。基礎体温もほとんど変わらずだ。
「へーそうなんだ、ちょっと意外。そういえばどうしたの?」
「ちょっと具合悪くて、ベッドで寝ようかと思いまして」
「それなら隣のベッドで横になったらいいよ。今は私以外いないし、保健室の影の主みたいなものだからね私」
「じゃあ、そうさせてもらいます」
定禅寺先輩が使っている個室の隣のベッドに入り、横になる。
やはり立っていたり動いているよりかは楽で気分も少し落ち着く。
「お互い災難よね~ホント嫌になっちゃうわ」
「定禅寺先輩と比べられるほど大した物じゃありませんよ。先輩は大丈夫ですか?」
「うん、何とかね。お昼までには戻れるかなーってところかな?」
馴れた調子で明るく言う先輩。
程度の差はあれど俺もあまり体が強い人間ではないが故に、その言葉にある『これは自分にとっては日常でそんなに心配してもらう程の事ではない』というニュアンスが分かった。
事実、俺の考えを肯定するような話を先輩が続ける。
「本当みんなには申し訳ないなぁ。私にとってはこんなのいつもの事で大した事じゃないんだけど、みんなすごい心配してくれて……有難いなーと思う反面申し訳なさもあって嫌になっちゃうよ」
「その気持ちは俺も分かります。ここ来る時も美弥ちゃんと夢芽に心配かけたんで」
「美弥ちゃん良い子だよね~~幼なじみなんだっけ?」
「はい、産まれた病院から一緒です」
「うわぁ何それ羨ましい」
「う、羨ましいですか?」
「そりゃ羨ましいよ~あの超美人姉妹と幼なじみでしょ?代われるものなら代わってほしいって人は沢山いると思うよ、言わないだけで」
「そうなんですかね…………確かにあの二人は美人だなって思いますけど」
「あ、やっぱり幼なじみでもそう思うんだね。
ねぇねぇ、虚空蔵くん的にはどっちが好きなの~~?」
ウキウキした声で尋ねてくる先輩。何か距離近ぇなこの人…………コミュ力の塊とか陽キャとか色々聞いてはいたが、まぁこれも良いところなんだろうな。
「どっちも好きですよ。かけがえのない幼なじみですから」
「模範的~美弥ちゃんが言ってた真面目っていうのは本当かな」
「美弥ちゃん、何か変なこと言ってませんでした?」
「えーとこの前生徒会の手伝いをしに来てくれた時は確か、『本当は優しくて真面目でカッコいい人なんですよ~』って色々熱弁してくれたかな」
「……………………………………」
「虚空蔵くん?」
「……………………………………すいませんでした」
顔が熱い、赤くなってるのが見なくても分かる。美弥ちゃんなにやってんだよぉ…………!
「因みに虚空蔵くんって美弥ちゃんとはまだお付き合いしてないんだよね?」
「してないですよ……」
「ぶっちゃけ美弥ちゃんの事は?」
「…………………………好きですよもちろん」
「友達以上恋人未満であのラブラブっぷりかぁ。恐ろしい」
神妙な声の定禅寺先輩に余計恥ずかしさが増し、ベッドの上でうずくまって悶える。
「あ、そう言えば虚空蔵くんって特撮好きって聞いたんだけど本当?」
「あぁはい、大好きですよ。YES特撮NOライフですね」
「そうっ!!実は私も特撮大好きなの!」
「!! 本当ですかっ!?」
思わず飛び起きる。アニメや漫画オタクが珍しくない……というより日本の文化の一つとして世間一般にも認識されるようになった昨今でも、特撮オタクの人間に出会う事は意外に少ない。
話せる相手と言えばお姉ちゃん達三人に夢芽くらいだ。
無論特撮も日本が世界に誇る素晴らしい文化だが、やはりこうして話せる相手と出会えるのは素直に嬉しい事だ。
「まさか定禅寺先輩が仲間だったなんて…………」
「これでも歴の長さとヘビーさだったら結構自信あるからね。
イベントには毎回必ず並んでるし、DX玩具やグッズだって自分で買いに行くんだから」
「流石ですね……俺も玩具は絶対発売日に買うし映画は必ず公開日の最初の時間に見るんです。玩具はここ十年くらいのは全部持ってますね、ソフビはしばらく買ってませんが」
「玩具なら初代からほぼ全て当時品で持ってるわね。平成以降は遊ぶ用と鑑賞用で二つずつ買ってるよ」
「すげぇ……」
「作品は何が好きなの?」
「俺、特撮なら基本雑食で何でも好きですけど、一番はやっぱりライダーですね…………この世で最も偉大でカッコいいヒーローと言っても過言じゃないです」
「わかる、ライダーはいい……ちなみに一番好きな作品は?」
「全部大好きなんですけど……やっぱりZOです、これが揺らぐことは無いですね。
物心ついた時からずっと観てて、冗談抜きで何千回観たか」
「ZOいいねぇ~クモ女すっごい怖いよねあれ」
「小っちゃい頃はクモ女のシーンだけ苦手でしたね。造形だけじゃなくてストップモーションと操演の表現がまた怖いんですよ」
「あの何とも言えない挙動は不気味だよね。けどそれが却って良い味出してるんだよね~怪物の不気味さを引き立ててる」
「すっげぇ分かります!あ、定禅寺先輩が好きなライダーって誰ですか?」
「私は断然クウガね!」
「あ゛ぁ~クウガ良いですよねぇ大好きですよ……!!」
「ウルトラマンは何が好き!?私は帰ってきたウルトラマン!!」
「俺はウルトラマンガイアです!!でも帰ってきたウルトラマンもいいですよねぇ……」
「戦隊は!?」
「ガオレンジャーです!」
「私はサンバルカン!!ガオレンジャーいいよねぇ!」
ヤバいすげぇ楽しい。初対面の人間とこんな楽しく喋れることってあるんだな。
話は弾みに弾み、ノンストップで特撮談義に花を咲かせていると、水を差すかのようにチャイムが鳴った。ふと時計を見るといつの間にか三時間目が終わっていたことに驚く。
「マジかよ四十分近く話してたのか。体感二、三分なんだが……なんか具合もよくなってるし」
「おー良かったねー、私はもうちょっと様子見かなぁ」
「大丈夫ですか?」
「うん平気平気、気にしないで」
「わかりました。じゃあ、俺はこれで」
「ばいばい。出来ればまた話そうね」
「はい、喜んで」
定禅寺先輩に別れを告げ、保健室を後にした。廊下を歩きながらさっきの会話を思い返す。
(まさかこんなに充実した特撮談義を送れるなんてなぁ……)
是非また話したいものだとほくほくするが果たして生徒会長で学園の顔でもある定禅寺先輩と、俺みたいなドロップアウトがまともに話せる機会など再び訪れるのだろうか。
先輩の立場を考えれば軽々しく声をかけるべきではない。何せ俺は嫌われ者だ、俺と親しげに話しているところを誰かに見られれば定禅寺先輩の評判に係わる。
場合によっては悪意ある噂の火種になってしまう可能性も大いにあり得る話だ。
「ちくしょう悩ましいな……せっかくあれだけ語り合える人に会えたのに……」
しかし、それでもやっぱり話したい。
今日話して一瞬で分かった。あの人は俺と同類、心底特撮に傾倒している根っからの特撮オタクだ。
正直四十分程度話しただけでは全くもって足りない。もっと話したくて仕方がない。同族に会うと喋りたくて仕方がなくなるのはオタクの性と言っていい。
だがやはりそうそう気軽に声をかけていい相手じゃないのも確かで「話したい」と「声をかけてはいけない」の間で葛藤する。
ぶつくさ言いながら歩いているといつの間にか教室に着いており、ちょうど出てきた美弥ちゃんと夢芽と鉢合わせる。
「おっ、虚空蔵」
「虚空蔵くんっ!今様子を見に行こうかと思ってたんだ、もういいの?」
「うん大丈夫。すっかり良くなったよ」
「そっか、良かったぁ…………あれ?」
「どした美弥姉ぇ」
「虚空蔵くん何だかご機嫌だなぁって思って。なにか良いことでもあったの?」
「ちょっとね、保健室で定禅寺先輩に会ったんだ」
「楓さんと?」
「うん。しかも先輩が俺と同類だって分かったんだよ」
「お前と同類…………もしかして特撮か?」
夢芽の言葉に頷く。
「そうっ!あの人もかなりヘヴィな特撮オタクでよ、すっかり話し込んじまって……で、話してたらすっかり良くなってよ、戻ってきたんだ」
「お前にヘヴィって言われるって相当だな……」
「おう、あれは筋金入りだったな。全っ然話し足りねぇよ」
「そういえば前生徒会のお手伝いしにいった時にそんなお話聞いたなー」
生徒会のお手伝い。
その言葉を聞いて定禅寺先輩との会話の一部を思い出した。
(『本当は優しくて真面目でカッコいい人なんですよ~』って色々熱弁してくれたかな)
「…………美弥ちゃん」
「? なぁに?」
「生徒会の手伝いに行った時、俺のこと優しいだのカッコいいだの言ってたって 本 当 ? 」
俺がそう言った瞬間、美弥ちゃんの目が泳ぎまくる。バレたら叱られるって分かってんじゃねーか!
「えーっと、それは、言ったか言ってないかで言ったら言ったかなぁー?なんて……あははは」
「いや滅茶苦茶恥ずかしかったんですけど……まぁ嬉しいけどさぁ……」
「虚空蔵、ドンマイ」
俺の肩を叩く夢芽。何とも言えない憐れみの表情が羞恥心に刺さる。
「…………はぁ、まぁいいや。教室戻ろうぜ」
「は、はーい」
「ホントイチャつくのは程々にしとけよ?お互い好き好き同士だからってよぉ」
「 夢 芽 ?」
「いやお前だって美弥姉ぇのことで惚気て引かれたことあるじゃんか……」
俺は夢芽の言葉がグッサリ刺さりながら、美弥ちゃんは顔を真っ赤にしながら、大人しく教室へと戻っていったのだった。
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「あ゛っ、あっ、あぁぁぁぁ……」
「ひ、ひぃぃぃ ぃ゛っ 」
「…………ふふっ、これで22人か!暫定一位だな……!」
とあるトンネル内。壁に埋め込まれた人間が慟哭の声を上げ、逃げようとした者はブラックパンサーエヴォリオルの鋭い爪で八つ裂きにされ幾つかの肉塊になってボトボトと地面に落ちた。
エヴォリオルは手に付いた血を振り払い、死んだ人間達を見て歓喜に震えた声を漏らす。
すると空間に穴が開き、そこからアランが現れた。
「ラン、順調のようだな」
「アランか。確かに順調だがまだまだだ。
もっとスコアを増やし、スペクターを殺す。そして私は、テオス様のような偉大な存在となる」
「気を付けろ、今回のスペクターは強敵だ。一筋縄ではいかない」
「分かっている。そのためにテオス様も私に〝これ〟を持たせてくださったのだ………………さぁ、ゲームの続きだ」
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「……と、これがラティフンディアとコロナトゥスの違いだな」
(眠ぃ)
学校において、午後の授業ほどダルいものはない。本当につくづくそう思う。
そもそも昼飯を食った後の眠い状態で小難しい勉強なんて頭に入るわけがない。俺みたいなバカなら尚更だ。
…………もういっそ寝てしまおうか。後で美弥ちゃんと夢芽に教えてもらった方が却って頭に入れやすいだろう。あの二人教えるの上手いし。
「…………?」
授業中、ふとスマホに連絡が入っているのが目に入った。
番号は家のもので数秒ボケーっと画面を見つめた後、ハッとして立ち上がる。
「先生っ!」
「お、おう七ヶ浜、どうしたんだ?」
「すいません急用入ったんで失礼します!」
教師から返事を待たず、言うだけ言って鞄を引っ掴み教室を出る。
早歩きしながら電話に出ると、相手はやはり奈緒だった。
「奈緒、エヴォリオルだな?」
『はい!どうやら大崎市の方に出たようです!よろしくお願いしますっ!』
「分かった直ぐ行く…………遠いなおい……!」
大崎市ってここからじゃ三十分近くかかるぞ……でも四の五の言ってる暇はねぇか……!
美弥ちゃんにLINEをして急いで駐輪場に向かい、停めてあったバイクに飛び乗ると目的地へとかっ飛ばした。
宮城県 大崎市 PM14:30
「うわぁぁぁぁ!」
「ぎゃっ」
「がぁぁっ!」
「くそっ!なんで銃が効かないんだ!?どうなってるんだ!?」
「撃て、撃てぇぇぇぇ!!」
「ふふ、いい光景だ…………」
そこかしこに警官が倒れている凄惨な光景。それを見たエヴォリオルはまるで優勝トロフィーを眺めるかのように警官達の死体を満足そうに見る。
「これで29人だ……さぁ、30人目は誰がいい?
お前か?それともお前がなるか?」
「ひぃっ……」
「はぁっ!!」
警官達を飛び越え、エヴォリオルに飛びかかる。掴み合いになりながら放り投げ、睨み合う。
「スペクター……!」
「よぉ、今度こそ引導渡してやるから覚悟しろ」
「ふふっ、なるほど……お前が30人目か!お前の首がトロフィーというのも悪くない……!」
「生憎てめえ如きにくれてやる首はねぇよ……!!」
十数秒続いた睨み合いが終わった時、最初に動いたのは向こうだった。
「……っっ!」
「!」
目にも止まらぬスピードで接近してきたエヴォリオルの攻撃を躱し、パンチを放つ。拳はギリギリで躱され、僅かにかすっただけ。
しかし、続けざまに繰り出した飛び後ろ回し蹴りまでは流石に回避出来ず、エヴォリオルのこめかみにクリーンヒットした。
人間相手ならこれで決着だが、流石化物と言うべきか体勢は大きく崩したものの直ぐに立て直して襲いかかってくる。
だがこちらもこの前のような油断はせず、向かってきたエヴォリオルと正面から激突する。
「はあぁぁっ!!」
「け、警部補、この場合どうすればっ……!?」
「っ…………狙えるなら決着後、残った疲弊した方を狙う……気を抜くな」
警官達が呆然と見ている中で一進一退の攻防を繰り広げ、徐々に俺が押していく。
「くっ……!」
「はぁっ!!」
敵のガードを崩し、右ストレートをエヴォリオルに叩き込んだ。確かな手応えと共にエヴォリオルは大きくふっ飛ぶ。
「がっ……おのれぇ……!」
と、エヴォリオルは何かを取り出した。それは七色に鈍く光る結晶で見た瞬間直感的にそれが何かを理解する。
「魔皇石か……!?」
「テオス様……貴方様より戴いた力、使わせていただきます!!」
そう宣言すると、エヴォリオルはその結晶を自分の体内へ埋め込んだ。
突然のことに俺も警官達も驚いていると、エヴォリオルの体が変化していく。
「くっ、う゛ぅ゛ぅぅぅぅ……!!」
苦悶の声を上げながら足の膝から下が逆関節に変形していき、足そのものもより強靭に発達する。
そして変化が終わった時、そこにはより異形の姿となったエヴォリオルが立っていた。
「ふふっははははははっ!!!凄い!流石テオス様が与えてくださった力だ、さっきまでとはまるで違う!!」
「ウルフオルフェノクの疾走態かよざけやがって……」
腹立たしい気持ちになっているとエヴォリオルが動いた。
さっきとは比べ物にならないスピードで。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「な、あ、うわぁぁ!?」
「あぁぁぁぁぁ!!」
「ひぃぃぃっ」
周囲を囲んでいた警官達へ突っ込んでいき、次々と蹴散らしていく。
ある者は体を真っ二つに蹴り裂かれ、ある者は頭を踏み砕かれ、ある者は蹴り飛ばされて壁に叩き付けられ、壁にべったりと血の跡を付ける。瞬く間に周囲は更なる地獄絵図へと変貌した。
「やめろっ!!」
直ぐに殴りかかるが躱され、高笑いしながらエヴォリオルはバリケードを突破して走り去る。
「はははっ!素晴らしいっ、これで38人殺したぞ!はははははははっ!!」
「畜生がっ…………!!」
俺も後を追って走り出す。一歩目から最高速度に到達し、200km、300kmなんて物の数ではない超スピードで追跡する。
が、それでも尚エヴォリオルは速く、追いかけることは出来ても追い付くことが出来ない。
「くそっ速ぇ……!!」
「ふん、のろまめ ほらプレゼントだ!」
そういってエヴォリオルは近くを走っていた車を俺目掛けて蹴り飛ばしてきた。
「っ!あっっぶねぇ!」
咄嗟にふっ飛んできた車を受け止め、静かに地面に降ろす。
「おい大丈夫か!?」
「ひぃっ!」
「だ、大丈夫です…………」
「ならいい!早く逃げろ!!」
とりあえず無事だった相手にそれだけ言って再び走り始めるが、やはりエヴォリオルとの距離は縮まらない。むしろ距離はさっきよりも離れており、追い付くのは困難を極めた。
(くそっ……全然追い付けねぇ……!どうすりゃあ……)
『虚空蔵さん、聞こえます?』
「……!?奈緒かっ!?」
何とか追い付く方法を模索しようとしたその時、突然奈緒の声が頭に響いてきた。突然のことに驚いている俺などお構い無しに奈緒は喋り続ける。
「お前どうやって、どこから喋ってんだ!?」
『テレパシーですよテレパシー!それより虚空蔵さん、バイクですよバイク!バイクを使ってください!』
「バイクゥ?いやこの速さで走って追い付けない奴にバイク……『大丈夫です、バイクも〝変身〟しますから』
奈緒の言葉にハッとする。
(そういうことか…………!!)
急ブレーキをかけて一旦止まり、目の前の空間を〝爪を立てて引き裂く〟。
バイクを停めていた場所と空間が繋がり、呼び寄せたバイクに急いで跨がると全速力で走り出した。
青い炎状のエネルギーが車体を包み、弾ける。
スペクターと同じ青と黒のカラーリング。
メカでありながら有機的なボディ。
スペクターを怪物化させたようなフロントカウル。
猛獣のような唸り声を上げるエンジン。
『ゴアルルルル…………』
俺の愛機はモンスターマシンへと変身していた。
「すげぇ………………飛ばすかぁっっ!!」
モンスターマシン・〝スペクタイフーン〟を飛ばし、数秒もしない内に逃走していたエヴォリオルに追い付く。
「! スペクター!!」
「よぉ!今度は逃がさねぇぞ!!」
『ガァァァァァァ!!』
スペクタイフーンの雄叫びを合図に激しいチェイスが幕を開けた。
縦横無尽に駆け回るエヴォリオルを追って爆走し、混乱する市街を駆け抜ける。
エヴォリオルは道中にいる人や邪魔になっている車に襲い掛かろうとするも、一瞬で先回りして前輪攻撃や蹴りで妨害し少しずつ敵を追いつめていく。
「はっ!!」
スペクタイフーンは凄かった。最早人間には到底操縦できないその速さも然ることながら、まるで自分の手足のように自由自在に操ることが出来た。
俺が走りたいと思えばその通りに走り、どんな体重移動もカーブも思いのまま。正に〝人馬一体〟だ。
「うわぁっ!?」
「こ、こっち来るぞぉ!!」
「…………!ふんっ!!」
混乱によって立ち往生している車や人々も何のそのでジャンプで頭上を軽く飛び越え、危うく突っ込みそうになった信号機も前輪が触れた瞬間に軸にし車体を回転させて越える。
「ははっ、最っ高だな……!」
「くっ……おのれっ!」
市街地を離れて林に囲まれた田舎道を走る。やがて辿り着いたのは人里離れた場所に聳えるもう使われなくなったホテルハウスの廃屋。
そこに入っていったエヴォリオルを追って俺も廃屋内へ突撃すると目の前の階段の踊り場でエヴォリオルが待ち構えていた。
「来るなら来い!スペクター!」
「言われなくてもだっ!!」
エンジン全開で走り出し、エヴォリオル目掛けて階段を勢いよく駆け上がる。その勢いのままウィリー攻撃を仕掛け、躱されるものの直ぐに前輪での薙ぎ払いに繋いで牽制。逃げたエヴォリオルを追って二階へ上がる。
ボロボロになって打ち捨てられているゴミや風化しつつある資材を撥ね飛ばし、段差も障害物もまるで意に介さず容易く乗り越えて走破してみせるスペクタイフーン。本来、決して広くない建物内での追跡はマシンに乗っている俺が不利だが、一定のスピードを出していながら小回りや制御が失われない、むしろ〝自分の体以上に〟御しやすいスペクタイフーンを持ってすれば全く問題なかった。
往生際悪く屋内を逃げ回るエヴォリオルだったが、遂に決着の時が来た。
「はぁぁぁぁっ!!」
直線に来た瞬間に一気に加速し、エヴォリオルに激突する。
超スピードでの体当たり攻撃を喰らったエヴォリオルは目にも止まらぬ速度で資材を吹き飛ばしながらぶっ飛んでいき、壁に叩き付けられた。地に倒れ伏し、強化されていた足も元に戻る。
「がぁ……おのれぇ…………!!」
「鬼ごっこはもういいだろ!行くぞっ!」
エヴォリオルに飛びかかり、その勢いを利用して敵を投げ飛ばす。スペクタイフーンでの体当たり攻撃は相当効いている様で、グロッキー状態のエヴォリオルをパンチとキックのラッシュで攻め立てる。
エヴォリオルもただ殴られ蹴られなわけではなく、俺のパンチを避けて背後を取り羽交い締めにされるが、後頭部での頭突きを鼻っ柱に叩き付けて拘束から抜け出す。顔を押さえながら後退る隙を突き、エヴォリオルを重量挙げのように担ぎ上げ、思いっきり捻りを加えて投げ飛ばした。
「スペクター!きりもみシュートォ!!」
突風が巻き起こるほどの力で投げ飛ばされたエヴォリオルは受け身を取ることも出来ずに地面に叩き付けられる。起き上がろうとするエヴォリオルにストンプを繰り出すがギリギリで躱され、そのまま床を踏み抜いてしまい崩落して三階から二階へと落ちる。
受け身を取って着地した次の瞬間、エヴォリオルの鋭い爪が俺の背中を斬り裂き、鮮血が舞った。
「っ…………! うおぉらっっ!!」
痛みを堪えて踏みとどまり、振り向き様にエヴォリオルを力任せに殴り倒す。がっちりとエヴォリオルの頭を掴み三連続で頭突きを顔面に叩き付け、膝蹴りで顎を砕く。そして抵抗する気力も無くなった敵をドロップキックで蹴り飛ばした。
「これで終わりだっ!」
『スペクターインパクト!!』
ベルトのオーブを押し込み、走り出す。未だ立ち上がれないエヴォリオルを蹴り飛ばして壁に叩き付け、本命の必殺キックを放つ。
「スペクタァァキィィィックッ!!」
キックを叩き込まれたエヴォリオルは壁をブチ破って屋外へと吹き飛び、そのまま空中で爆発する。
「スペクタアァァァァァァ……!!!」
呪詛の言葉を遺してエヴォリオルは砕け散った。日の光を反射してキラキラと輝く結晶の雨が降り注ぎ、周囲を美しく彩る。
「あんな化物でも、散り際だけは一丁前に綺麗だな」
そう呟き、踵を返してスペクタイフーンに跨がる。何気なくフロントカウルを撫でると、まるで犬か猫のように気持ちよさそうに喉?を鳴らす。
『ばるるるるるる』
「ありがとな、スペクタイフーン……なんか可愛いなお前」
新たに意思を持つスーパーマシンを得た俺は、さながらトライチェイサーを駆るクウガに成りきった気分で廃屋内をバイクアクションを交えつつ駆け、外へと出る。
「まだ時間もあるし、学校に戻って美弥ちゃんと夢芽迎えに行くか。二人も心配して………………?」
ハンドルを改めて握り発進しようとしたその時、どこかから視線を感じる。ふと振り返ってホテルハウス、その屋上に何気なく視線を向けた。
「………………………………ぇ……!!?」
そこには逆光を背に〝何か〟が立っていた。
黒と赤のボディ、鋭い目と牙、目元のブレードのようなパーツ、頭から生えているポニーテールのような装飾、そしてスペクターオーブが装填された腰のベルト。
本能的に、それは〝スペクターと同じ存在〟だと理解した。
「……………………………………」
「! 待てっ!!」
立ち去ろうとする謎のスペクターを追おうとスペクタイフーンを方向転換させるが、間の悪いことに遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてきた。一瞬そちらに気を取られて視線を戻すと、既に謎のスペクターはいなくなっていた。
「くそったれ……なんなんだよあれ……!?」
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七ヶ浜家 PM15:50
「あのスペクターみたいな奴は何だ!?スペクターに変身出来るのは俺一人なんだろなんであんなのがいんだ!?まさか嘘だったなんて言わねぇだろうなおい!!」
詰め寄る俺を奈緒は困惑した顔で押し退ける。
「落ち着いてくださいそれは本当です!!私も何が何だかさっぱりですよ!私がオーブを渡したのは虚空蔵さんだけです嘘でも間違いでもありませんっ!」
「じゃあ何でっ……!」
「虚空蔵くん落ち着いて、ねっ?」
「そうだよちょっと落ち着けって!」
美弥ちゃんと夢芽に宥められ、ひとまず落ち着こうとするが、却ってエヴォリオルや謎のスペクターらしき存在が現れたことへの苛立ちが募っていく。
「はぁ……クソが、イライラする…………」
「いとうあさこかよ」
「茶化すな……『あさくら』繋がりでもせめて萩野崇さんの方にしろ」
「でももう一人のスペクターかぁ……いい人だといいなぁ。そうしたら、虚空蔵くんと一緒に戦ってくれる心強い味方になってくれるよね」
「どうだろうな美弥姉ぇ。エヴォリオルの仲間って可能性もあるぜ」
(奈緒が知らないならあれは一体なんなんだよ……)
新たな存在を前に、俺は頭を悩ませるのだった。
最後に現れた謎のスペクターは一体?
それは次回へ続きます。