第2話 『変身』
投稿が遅れてすみません。
やっと2話です。
読んだ方に少しでも楽しんでいただければ……
杜都町 七ヶ浜家 PM16:45
あのウソのような状況からなんとか無事に帰ってこれた俺達は一旦状況を整理するため、そして謎の少女から話を聞くために俺の家に集まることになった。
聞きたいことは山程ある。とにかく今は状況の把握と理解が第一だ。
「ただいまー……」
「お邪魔しまーす……」
「お邪魔ー……」
ぐったりしながら家に入ると一人の女の子が出迎えてくれた。
汚れを知らない天使のような幼い顔立ちにシュシュでちょこんと結んだサイドテールがなんとも可愛らしい。
「お兄ちゃんお帰りなさいっ」
「優衣、ただいま」
この子の名前は七ヶ浜優衣。
俺の可愛い〝妹〟だ。
「優衣ちゃんやっほー」
「よ、優衣ちゃん」
「こんばんは、美弥お姉ちゃん、夢芽お姉ちゃん」
天使のような笑顔で美弥ちゃんと夢芽と挨拶を交わす優衣。我が妹ながら非常に可愛い。
「わんっ」
「おぅモカ、ただいま」
優衣と一緒に出迎えてくれたのはウチの家族の一員、モカだ。
性別はメスで犬種は一応ミニチュアダックスフンド。
……一応というのは体重6キロと〝ミニチュア〟と呼ぶにはどう見てもデカすぎるからだ。
モカは今から八年前に父ちゃんの知り合いの方から譲り受けた子で書類上はミニチュアダックスフンドということになっているし子犬の頃は片手で持てるサイズだったのだが、実際には母親が雑種の混血であるため、この子も雑種になる。
そのため、モカを初見でミニチュアだと見抜けた人間は未だにいない。
「おしおし、ちゃんと留守番できてたか」
「わふっ」
わしゃわしゃと撫で回すとモカは嬉しそうに尻尾を振る。
「……よし、俺は夕飯作んなきゃいけねぇからちょっと待っててくれ」
「うん。モカちゃんやっほー♪」
「りょーかい」
「うぉ、おじゃまします………」
俺の後に続いて三人も家に上がる。まっすぐ台所に向かい、手をしっかり洗ってから夕飯の仕度を始めていく。
夕飯の買い出しは本来なら帰り道にしようかと思っていたが何しろ〝あの様〟だったため、買い物をするだけの気力体力は当然なく、ある物で作るしかない。
「お兄ちゃん、何かお手伝いある?」
「じゃあ冷蔵庫ん中のボール取ってくれ。朝潰しといたじゃがいも入ってるから」
「わかった」
優衣はパタパタと冷蔵庫へ向かい、ボールを取ってきてくれる。
「ありがとな」
「えへへ…」
頭を撫でると優衣は気持ちよさそうに笑う。その可愛らしい姿にこちらも自然と頬が緩む。
中学二年生だがその割りに幼いところがあり、まだまだ甘えん坊だが兄としてはそこが可愛い。
「今日は野菜炒めとコロッケ、あとほうれん草のおひたしな。美弥ちゃん、夢芽。美嘉さんと仁さんの分もコロッケあっから四人分持ってってくれ」
「本当!やったぁ!」
「サンキュー!」
二人が喜び、やる気も増したところで料理を始めていく。
「おい」
「は、はいっ」
落ち着かない様子で家の中をキョロキョロ見渡していた少女はビクッと反応し、背筋をシャンと伸ばした気をつけの姿勢を取る。
なんでこんな挙動不審なんだこいつは…………彼氏の家に泊まりに来たわけでもあるめぇに。
「いいから適当なとこ座っとけ……ごめん優衣、何かあったら呼ぶからちょっとだけ席外してくれないか?」
「? お手伝いしなくて大丈夫?」
「うん、大丈夫。お兄ちゃん達ちょっとあの人と話があってさ、優衣に聞かせるほどのもんじゃないんだ。
ごめんな?」
「うんうん、わかった。じゃあ上行ってるね」
「ありがとな。明日は優衣の好きな物作るよ、考えといて」
そうして優衣は台所を出て二階へ上がっていく。これで優衣が変な話を聞くことはない。
「まずは自己紹介か。俺は七ヶ浜虚空蔵だ」
「多賀城美弥です。よろしくね」
「多賀城夢芽だ。えっと、よろしくな?」
俺達の自己紹介に、少女もまた返す。
「はじめまして………と、改めて助けていただき、ありがとうございます。
私は〝仙台奈緒〟と言います。以後よろしくです」
少女、仙台は深々と頭を下げる。
来客用のカップを棚から出した俺は、レモンティーのパックを入れてお湯を注ぎ、三人の前に置く。
「……で?聞きたいことは腐る程あるけどよ…………とりあえずお前、何者だ?」
俺が聞くと仙台はコホンと咳払いを一つし、
「私はこの世界とは別の世界……つまり、異世界から来た人間です」
そんなブッ飛んだことを口にした。
「………!異世界……?」
「異世界って、漫画とかアニメでよくあるアレ?」
「そうそうそれです」
「マ、マジかよ…………」
予想以上の飛ばしっぷりに驚く俺達。初対面の人間からいきなり『自分は異世界から来た』と言われて素直に信じる人間はまずいないだろう。俺だってそうだ……美弥ちゃんは信じそうだが。
しかし仙台の目は嘘を言っているようには見えない真っ直ぐなものでさっきの怪人との一件も合わせれば嘘や冗談の類ではないことはバカでもわかった。
何より、俺があの時感じた全ては冗談や夢で片付くようものでは断じてない。俺自身があの超常的な一部始終が現実であることの何よりの証拠だった。
アレが冗談など、その方がよっぽど悪い冗談だ。
「……お前が異世界から来たっていうなら、なんで俺の名前を知ってんだよ」
調理している手元から目を離すことなく問う。
俺にあの水晶玉を渡す時、仙台は確かに俺の名前を叫んでいた。
この世界の人間ではない仙台が会ったこともない俺の名前を知っているのは普通に考えたらおかしい筈だ。
「簡単ですよ、色んな人に聞き込みをしたんです。
この辺りで強いってことで有名な人はいませんか、って。
そうしたらみんな口を揃えて貴方の名前を挙げてましたよ、七ヶ浜虚空蔵さん。
聞くところによると、なんでも〝六百人もいる暴走族をたった一人で壊滅させた〟とか?」
仙台がそう言うと美弥ちゃんはアワアワしだし、夢芽は苦い顔になる。
「………あぁ」
今から三年前、俺は東北最大の暴走族『ハイウェイスター』を潰した。
〝俺単独で〟だ。
大した理由は無く、単にムカッ腹が立ったからぶっ潰した。それだけだ。
それまでにも喧嘩で相応に場数を踏んでいたこと。
〝ある理由〟で小学校高学年から毎日休まず鍛えていたこと。
構成員の約半分は調子に乗っているだけの素人に毛が生えた程度の雑魚ばかりだったこと。
結果、ハナから負ける気なんざ無かったにせよ思っていた以上に簡単に勝ってしまった。
以来あちこちで有名になってしまい、周りからは化け物のように扱われ、欲しくもない通り名やレッテルを貼られることも多々あった。
自業自得と言われたらそれまで。反論の余地もないが、正直鬱陶しいことこの上ない。
「わーおマジだったんですか。にわかには信じがたい話だったんですが」
「そりゃそうだろうな。俺だって聞く側だったら信じねぇ自信あるしな」
「強いんですね」
「周りが言うには日本で一番喧嘩が強い男だとよ。
で、仙台「奈緒でいいですよ」……じゃあ奈緒、お前怪我はどうした?」
俺の言葉に二人がハッとする。
「あっ!そういえば奈緒ちゃん怪我は?大丈夫!?」
「そーいやいつの間にかピンピンしてたよな………」
俺達が見つけた直後の奈緒は素人目に見ても危ない状態なのが一目で分かる、一分一秒を争うほどの重傷だった………筈なのだが何をどうしたのかその怪我はまるで初めから無かったかのように消えてしまっていた。
奈緒から目を離したのはほんの数秒。どんなに軽度だろうと人間の怪我や傷が数秒で直ることなんてありえないだろう。
あの後直ぐに怪人と戦うことになってそれどころではなかったため忘れかけていたが、普通に考えたら異様過ぎる光景だ。
「あれはどういうトリックだ?」
「それは、これのおかげです」
レモンティーを口にしながら奈緒が取り出したのは、あの水晶玉だった。
改めて見てみると鬼のような顔が描いてある前半分はドーム形で後ろは平面、そしてレールのようなものが付いているという不思議な形で、神秘的な雰囲気を纏うそれからは何とも言えない力のようなものを感じる。
「俺が使った水晶玉……」
「なぁそれ、一体何なんだよ?虚空蔵、変身したよな……?」
「虚空蔵くん、変身しちゃったよねぇ……」
未だ現実味が湧かない夢芽といつも以上にフワッとしている美弥ちゃん。正直俺も二人と同じような感想だ。
訳が分からないまま異形の姿に変身し、訳が分からないまま異形の怪人と戦う……現実味を感じろという方が無理だろう。
まだ何も分かっていない俺達に奈緒は説明していく。
「これはスペクターオーブ。
〝スペクター〟に変身するための変身アイテムです」
「スペクターオーブ……」
奈緒が手にしている水晶玉……スペクターオーブには確かに俺が変身したあの姿とほぼ同じ顔が描かれていた。
〝ほぼ〟というのは、俺が変身したスペクターが灰色と白だったのに対し、オーブに描かれているものは〝青と黒〟で微妙に差違があったからだ。
「このスペクターオーブの力を持ってすればあの程度の怪我即全快ですよ。
これは超人スペクターの基本形態に変身するためのスペクターオーブ、スペクタースペクターオーブです」
「何回スペクターってんだお前」
「いやツッコむとこそこかよ」
俺と夢芽のやり取りに美弥ちゃんが笑う。
可愛い。
「いや~それにしても本当に良かったです、虚空蔵さんがオーブに適合してくれて。
これは誰でも使えるような代物じゃありませんから」
「? そうなの?」
「はい。スペクターに変身できるのはオーブに適合できた人間だけなんですが、まぁこの確率がめちゃんこ低くてですね。
那由多に一とか不可思議に一とかそういうレベルなんですよ、冗談でも大袈裟でもなく。
もしあの場で虚空蔵さんが適合出来なかった場合、私達全員あそこでジ・エンドだったわけですよ。
いや~本当に良かった良かった」
そんな重要なことを、さらっと口にした奈緒を睨み付ける。
「……平然と言ってくれやがるけどよ、思ってた以上にヤバかったんじゃねぇかあの状況」
「てへっ♡」
「はっ倒すぞ」
「まぁまぁ虚空蔵くん……」
「じゃあ、虚空蔵が変身したアレが……?」
「はい、あれがスペクター。
エヴォリオルに対抗出来る唯一の存在です」
「エヴォリオル……って、あの怪人?」
「はい、魔皇石によって生み出される怪物。
それがエヴォリオルです」
「デモンストーン?」
聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべる俺達。
名前を聞いた感じろくでもねぇ物なのは間違いなさそうだが。
「無限の力とエネルギーを内包した、結晶体として具現化された森羅万象や全知全能そのもの、それが魔皇石です。
どこの世界で、宇宙のどこで、自然発生したものなのか、それとも誰かが人為的に生み出したものなのか、人為的ならば一体誰が何の為に……その一切が不明です。
ただ一つ分かっているのは、人智を遥かに超越した凄まじい力を持っていることだけです」
結晶と聞いて俺が思い出したのは、あの怪人の最期だった。
あの怪人は死ぬ際体から急速に色が無くなり、灰色のクリスタルのようになってから粉々に砕け散った。
俺に倒されたことでその魔皇石とかいう結晶が力を失った…ということだろうか……?
「この魔皇石の最大の特徴にして最も恐ろしい点は、
〝同じ魔皇石以外のありとあらゆる力を完全に無効化してしまうこと〟です。当然魔皇石の力を持つエヴォリオルも同様です。
奴らにはこの世の全ての事象や理屈、理論、法則、人間が考えうる限りありとあらゆる対抗策……その一切が意味を成さない最凶最悪の存在です」
「………どうりであれだけ殴っても効かねぇわけだ。無効化されちゃあな」
「話がおっきいねー」
俺は忌々しさを隠さずに吐き捨て、その横で美弥ちゃんが能天気なことを言う。
そんな俺を横目に奈緒は続きを話していく。
「そしてこの特性は〝最強の盾〟であると同時に〝最強の矛〟でもあります。
常時無敵のチート使い放題みたいなもんですからね。
自分達は好き勝手暴れるくせに相手側の能力や攻撃は問答無用で無効化みたいな、クソ理不尽の塊です。
三次元どころか二次元まで含めたとしてもエヴォリオルに勝てる存在なんていませんね、もう断言出来ます。
攻略不可能とか最強なんて生半可な言葉では足りません。
古今東西の漫画やアニメの最強キャラ根こそぎかき集めてきて一斉に最強技ぶっぱなしてもかすり傷どころか微動だにすらしませんよあいつら」
奈緒は椅子の背もたれに体を預け、やさぐれたように笑う。
その姿は妙に様になっていて、お世辞にも女性がやって褒められるような姿勢ではないそれが似合うというのは奈緒がどんな体験をしてきたのかを端的に物語っているような気がした。
「………まぁ、トンでもねぇイカれた化け物だってことはわかった」
「えぇイカれてます。そのせいで私の世界は……」
奈緒が何かを言おうとした時、玄関からガチャ、とドアの開く音がした。
「ただいま~」
「! 悪い、ちょっと待ってろ」
三人を待たせて台所を出るとちょうど優衣も階段を降りてきたところだった。
二人で玄関へ行き、声の主を出迎える。
「「お姉ちゃん、お帰りなさい」」
流れるような黒髪は肩甲骨を超えるほどの長さ、穏やかな眼差しに優しく微笑んでいるような顔は絵画に描かれている女神のようでその甘い声は耳に心地いい。
スーツに身を包んだその女性の名前は七ヶ浜杏。
俺と優衣の〝姉〟だ。
「二人共ただいま~」
「お疲れ様です。カバン持つよ」
お姉ちゃんからカバンを預かり、少し屈んで頭を出す。
そしてお姉ちゃんの手が俺と優衣の頭の上に置かれ、優しい手つきで撫でられる。
まぁいつものルーティン、お約束みたいなものだ。
「ん…………」
「えへへ……」
「ふふっ」
ひとしきり撫でられ、お姉ちゃんの手が頭から離れる。
……正直もう少し撫でて欲しかったが内緒にしておこう。
「んー、お腹空いちゃった」
「ご飯もう少しで出来るよ。優衣、悪いけど手伝い頼めるか?」
「うん、わかった」
そうして三人で台所へ戻る。
「あ!杏ちゃんこんばんはー」
「杏ちゃん、おじゃましてるぜ」
「あ、美弥ちゃん夢芽ちゃんいらっしゃーい」
年の差を感じさせないフランクな挨拶を交わす三人。
お姉ちゃんは二人から見れば年上の幼なじみであり、美弥ちゃんと夢芽からは昔から本当の姉のように慕われている。
お姉ちゃんもそんな二人を本当の妹のように可愛がっており、今でも仲はすこぶる良好だ。
「……あれ、そっちの子は?」
お姉ちゃんが奈緒に気付くと奈緒は軍人のように背筋をビシッと伸ばす。
「は、はじめまして。私っ、仙台奈緒と言いますっ」
「はじめまして、私は七ヶ浜杏と言います。
んーと……虚空蔵ちゃんのお友達かな?」
「まぁそんなとこかな……お姉ちゃん、ちょっとこいつのことで話あるんだけど、いいかな?
〝月姉〟にも言うつもりなんだけどさ」
「? うん、いいよ」
お姉ちゃんに礼を言うと、美弥ちゃん達に向き直る。
「時間も時間だし今日はここまでだ。
詳しくは明日聞く」
俺がそう告げると奈緒の顔が一瞬強張るが、直ぐに元に戻る。
「りょーかいです!じゃあまた明日ということで!」
チョリースという効果音でも付きそうな奈緒のことを美弥ちゃんと夢芽は心配そうな顔で見ている。まぁどう見ても強がってるしな。
だが、優衣やお姉ちゃん、そしてこれからもう一人帰ってくる状況でこれ以上この話は出来ない。美弥ちゃんと夢芽は成り行き上仕方ないにしてもわざわざ他を巻き込む必要はないだろう。それが自分の家族なら尚更だ。
「美弥ちゃん、夢芽、コロッケ忘れずに持ってけよ」
「うん……」
「…おう」
二人はコロッケの入ったタッパーを持ち、奈緒を案ずるような顔で帰っていった。
二人を見送り台所に戻ると奈緒が恐る恐る口を開く。
「虚空蔵さん差し出がましいんですけど、もうこんな時間だし女子二人だけって危なくないですか?
送っていった方が……」
奈緒の言い分は最もだ。既に時計は5時半を過ぎ、
外もだいぶ日が落ちてきている。そんな時間に女子高生が二人というのは確かに心配だろう。
美弥ちゃんと夢芽は近所では美人姉妹として有名であり、尚更と言える。しかし、その心配は無用だ。
「心配ねぇよ。二人の家は直ぐ隣だ。」
俺達七ヶ浜家と多賀城家は所謂お隣さんであり、玄関から数えても十秒ちょっとで着く。
塀を乗り越えれば更にショートカット出来るし、なんなら漫画やアニメで見るような屋根伝いにお互いの部屋を行き来することも可能だ。今でもしょっちゅうこの移動方法で互いに行き来しているまである。
「家が隣同士の幼なじみ………現実にいるもんなんですねぇ」
「ついでに言うと産まれた病院も一緒だ」
「……マジっすか?」
俺達三人は、産まれた病院から今日に至るまで交流が途切れたことはない。
幼稚園、小学校、中学校、そして今の高校、クラスが別々になったことはあれど全て同じ所に通っている。
小さい頃から三人一緒で周りからも三人一セットで覚えられているらしく、一人でいたり誰かが欠けていると却って珍しがられることもあった。
見る者によっては腐れ縁というのだろうが、俺にとってはそんな言葉で語ってほしくはないし語らせない、大切な存在だ。
「……よし、そろそろ食べられるよ」
そうこうしている内に支度が終わり、野菜炒めやコロッケを皿に盛っていく。 と、
「たーだいまー♪」
再び帰宅を告げる声が玄関から聞こえてきた。
「あ、お姉ちゃん帰ってきたねー」
「え、杏さんの上に更にお姉さんがいるんですか?」
「まぁな、ちょっと待ってろ」
再び玄関に向かうとそこには俺達三人の姉、〝七ヶ浜菜月〟が立っていた。
ピンクのインナーカラーを入れたゆるい茶髪にいたずらっ子のような笑顔がよく似合う、どこか子供っぽい雰囲気を纏った人だ。
お姉ちゃんも優衣もそうなのだが、結構な美人だと俺は思う。
「おかえり月姉」
「こっこただいま~。いやぁ~疲れたお腹空いた~。
あずーはもう帰ってきてる?」
「うん、帰ってきてるよ。
直ぐに飯食えるからとりあえず手ぇ洗ってくれば?」
俺の言葉に「りょーかーい」と答えて月姉は洗面所へと向かっていった。
台所に戻り、優衣と一緒に四人分……に一つ加えた五人分の夕飯を取り分けていると支度を終えた月姉が台所に入ってくる。
「お姉ちゃんお帰りー」
「月お姉ちゃん、お帰りなさい」
「あずーゆいゆいただいま~~……おぉ?その子は?」
「あぁ、こいつは……」
「は、初めまして。私、仙台奈緒と言います。
虚空蔵君のお友達でしゅ……」
「へ~そうなんだ!私はこの子達のお姉ちゃんの七ヶ浜菜月でーす、よろしくね~」
頭を下げる奈緒にふりふりと手を振る月姉。するとニヤニヤしながら俺に近づいてきた。
あ、面倒くさいヤツだなこれ。
「なに」
「や~こっこが美弥ちゃん夢芽ちゃん以外の女の子を連れてくるなんてさ~。しかもこーんな可愛い子をね~、いつの間にプレイボーイになったん君~?」
俺の頬にうりうりと指を押し付けてくる月姉。
それをスルーし、五人分の晩飯をテーブルに並べていく。
月姉がふくれているがそれもスルー。
そして食べる準備が整い、全員が椅子に座ったところで姉二人に話を切り出す。
「お姉ちゃん、月姉。奈緒のことで話があるんだけど……」
「? うん」
「お、なになに~?」
「うん、実はさ……」
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多賀城家 PM18:04
「虚空蔵くん…大丈夫かなぁ……」
自室の窓から虚空蔵くんの家を見つめる。
さっきからずっと心配でそわそわしてて落ち着かない。
(あの時の奈緒ちゃん、一瞬だったけどすごく悲しそうだったな……出来ることなら力になりたいけど……)
そうして考えていると夢芽ちゃんの手がポンと肩に乗る。
「美弥姉ぇそんな心配すんなよ。虚空蔵のことだからよっぽどのことじゃない限り無下にしたりはしないって」
夢芽ちゃんはそう言ってニカッと笑う。
確かに虚空蔵くんのことは信じてるし、本当はとても優しい人だってことも知ってる。
でも、それでもやっぱり心配になってしまう。
「でも夢芽ちゃん、あの時の奈緒ちゃんの顔、すごく辛そうだったから……話を全部理解できたわけじゃないけど、奈緒ちゃんって多分かなり大変な思いをしてきたと思うんだ。だから、出来れば力になりたいなって……」
「それはそうかもだけどよ、オレ達なんかに何か出来るような案件かこれ?
あの今まで負け無し、常勝無敗の虚空蔵ですら相手にならなかった化けモンが相手だからな。
虚空蔵で勝てないとなると、まず人間じゃ勝てないよ」
夢芽ちゃんの言う通り虚空蔵くんはとても強い。
どんな人が相手でも今まで誰かに負けたことはなかったくらいに。
その虚空蔵くんが手も足も出なかったことがどれだけ危ない状況だったか、私達にはよく分かっている。
モヤモヤした気持ちで悩んでいると、下からママに呼ばれる。
「美弥ちゃ~ん夢芽ちゃ~ん、そろそろご飯にしましょ~」
「……だってさ美弥姉ぇ。とりあえず悩むのは腹満たしてからにしようぜ。腹が減ってはなんとやらって言うだろ?」
「うん……」
夢芽ちゃんの促されて私達二人のお部屋を出る。
(……うん!後で虚空蔵くんに聞いてみよう!)
内心で気持ちを切り替えて私は下へと降りた。
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「そっか……大変だったんだね……」
「成る程ね……」
お姉ちゃんは優しい目で、月姉はさっきとは打って変わって真剣な顔で奈緒の話を聞いていた。
奈緒のことを二人に話したのだがまさか本当のことを馬鹿正直に話すわけにもいかず、『不慮の事故で両親を失い、他に頼れる親戚や親族もいない天涯孤独の少女』とだけ話したのだ。
話した内容は完全にでっち上げなのだが全くの嘘でもないのが我ながら何とも言えない感じになってしまった。
「よっしゃ!奈緒ちゃん、ウチにおいで!」
「え……い、いいんですか?」
驚く奈緒にお姉ちゃんが頷く。
「うん、もし今後の予定や当てがないならしばらくはうちに居て、これからのことをゆっくり考えるといいんじゃないかな。ね、お姉ちゃん」
「そうそう、このままウチを出たって行く当ても身内もお金もない以上いずれ行き倒れ確定の放浪者になっちゃうからね。黙って見過ごすわけにはいかないなぁ」
「で、でも大丈夫なんですか?親御さんの許可とかいるんじゃあ……」
奈緒の言葉に月姉は苦笑いしながらこう返す。
「それは心配しなくていいよ。
あたし達のお父さんとお母さん、もう亡くなってるから」
月姉の言葉に奈緒は二の句が継げずに固まる。
「今から七年前に事故でね……今は私達四人で暮らしているの」
お姉ちゃんの言う通り、俺達の両親は七年前に他界している。二人が死んだと聞かされた時の言葉にし難い感覚、心にポッカリと穴が空いたような感覚は今でもハッキリと覚えている。
なんでも夜のドライブに出掛けた際に何かしらの事故に遭い、そのまま帰らぬ人になってしまったらしい。
以来俺達姉弟はおじいちゃんとおばあちゃんの援助を受けながら四人で協力しあって生きてきた。
月姉とお姉ちゃんは、当時まだ幼かった俺と優衣を育ててきてくれた育ての親にして敬愛する大恩人だ。
「……まぁ、そういうことだ。月姉とお姉ちゃんがいいっつってんだから気にすんな。
あと親がいねぇからって変な気遣いだの遠慮はすんなよ、気まずくなるだけだ」
俺が言うと奈緒は俯いて思案する。
そうして少し悩んだ後、
「……分かりました。ではお言葉に甘えてしばらくお世話になります。これからよろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。
「はい。これからよろしくね、奈緒ちゃん」
「あ、お金のことは心配しなくていーよー。
私もあずーも働いて稼いでるから、食べ盛りの男子ならともかく女の子一人なら問題ナッシン♪」
「……じゃあそろそろ飯食うか。腹減った」
いただきます、と挨拶をして夕飯を食べ始める。
「お兄ちゃん、コロッケ美味しいっ」
「そーかそーか、そりゃ良かった」
「いや~仕事の後の弟の手料理は最高だねぇ~、お腹に沁みるぅー」
「虚空蔵ちゃん、今日もとっても美味しいよ」
「ありがとう、お姉ちゃんにそう言ってもらえたら何よりだよ」
俺達が和気藹々と食べているのを見て最初は遠慮気味だった奈緒も箸を持ち、恐る恐るコロッケを一つ取って口へと運ぶ。
「……!なにこれ、すっごく美味しい……」
目を見開く奈緒。
どうやらお気に召して頂けたらしい。
「………………」
「! おいどうした……!?」
突然奈緒の目から涙が零れた。
涙はそのまま溢れ、ポロポロと頬を伝って落ちていく。
声を上げて泣くわけでも嗚咽を押し殺しているわけでもなく、無意識に汲み上げてきたものがそのまま流れているような、そんな涙だ。
真珠のような涙を流しながら奈緒は申し訳なさそうに謝ってきた。
「あははは、すいません急に……何分あったかいご飯なんてしばらく食べてなかったものですから感激しちゃって……やっぱり温かいご飯っていいですねぇ」
笑ってそう言う奈緒は本当に嬉しそうで、一口一口を噛み締めるように食べる。
「うちの弟の料理、めっちゃ美味しいでしょ?
こう見えて意外と家庭的なんだよねー。謝る必要なんてないからさ、奈緒ちゃんもじゃんじゃんバリバリ食べちゃってね!」
「奈緒さん、大丈夫……?」
「奈緒ちゃん、お腹いっぱい食べてね」
こうしていつもとは違う、しかしいつもよりも暖かい夕飯の時間は過ぎていった。
PM10:58 二階 虚空蔵の部屋
「本当に敷くか普通………」
今俺の部屋には二つ布団が敷かれている。
一つは当然俺の、そしてもう一つは……
「まぁまぁいいじゃないですか~」
奈緒のものだった。
何故こんな状況かと言うと、本音かそれともトチ狂ったのかは知らんが『人肌が恋しくて誰かと一緒に寝たい』とのたまい、来客用の布団を持って強引に俺の部屋へ突撃してきたからだ。
ならお姉ちゃんのどっちかと寝ろよと言えば『あんな良い人達にこれ以上迷惑をかけるのは忍びない』とほざいて俺の部屋に陣取ったのだった。
挙げ句月姉は『別にいいんじゃなーい?面白そうだし♪』と割りと簡単に(勝手に)了承し、お姉ちゃんからも『今日だけは一緒に寝てあげたら?』と宥められ結局押し切られて今に至る………まさか本当に寝る気だとは思わなかったが。
「虚空蔵さん虚空蔵さん」
「んだ」
「襲っちゃヤ♡」
「窓から放り投げてやろうかたわけ」
ウッキウキでからかってくる奈緒を一睨みするが全く意に介さず、何故か楽しそうに俺の部屋を眺める。
「いやぁ~それにしても虚空蔵さんって顔に似合わず特撮オタクなんですねー」
奈緒の言う通り俺の部屋にはたくさんの特撮グッズが飾られている。
俺は超が付く特撮オタクであり、ライダーから戦隊、ウルトラマン、その他古今東西メジャーからマイナーまでいろいろな特撮作品を嗜んでいる。
特に仮面ライダーは人生と言っても過言ではないレベルで大好きな作品で持っている玩具も8~9割がライダー、ここ数年の玩具やグッズはほぼ全て買い揃えてある。
玩具屋、リサイクルショップは定期的に覗きに行くし映画は必ず公開初日の最初の時間で観る。
バイクに乗ってるのもライダーに憧れたからだし、車よりバイク派なのも間違いなくライダーの影響だ。
アメコミヒーローも好きだし、ヒーロー物については我ながらかなりの雑食だと思う。
「似合わなくて悪かったな……まさか人の好きなもんにケチつける気じゃねぇだろうな?」
「まっさかぁ。趣味嗜好なんて人それぞれですよ、文句だなんて」
外人のリアクションのように大仰に肩を竦める奈緒。
そこはかとなく腹が立つが怒るのもアホらしいので何も言わない。
「まぁ真面目な話、犯罪に足ツッコんでるような趣味でなければ大丈夫じゃないですかね………ところで虚空蔵さん」
「今度はなんだ」
「虚空蔵さんってオトメンですか?」
特撮グッズが飾られている棚の隣、クローゼットの上には大きい物から小さい物まで可愛らしいぬいぐるみが大量に置かれている。
パッと見男が集めるようには見えないものばかりで隣にある特撮グッズと並ぶと割とカオスな光景だった。
小さい頃からこういう可愛いものやマスコットキャラは好きでこのぬいぐるみ達は優衣やお姉ちゃんと一緒に集めたものだ。
「まぁ、世間一般的に言えばそうなんじゃねぇの。
妹とお姉ちゃんと一緒に集めたんだよ」
「可愛いもの好きの不良とかギャップ萌えですかあざといですかそうですか」
「やかましいさっさと寝ろ」
ふざける奈緒にそれだけ言って電気を消し、布団を被る。
奈緒はブーブーと頬を膨らませるが俺が反応しないためか直ぐにゴソゴソと布団に潜った。
「……虚空蔵さん」
「……なんだ」
「……さっきの続き、話してもいいですか?」
「そのために俺の部屋に来たんだろ、話せよ。
聞くだけは聞いてやる」
「ありゃ、バレてました」
奈緒はおどけた口調で笑うと静かに、意を決するように口を開いた。
「私の世界は、エヴォリオルに滅ぼされました。」
予想は出来ていた。
お姉ちゃんが帰ってくる直前に言いかけていた言葉からして、恐らくそうなんだろうと。
なんて言葉を返せばいいのか、どう反応したらいいのかずっと考えていたが、いざ実際に本人の口から聞くと気の利いたセリフの一つも出てこなかった。
同情か?義憤か?最適解が見つからない。
「ヤツらは、ある日突然私の世界に現れて……何もかも奪っていきました……全部、全部……!あんなクソ共のせいでっ……何の罪も無い人達が大勢死んでいったんです……!!
私の友達も、日常もっ…………あんな……」
奈緒の声には、散々怒号や罵声を聞き慣れている俺でさえ圧倒されるほどの怒りと殺意、そして悲しみが満ち満ちていた。
最早人間とはここまでの怒気や怨念を言葉に込めることが出来るのかと、そう思うほどの迫力だった。
なんとか声を絞り出し奈緒に問う。
「お前以外に生き残ってる人間は……」
「いません。仮に奇跡的に生き延びている人がいたとしても数えるほどしかいないでしょう。
何より、人が幾らか生き残っていたところで文明が崩壊してる以上世界の復興は不可能です」
あまりに絶望的。あまりに救いの無い言葉。
一体自分の世界でどれだけの地獄を見てきたのだろうか。
どれだけの悲しみを味わってきたのだろうか。
どれだけ凄惨な絶望に打ちのめされてきたのだろうか。
考えたくもない考えに沈みかけた時、
「虚空蔵さん」
「なんだ」
「今からとんでもないこと言ってもいいですか」
「聞くだけ聞いてやる」
奈緒は数秒悩んだように溜めた後こう言った。
「私と一緒にエヴォリオルと戦ってくれませんか?」
奈緒のその言葉に俺は、
「……悪い、無理だ」
それだけ短く返した。
「……っ!お願いします!スペクターに変身できるのは虚空蔵さんしかいないんです……!
この世界を守れるのは貴方だけ、貴方が戦わなければこの世界は滅びるんですよ!それでもいいんですか!?」
「うるせぇお姉ちゃん達が起きんだろボケ……!!」
「っ……ごめん、なさい……」
小声で奈緒を一喝し、続ける。
「俺が戦ったのは、戦えたのは、美弥ちゃんと夢芽がいたからだ。
あの二人を守るために必死だったんだよ、いっぱいいっぱいだったし本当に死ぬかと思った。あんな思いはもう二度とゴメンだ。
大体、俺は正義感や自己犠牲の精神であんなバケモンと戦えるほど人間出来ちゃいねぇ。悪いが諦めろ」
「そんな……」
「俺はもう寝る。お前もさっさと寝ろ」
俺はそう告げて奈緒に背を向ける。
背中ですすり泣く声を聞きながら、俺は眠りに落ちた。
翌日 城東学園 AM8:32
「そっか、そんなことがあったんだ……」
次の日、俺は学校で二人に奈緒のことを話した。
「まぁ奈緒には悪いけどよ、虚空蔵の反応が普通だよなぁ」
苦い顔で呟く夢芽。
『奈緒の気持ちも分からないわけではないが、だからと言ってそんな無茶苦茶な頼みを引き受ける人間はいない。』
遠回しにそう言ってるように思えた。
だがその通りだと俺も思うし、実際に断った。
と、美弥ちゃんが心配そうな顔で口を開く。
「虚空蔵くん、大丈夫?」
「? なにが?」
「なんだか辛そうに見えたから……奈緒ちゃんのお願いを断ったこと、後悔してるんじゃないかって思って」
「後悔?まさか」
表面上は否定するものの美弥ちゃんの心配は全くの杞憂というわけではなく、俺は内心後味の悪さと罪悪感に苛まれていた。
奈緒の頼みを断ったことに対する申し訳ない気持ちはある、だがあんな怪人と戦って世界を救えなんて俺みたいなただのドロップアウトには荷が重すぎる話だ。
「…………」
そうこうしている内に担任が入ってきていつものようにホームルームが始まる。
結局、頭の中に何かが詰まったような感覚が消えることはなかった。
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「はぁ……どうしよう……」
私はお茶の間のソファに背中を預け、天井を仰ぎながらため息をついていた。
今日は起きてからずっとため息ばっかりついている。
その原因はもちろん昨日の頼みを虚空蔵さんに断られたこと。
でも虚空蔵さんの言ってることも分かる……というか虚空蔵さんの言い分はもっともだ。
テレビのヒーローのような行動、決断が取れる人間が、果たして現実にどれほどいるだろうか。
なんのメリットも見返りも無くあんな怪人と戦えなんて無茶もいいところ、断るのが当然と言える。
何より、誰だって死にたくはないんだから。
「虚空蔵さん……貴方でなければいけないのに……」
どうやったら虚空蔵さんを納得させることができるか。
もう一度考えようとしたその時、
「…………!!〝あいつら〟また……っっ!」
不穏な気を感知し、直ぐに固定電話へと走る。
『お願いだから出てくださいよ……!!』
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昼休み。
美弥ちゃん、夢芽、楽人の三人と昼飯を食べていると、ポケットに入れていたスマホが振動する。
見てみると画面には家の番号。
何事かと思い、電話に出ると電話の主は奈緒だった。
『虚空蔵さん!今、今大丈夫ですか!!』
「なんでお前俺の電話番号知ってんだ?教えた覚えねぇぞ」
『んなこたぁどーでもいいんですよ!!
またエヴォリオルが出ました!お願いします!』
「またそれか……言ったろ、俺は戦わない」
『何言ってるんですか!!貴方が戦わなければそのせいで何の罪もない人達が大勢死ぬんですよ!
それでもいいんですか!?』
奈緒の責めるような言い方に、俺も語気が荒くなる。
「うるせぇそんなに言うならお前がやれ!
んな口の利き方が人に物頼む態度かよ、大体俺の都合はガン無視してもOKってかふざけろよバカ野郎。
俺に偉そうに文句言う前にまずは手前ぇがやれボケ!!」
俺の怒鳴り声で教室の雰囲気が一気に冷える。
三人もきょとんとした顔で俺を見ている。
正直関係ない連中には申し訳ないとは思う。が、ここでガツンと言っておかなきゃこっちも収まりがつかない。
「どうした、言いてぇことがあんなら言え」
『……ってんだよ……わかってんだよ!迷惑かけてることなんて百も承知なんだよ!
でもしょうがないじゃないですか!私は変身できないんですよ!どんなに戦いたくても戦えないんですよ!
誰が好き好んでこんなことに他人巻き込むかよ!
自分で戦えるんだったら端からそうしてんだよ舐めんじゃねぇ!!』
奈緒の凄まじい剣幕に圧倒される。
言い分は滅茶苦茶だ。奈緒が戦えないことと俺が戦わないことは何の関係もない。
逆ギレすんな、これだけで終わりだ。
『…………虚空蔵さんお願いです……勝手な頼みなのはわかってるんです……でも、この世界を救えるのは貴方だけなんです!
もう、私の世界みたいな地獄は見たくないんですっ……!
お願いします、虚空蔵さん……戦って……!!』
知るか。そう言えたらどれだけ楽か。
奈緒の訴えを聞いた時、何かが吹っ切れた気がした。
「何処だ」
「え……?」
「だがらっ、俺は何処さ行きゃあいいんだ!
やってやるよクソッタレ!!やりゃあいいんだろ!」
「虚空蔵さん……!ありがとうございます!!」
「場所は何処だっつーんだよこの野郎!」
「閖上の埠頭まで来てください!私もすぐ向かいます!」
電話を切り、弁当の残りをかっこむと空になった弁当箱を鞄に突っ込む。美弥ちゃんと夢芽もなんとなく察したのか、急いで弁当を食べ終える。
「こ、虚空蔵殿?美弥殿夢芽殿も何事でこざるか?」
「悪ぃ楽人、先公来たら俺達は急用で帰ったっつっといてくれ」
「ほ、ほぉ?」
混乱している楽人に心の中で謝りながら俺達は教室を後にした。
「虚空蔵くん」
「どしたの」
「また戦うの?」
「…………ごめん。見捨てられなかった」
「うんうん、謝ることなんてないよ。
虚空蔵くんが危ないことをするのは嫌だけど……奈緒ちゃんの力になってあげたいんだよね?虚空蔵くん優しいから、こうなるんじゃないかなーって思ってたの」
「……美弥ちゃんには勝てねぇなぁ」
駐輪場に着いた俺達は急いでバイクに跨がり、奈緒に指定された場所へと急いだ。
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閖上 埠頭 PM13:28
「何だよこりゃ……」
目的地に着いた俺達の目に飛び込んできたのは、埠頭の至るところに人が倒れている異様な光景。
あちこち真っ赤になった埠頭に倒れている人達の体はあり得ない方向に曲がっていたりへし折れたりしていた。
中には体が真っ二つになって見えちゃいけないものが見えている人もいる。
咄嗟に美弥ちゃんの視界を腕を隠す。
「こ、虚空蔵くんっ、前が見えないよ~?」
「美弥ちゃんは見なくていいんだよ、目ぇつむっとけ」
バイクから降りて比較的原形を保っている人に駆け寄るが既に息はしていなかった。
他の人達もうめき声どころか呼吸の音一つ立てていない。
ふと、奈緒の言葉が頭をよぎる。
『貴方が戦わなければ、そのせいで何の罪もない人達が大勢死ぬんですよ!』
……俺のせいか?この人達が死んだのは。
いや、そんなわけはない。それは流石に気にしすぎだ。
通報を受けて殺人現場に来た警察に『なぜあの人を助けてくれなかったのか』と言う人間はいないだろう。
俺のせいでは断じてない…………しかし、一度意識してしまうと嫌でもその考えに囚われる。
嫌な考えを振り払おうとしたその時、
「おぉ、お前が例の新しいスペクターかぁ?」
声のした方を見ると、一人の男が立っていた。
派手なタンクトップにロングコート、オールバックにサングラスと怪しさ満点の格好で近付いてくる。
「………犯人はテメェか」
「ピンポーン。暇潰しに適当にね」
「なに、これ……どうしてこんな……」
「! 美弥ちゃんっ、見ちゃだめだって!」
美弥ちゃんの悲痛な声に男は半笑いで答える。
「人間なんて腐るほどいるじゃん?たかが数百数千死んだところで大したことないでしょ。
むしろ多過ぎる人間の数減らすにはちょうどいいじゃん。エヴォリオルの暇潰しに役立ったってむしろ誇れるし、良くない?」
「そんな……」
「化けモンに人間の理屈は通用しないってことだよ美弥姉ぇ!耳なんて貸さなくていいっ」
「夢芽の言う通りだよ、理解出来ねぇし理解する必要もねぇ。ただのゲス野郎で十分だ」
「………あっそ、じゃあ死のうか」
男はコートからスペクターオーブに酷似したアイテムを取り出し、スイッチを押す。
『エレファント……!』
手から離れたオーブは体内に取り込まれ男の姿が異形に変わった。
その姿形は象に似ており、頑強な肉体の上半身からは象の牙を模した鋭いブレードが生えている。
更に象の特徴である長い鼻は装甲に覆われ、ハンマーと鞭が合体したような重厚さとしなやかさを感じる。
「向こうもオーブで変身すんのか!?」
「ほら、そっちも変身しろよ。
まさか変身もしないで勝てるとか思ってんのー?」
「こっちだって変身出来りゃあしてんだよ……!」
変身したいのは山々だがオーブは奈緒が持っている。
奈緒がこなければスペクターには変身出来ない。そしてその肝心の奈緒はまだ来てない。
「人呼びつけといてあんの野郎っ……!!」
エヴォリオルに向かっていき、勢いよく蹴り飛ばす。
しかし昨日同様全く効かず、エヴォリオルが繰り出してくる攻撃を死ぬ気で避ける。
攻撃を躱しつつ美弥ちゃんと夢芽から離れていき、出来るだけ二人を敵の射程範囲から遠ざける。
「ほらぁ!」
「っ!」
蛇腹剣のように迫る鼻の一撃を何とか躱すと、後ろのコンクリの壁が粉々に砕け散った。
生身の人間がこれを食らえばどうなるか、その答えが倒れている人達だろう。内心ゾッとする。
「ぉうらっっ!!」
力いっぱいエヴォリオルを殴り飛ばす。僅かにエヴォリオルを後退させたが、やはりダメージは無い。所謂ノックバックだけだ。
直ぐ様距離を取って次の一手を考えていたその時。
「虚空蔵さんっ!」
「! 奈緒テメ遅ぇぞっ!!」
「すみま、せんっっ!!」
やっと到着した奈緒からスペクターオーブを投げ渡され、スイッチを押す。
「変身!」
『カクセイ!スペクター!』
ようやくスペクターに変身できた俺はエヴォリオルに飛びかかり、勢いよく投げ飛ばす。
さっきはギリギリで躱していた攻撃も今では簡単に見切れ、敵の攻撃を躱しつつパンチやキックで打ちのめす。
俺が戦えることが予想外だったのかエヴォリオルは動揺して防戦気味になり、そこをガンガン殴っていく。
「ちぃっ!ふんっ!」
苦し紛れに振り回してきた鼻も掴み取り、上に放り投げる。そして落ちてきたところを蹴り飛ばしてふっ飛ばした。
「ぐっ、おぉ……!」
「たぁぁぁぁっ!!」
起き上がりにフィニッシュのドロップキックをぶちかまし、エヴォリオルを海へと叩き落とす。派手な水しぶきを上げてエヴォリオルは海中に沈んでいった。
「虚空蔵やったな!」
「虚空蔵くん、おつかれ様」
二人に手を挙げて答える。
念のために本当に撃破できたかを確認するため、海面を覗き込む。
「特に異常なし、か」
そういって戻ろうとした時、
「ヒャッッッハァァァァァッ!!」
「!!?」
海から巨大な象が飛び出してきた。
「……マジかよ…!」
甘く見積もっても三階建ての校舎ぐらいはあろうかという巨大で厳つい象の化け物の頭頂部には、さっきの象のエヴォリオルの上半身が付いていた。
「おぅらはぁっ!!」
「っぶねぇ!」
押し潰そうとしてきたエヴォリオルを辛うじて躱す。
しかし巨体に撥ね飛ばされ、なんとか受け身を取るが猛スピードで突っ込んできたエヴォリオルに再度ふっ飛ばされた。
美弥ちゃん達のところまで転がり戻った俺は変身が解けて人の姿に戻ってしまう。
「グッ……痛ってぇなクソ…!」
「虚空蔵くん!」
「虚空蔵!」
駆け寄ってくる二人。
エヴォリオルは俺達を見下ろしながら得意気に笑う。
「ま、所詮人間だけど結構やる方だったわ。
その色のスペクターでここまで戦えるとかなかなかじゃん。でも完全に力を発揮できてないようじゃねぇ」
その台詞でハッとする。
そうだ、俺がさっき変身したスペクターは不完全体。
本来の姿はオーブに描かれている通り〝青と黒〟の筈。
ならその本来の姿になれれば……
「奈緒っ!!完全なスペクターになるにはどうしたらいいんだ!」
「覚悟ですっ!戦う覚悟、必要なのはそれです!!」
奈緒の言葉を受けて考える。
戦う覚悟。一度それを決めれば、恐らくこの先もこいつらとの戦いに巻き込まれることになるだろう。正直それは御免だ。
だが俺が戦わなければ今回のようにたくさんの犠牲者が出てしまう。挙げ句世界が滅びるかもしれないときた。どっちを選んでもとんでもなく面倒くさい。
……だが、あの凄惨な光景を見てのうのうと知らんぷりで生きていけるほど、俺もバカじゃなかった。
「一つ確認だ。スペクターに変身できるのは俺だけなんだな」
「はい!スペクターになれるのはただ一人、虚空蔵さんだけです!」
「ヤバくなったら逃げるかもしれねぇぞ。それでもいいのか」
「だとしても、お願いしますっ……!」
「……わかった。
なら、俺に行けるところまで付き合ってやる!!」
俺が叫ぶとそれに呼応するようにオーブが青く輝く。
どうやらイケるようだ。
「!? ベルト?」
突然腰に現れたベルト。
スペクターの横顔を模したバックルには向かって左側に何かを装填するためのスロットがついていた。
それを見て瞬間的に使い方を理解した俺はオーブのスイッチを押す。
『ソルジャー!』
「美弥さん、夢芽さん、こっちに」
「え?」
「おい、なんだよ?」
憧れのヒーローのようにポーズを構え、スロットにスペクターオーブを装填し、押し込む。
『チェンジ!スペクター!』
「変身っっ!!」
瞬間、青い炎に全身が覆われ、周囲に衝撃波が走る。
「うわっちょお!??」
「こ、虚空蔵くん燃えてる……」
炎の中で、俺は俺でなくなる。
肉体が作り変えられ、異形に変わる感覚。漲る力。
そして炎を掻き消した時、俺の姿は真のスペクターへと変わっていた。
灰色と白だったボディは黒と青に変わり、肩のアーマーは丸みを帯びたシンプルだったものが鋭角的な形状に変化。更に頭部の三本角は大きくなり、天を貫くように伸びている。
『The Blue&Black Soldier
SPECTER is born!!』
オーブから高らかに鳴り響く変身音声。
それは己を鼓舞する鬨の声に思えた。
「「色が変わった……!」」
「これが完全体…………スペクター、見参」
「へぇ、いいじゃん……ほらぁ!!」
踏み潰そうとしてきたエヴォリオルの足を片手で受け止める。重さはまるで感じず、空のペットボトルをひょいと持ち上げる程度の感覚しかない。
「なっ、馬鹿なぁ!!?
この状態の俺は50万tonだぞぉ!!??」
驚愕するエヴォリオルをそのまま投げ飛ばす。
巨体はズゥゥン、と音を立てて横倒しになった。
「これが、スペクターの力……」
手を開いて握る。自分の中にある凄まじい力に驚いていると、エヴォリオルが怒号と共に起き上がった。
「調子に乗るなよ人間っ!!エヴォリオルの俺が!人間なんかにぶっっ……!??」
ジャンプし、エヴォリオルの横っ面を思い切り殴り飛ばした。その勢いで一回転し勢いの乗った回し蹴りを叩き込む。
「おらオマケェ!!」
最後は両足でエヴォリオルの顔面を蹴っ飛ばし、蹴った勢いで空中回転しながら着地する。
「ハッ!!」
「虚空蔵くんすっごーい!!」
「いいぞ虚空蔵!!」
「虚空蔵さん今です!」
奈緒に促されベルトのオーブを再び押し込む。
『スペクターインパクト!!』
右足にエネルギーが集約されていき、体が軽くなっていく。エヴォリオルは頭部への連続攻撃がまだ効いているのか未だに行動に移れていない。
地を蹴って走り、助走をつけて空へ飛ぶ。
青い炎状のエネルギーを纏った右足を真っ直ぐに伸ばし、弾丸の如くエヴォリオルへと突っ込んでいく。
「スペクタァァァキィィィィィック!!!」
俺の必殺キックはエヴォリオルをぶち抜き、体を貫通して背後に着地する。体に風穴を空けられたエヴォリオルは断末魔と共に結晶化し、粉々に砕け散った。
粉砕された結晶は雨のように降り注ぎ、俺はその中を歩いて三人のところへ戻る。
「虚空蔵くん、お疲れ様」
「うん、ありがとう」
ベルトのスロットからオーブを外すと俺の姿に戻る。
変身解除と同時にベルトも消え、オーブだけが手に残った。
「まさか俺が変身ベルトで変身する日が来るなんてな……」
「あ、あれ変身ベルトじゃないですよ」
「…………ヱ?」
俺の台詞は奈緒の一言で打ち砕かれる。
ちょっと感動したの返せや。
「え、虚空蔵のあれ変身ベルトじゃないのか?」
「はい。あれはスペクターオーブの力を更に増幅、調整するブースターみたいなものです。虚空蔵さんを変身させているのはあくまでもオーブの力でベルトの方には変身能力や機能はありません。
まぁ流石に変身や戦闘のサポートくらいはしてくれますけど、そもそも昨日もさっきもオーブ単体で変身出来てたじゃないですか」
「…………」
「ベルト使わなくてもスペクターへの変身は出来ますからね。まぁ派手な必殺技は当然使えませんし、スペックも半分ぐらい落ちちゃいますけど、スペックの方は半分落ちても割かし高いんであんまり問題ないですね。
変身ベルトというより強化ベルトとか必殺ベルトって言った方が正しい感じですかねぇ」
「…………」
「こ、虚空蔵くん、大丈夫?」
「………まぁ、シフトブレスとドライブドライバー的な関係だと思っとけば」
割とショックを受けている俺をあたふたしながら心配する美弥ちゃん。なんかゴメン。
「な、なぁおい。この人達はどうするんだ?
いくらなんでもこのまま放置はないよなぁ……」
「そうだ、このままにはしておけないよね……」
埠頭に倒れている被害者の人達。
その遺体をこのままにして帰るのは気が引けるなんてレベルの話じゃないが、かといって警察や救急車を呼んであれこれ聴かれるのもんまぐない。しかし警察や救急車を呼ぶ以外に俺達に出来ることはない。
どうするか考えていると奈緒が提案してくる。
「ほっとけば誰かしら見つけて通報なりなんなりすると思いますけど………じゃあどっかで公衆電話見つけて匿名で電話しましょうか。私なら足も着かないでしょうから」
俺達は奈緒の提案に乗り、その場を後にした。
「スペクターが覚醒したか………」
物影から虚空蔵達を見ていた青年はそう呟いた。
ありがとうございました。
因みにスペクターのスペックは
パンチ力:52ton
キック力:77ton
ジャンプ力:一跳びで170m
走力:100mを3秒
必殺技
スペクターキック:270ton
スペクターパンチ:190ton
という設定です。