第1話 『胎動』
はじめまして、ラッキーセブンと申します。
元々は弟のために書いていた他愛ない物、かつ初心者もいいところなので拙いところも多々ありますが、
少しでも読んでくださった方々に楽しんでもらえれば嬉しいです。
6/18追記:文章を少し修正しました。
宮城県仙台市 杜都町 AM8:10
「ざけんじゃねーぞ!」
「ぶっ殺すぞコラァ!」
「なんとか言えやア゛ァ!?」
「ザッケンナコラー!」
目の前の馬鹿丸出しな連中がギャンギャンと吠える。
"俺"はそんな連中を鼻で笑い、スマホで時間を確認する。
「テメェ゛……!?」
殴りかかってきた茶髪馬鹿の顔面に俺の拳がめり込み声を上げることなく倒れた。
「まだ大丈夫か……」
「スカしてんなゴラ!」
ロン毛馬鹿が乱暴に蹴りを放ってくるが、幼児の投げてきたボールを取るように簡単に片手で受け止め、そのまま足を持ち上げて倒す。
そして膝に足を乗せ、込める力を徐々に強めていく。
「ア゛ァ゛ァァ……!痛ぇ、痛ぇ……!」
「コージ!」
「おいヤベェって!あんなの勝てるわけねぇよ!!」
「ぐっ………」
リーダー格が悔しそうに睨んでくる。俺の後ろには既に四人の馬鹿が転がっており、呻き声を上げていたり白目を向いて気絶していた。
どいつもこいつもイキっていた割に一発で終わりやがって情けない。
「まだやるか?今頭下げて謝んなら許してやるっつってんだろ。もう面倒くせぇからこいつの足へし折んぞ」
俺の宣告にロン毛馬鹿の顔が青ざめる。
「ほらどうすんださっさと……」
「あっ!虚空蔵くん!!」
ギクッと肩が跳ねる。
振り返ると、そこには一人の少女がいた。
ボブカットにした栗色の髪に穏やかな性格を表しているような澄んだ優しい目、そこらのアイドルなんぞ霞んで見える整った顔立ちと恵まれたスタイル。
百人が見れば百人が美少女と答えるであろうその女の子は、俺のよく知る人間だった。
「…………〝美弥ちゃん〟なんで来たんだよ」
多賀城美弥。
俺、〝七ヶ浜虚空蔵〟の幼なじみだ。
「なんでじゃないよ~心配して見に来たらやっぱり喧嘩してるぅ……」
美弥ちゃんは眉をハの字にし、困ったような顔で詰め寄ってくる。
俺は後ろめたさや罪悪感を誤魔化すように青いファイヤーパターンが弦に入った眼鏡をかけ直す。
「いや、悪いのは全面的に向こうだからね?
ろくすっぽ確認もしねぇで角から飛び出してくる馬鹿がどこにいるんだよ」
事の発端は通学中、このアホ共が左右確認もせずにバイクや車で曲がり角から飛び出してきたことだった。
おまけに謝るどころか逆ギレして突っ掛かってくる始末。間一髪こっちのブレーキが間に合ったがもう少しで大きな事故に繋がるかもしれなかった上向こうは反省も謝罪も微塵もなし。
そりゃ四、五発ブン殴りたくもなるだろう。即入院コースじゃないだけ優しい方だ。
「俺一人ならまだしもケツに美弥ちゃん乗ってて後ろに〝夢芽〟もいる状態であれだからね?
それにこの手の馬鹿はいっぺん痛い目見ねぇとわかんねぇよ」
「怒りたくなるのはわかるけど……でもだからって暴力はダメだよ?」
まるで子供を宥める母親のような言い方に、反論する気が萎んでいく。こうなったらもう俺の負けだ。
勝てる気がしないし勝つつもりもない。戦った時点で100%の負け戦だ。
「はぁ……わかったよ、もうしないもう止める。これでいいだろ?」
「うんっ」
俺の言葉に美弥ちゃんは笑顔で頷くと、倒れている馬鹿共に駆け寄っていく。
「大丈夫ですか?」
「うぅ、痛ぇ………」
「虚空蔵くんがごめんなさい。
今度からはお兄さん達も気をつけてくださいね?
本当に事故になったら大変だし、誰も幸せになれませんから」
優しく馬鹿共に説く美弥ちゃん。
連中もそれに面食らったのか素直に頷き、謝罪する。
「お、おぅ……」 「ごめんな姉ちゃん……」
「美弥ちゃん行こうぜ、いつまでもんなアホ共に構ってらんね」
「なっ…!?」
「テメェ……!!」
「 あ゛ ぁ ?
行っとくが、次会ったら潰す。絶対潰す」
「もー虚空蔵くんっ、ほら行こ、ね?」
「わかったわかったからそんな引っ張んなくても大丈夫だって!」
「何だったんだよアイツ……」
「さぁ……?」
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美弥ちゃんに引っ張られ、バイクを停めていた場所まで戻ってくる。
「おぅお帰り。やっぱ喧嘩してたか」
赤い原付に乗った少女が声をかけてくる。
長い髪をポニーテールに結び、頭にはピョコンとアホ毛が付いているその少女は、美弥ちゃんとよく似た顔をしていた。
「うん、また喧嘩してたよー……」
「いやごめんって…」
「相変わらず虚空蔵は美弥姉ぇに弱いなぁ」
少女、〝多賀城夢芽〟はニシシと悪戯っぽく笑う。
苗字が示す通り美弥ちゃんとは姉妹、それも双子の姉妹だ。美弥ちゃんが姉、夢芽が妹であり、性格は正反対だが姉妹仲は非常に良く、近所でも美人姉妹として有名だ。
「うっせぇ行くぞ」
愛車であるXR250に跨がり、美弥ちゃんにヘルメットを渡す。
「りょーかい」
「虚空蔵くん、お願いしまーす」
「あいよ」
美弥ちゃんが後ろに乗ったところでエンジンを点け、
バイクを走らせていく。
「あれが、虚空蔵さん……」
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杜都町 城東学園 AM8:28
学校に無事到着し、駐輪場にバイクを停めて二人と一緒に教室に向かう。
その道中、俺を見た途端周りがザワつき始める。
「うわ……!」
「おい邪魔になってる…!」
「えっ? うわっ、ごめんなさい!!」
「七ヶ浜さんだ…………目合わせないようにしとこ……」
「今時あんな学ラン着てる人いるんだね……」
「いつ見てもおっかねーな…………ヤクザとか極道と繋がりがあるって話マジなんじゃね?」
「〝暴走族潰し〟は伊達じゃないってことか」
他の生徒達は怯えた様子で口々に呟き、畏怖の視線を向けてくる。
「………ふん」
「相変わらずだなぁ」
「虚空蔵くん、あんまり気にしないでね?」
俺が何故こんなに怖がられるか、なんのことはない。
中学の時に暴走族を一つ潰し、喧嘩もそれなりにやってきた。ただそれだけ。たったそれだけだ。
それともう一つ、俺の格好も問題だろう。
今時〝学ランにボンタン〟を来た奴なんてヤンキー漫画の世界ですら見ない。
生徒はおろか教師や大人ですら俺を恐怖の対象として見るようになり尾ひれの付きまくった噂も危険物でも扱うような態度も日常茶飯事。嫌でも慣れる。
「……学校にいる時は距離取っていいんだぞ」
「うんうん、そんなことしないよ。それは違うと思う」
「今更気にすんなよ、らしくねーなぁ」
もう何回もしてきたこのやり取り。二人の言葉に申し訳なさを感じる一方、気恥ずかしさとありがたさも感じる。
「……ありがと」
背中で二人がニヨニヨしているのを感じながら教室に入る。
「おぉ虚空蔵殿!おはようでござる!」
教室に入って最初に声をかけてきたのは一人の男子生徒だった。
眼鏡に黒髪ロン毛、頭にバンダナを巻いているという絵に描いたようなオタクファッションは、最早地球上でこいつくらいしかしていないだろう。
〝塩釜楽人〟、俺の数少ない友達の一人だ。
服装的には絶命危惧種仲間でもある。
「待っていたでござるよ虚空蔵殿!
さぁ早速朝の会談を始めようでござるぅぅぅ!!」
「おはよう楽人……元気だなテメェ………」
ハイテンションで突っ込んできた楽人を押さえ、軽くあしらう。なんでこ朝からこんなテンション高ぇんだこいつ……
「楽人くんおはよー」
「よ、楽人」
「おぉ美弥殿夢芽殿!おはようでござる!」
「で、なに話したいんだよ」
俺が聞くと楽人は首が心配になる勢いでこっちを向いた。
というか実際首からパキパキって鳴ってるしな。
美弥ちゃんちょっとビックリしてるし。
「おぉそうでござった!虚空蔵殿はジョジョで誰が好きでござるか!?ちな小生はジョナサンとディアボロでござる!」
「………仗助とジョナサンだな。スタンドならパープルヘイズ」
「あぁ~いいでござるなぁ!小生は漫画を見せて発動する方のヘブンズドアーが好きでござる!」
「細いなそれ……」
俺達の話に美弥ちゃんは微笑みつつも小首を傾げている。
「何のお話してるんだろうねー?」
「さぁ?オレもジョジョはあんま詳しくないからわかんねーや」
そうして話しているとチャイムが鳴り、周りの生徒達は席に着き始める。
「じゃ、また後でな」
「ん!また後で、でござる!」
俺達が席に着くのと同時に担任が来て朝のホームルームが始まった。
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「はぁ…はぁ……はぁっ…」
寂れた倉庫跡に身を隠し、体を休める。
「あーくっそ…痛ぇんだよクソ……」
全身に走る痛みに顔をしかめ、気休め程度の悪態をつく。もちろん悪態をついたところで痛みが和らぐことはなく、逆にますます苛立ちが募っていく。
「早く、虚空蔵さんにこれを渡さなきゃ……」
手に握った〝それ〟を見つめ、腰を上げたその時。
「見つけたぞ。女」
「!!」
見上げると、そこにあったのは巨大な蜘蛛の巣と異形の影。
「ちっ、くしょ…!」
直ぐに走り出し、その場から離れる。本当なら罵倒の一つや二つぶつけたいところだが今はそれどころじゃない。
やっと見つけたんだ、彼を。
「早く、早く〝オーブ〟を虚空蔵さんに…………!!」
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杜都町 城東学園 PM15:30
「じゃあみんな、気をつけて帰ってね」
担任のシメの一言でクラスは一気に賑やかになっていく。
「ねーねー今日どこ行く?」
「うわ部活行きたくねぇな………」
「帰りタピろうよー」
「カラオケ行こうぜカラオケ!」
「おい三浦、お前さっき木村のことチラチラ見てたろ……あっれぇもしかして~?」
「ちょ、やめろよ!」
今日も代わり映えのない一日が終わり、周りはこの後の予定の話で盛り上がっている。
鞄に持ち物をしまい、美弥ちゃん、夢芽と集まる。
楽人は『欲しい円盤が!!』と言って超スピードで帰った。
「じゃ帰るか」
「うん。今日はどこか寄ってくの?」
「あ、じゃあさ、ゲーセン行こうぜゲーセン!!」
「あぁ?またかよ」
「土曜日も行かなかったっけ?」
「えー、いいじゃん行こうぜゲーセン!なんか欲しいのあったら獲ってやるからさぁ!土曜日行ったとことは別のとこ行くし、な?」
夢芽は手を合わせて頼み込んでくる。と、
「あ、ねぇ美弥ちゃん。ちょっといいかな?」
そんな風に声をかけてきたのはクラスメイトの女子だった。名前……なんだったっけか。
「? なぁに?」
「えっとさ、また手伝ってほしいことがあるんだけど、いい?」
女子のその言葉を皮切りに、次々に生徒達が美弥ちゃんに押し寄せてくる。
「美弥ちゃん勉強でわかんないとこ教えて!」
「多賀城さん!俺もちょっと手伝ってほしいとこがあるんだ!」
「あたしも部活のことで手を貸してほしいの!」
「美弥さん、ぜひぜひ生徒会に助力を……!」
「美術部の被写体になって!」
「うちのマネージャー今日休んじゃったんだ!代わり頼めない!?」
「オレ古文!」
「うち数学!」
「俺は英語!」
「えっと‥‥うん、いいy「ダメだ」」
美弥ちゃんが了解を出す前に俺が遮り、周囲を睨む。
「揃いも揃って美弥ちゃんに頼りすぎなんだよテメェら毎回毎回。この子は都合のいい便利屋じゃねぇんだぞ馬鹿野郎」
俺が凄むと全員が押し黙る。これもまたよくある光景だった。
「悪ぃなみんなっ!オレ達これから遊びに行く予定でさ、今日は難しいんだ。ゴメンな!」
夢芽が一先ずフォローし、俺達は教室を後にした。
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ーーーーー
「虚空蔵くん、あんな言い方しなくても……」
「しょうがねーだろ俺が止めねぇと美弥ちゃん直ぐ安請け合いするんだから。
勉強教えろは休み時間とか昼休みとか他にもっと聞きに来れるタイミングあっただろ今じゃねぇだろって思うけど、まぁ百歩譲ってまだいいよ。なんで大した接点もねぇ美弥ちゃんを部活だの生徒会だのに引っ張りだそうとすんだよ馬鹿なんじゃねぇのかアイツら!?」
駐輪場で吼える俺と困った顔の美弥ちゃん。
夢芽はやれやれと呆れた顔をしている。
「美弥ちゃんも只でさえお人好しな上に警戒心ねぇんだから気をつけてくれよな」
「んーそうかなぁ……?」
「まぁ否定は出来ないよ美弥姉ぇ」
「えぇ?」
美弥ちゃんはお人好しだ。しかもただのお人好しなどではない、困っている人間がいれば手当たり次第に手を差し伸べる超が付くお人好しだ。
他人に頼まれれば俺や夢芽が間に入らなければ基本的に断らず、そもそも断るという考えが存在してるかどうかすら怪しい。
南極のペンギンもびっくりの警戒心の無さだ。
「そ、そんなことないと思うなぁ」
「「そんなことあるわ」」
(そ、即答‥‥)
無論自分が嫌だと思ったこと、何より人を傷付けるような頼みや願いを引き受ける馬鹿ではないものの、それでも積極的に人助けをすることに加えて苦手と言えることがほとんどないスペックの高さ故に大抵のことはこなせる。
いや、こなせてしまうのである。
これがまぁなかなかに質が悪く、美弥ちゃんが周りを助ける→周りが美弥ちゃんを頼る→美弥ちゃんがまた助ける→周りが更に頼る………というより甘えて依存するを繰り返す、いわば天性のダメ人間製造機だ。
その上『男女問わず誰に対しても裏表なく優しい美少女』と来れば人気が出ないわけがない。昔から下手なアイドルより人気がある。
「ま、美弥姉ぇがこんななのは今に始まったことじゃないけどな」
「まぁな」
「えへへ……」
何故か照れ臭そうに笑う美弥ちゃん……かわいいなクソ。
「で?結局どっか行くのか?」
「あ、そういえばそんな話だったね」
「じゃあ街中行こうぜ。ゲーセン行って、ロフト行って、クレープ食べてたこ焼き食べて、あとひょうたん揚げ」
「お前の用事ばっかな上に食ってばっかじゃねーか。あ、でもロフトは俺も見てぇかな。あとブックオフか」
「じゃあ今日のお出かけコースはそれにする?」
「よっしゃ!」
「ん。じゃあ美弥ちゃん乗ってくれ」
「はーい」
「じゃ、行こうぜ!」
そうして予定が決まった俺達は学校を出た。
「あーダルっ………」
「もー虚空蔵、そんなこと言わないの。虚空蔵もみんなと仲良くすればいいんだよ!そしたら学校も楽しくなるしダルいなんて思わなくなると思うなぁ。
虚空蔵くん本当はとっても優しいんだから、ね?」
「考えとくよ。俺は美弥ちゃんと夢芽と楽人がいりゃあいい」
俺の返しに「えーもったいない」と美弥ちゃん。
そんな会話を挟みながらバイクを走らせる。赤信号で停止し、信号を待っていたその時、
『助けてっ………!』
「っ!!?」
突然頭の中に聞き覚えのない声が響いてきた。
反射的に辺りを見渡すが声の主らしき人間はどこにもいない。
「虚空蔵くん?どうしたの?」
「どーした虚空蔵。なにキョロキョロしてんだ?」
「………今、変な声が聞こえた。助けてって……」
「え゛」
夢芽の顔が歪む。この手の話が大の苦手なこいつにとっては聞きたくもない話だろうな。
「うーん、私は何も聞こえなかったよ?」
「聞こえなかったし聞きたくもねぇ!」
「聞こえたのは俺だけか………『助けて……!』……悪い夢芽、今日は予定変更だ!!」
信号が青に変わり、声の聞こえる方へバイクを走らせる。
「ひゃっ!」
「へえっ!?ちょっおい!!」
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杜都町 町外れ PM15:41
「ここって、何年か前に無くなっちゃった工場の倉庫……だっけ?」
声に導かれて辿り着いたのは、物悲しさを漂わせる工場の倉庫跡だった。
なかなかの大きさと面積を誇っている倉庫街のような場所だが、数年前に元々の持ち主だった会社が潰れて以来何も入ることなくそのまま放置された結果、荷物や資材は置きっぱなし、取り壊されることもなく寂れていった。
積まれたパレットやドラム缶等が残っている分、何もない空っぽの状態より却って淋しく見える気がした。
入り口にも特に侵入禁止の看板やロープの類はなく、入ろうと思えば誰でも入れる状態だ。
「なぁ虚空蔵、本当にここから声が聞こえてきたのか?」
「あぁ、このどっかからだ。とにかく探すしかねぇ…!」
走り出し、倉庫へと入っていく。
「虚空蔵くん!」
声の主を探して奥へ奥へと進んでいく。
(誰だ、俺を呼んだのは……)
奥へと入り込んでしばらく経った時、
最奥に近い場所で見つけたのは
「ぐっ……あぁ………」
「…っ!!」
全身血まみれの少女だった。
「大丈夫ですかっ! おいアンタ!!」
「……!!あなたは……」
こちらを向く少女。薄汚れた銀色の髪、光を失いかけている青い目、あちこちが破れ半ばボロ切れになりつつある服、そして全身の傷と血………明らかに普通ではない。
「虚空蔵くん待ってー……ひゃあっ!?」
「なんだどうしたウオォォォォォォォ!!?」
遅れて追い付いた二人は飛び上がらんばかりの勢いで驚く。
………いや夢芽の場合は本当に飛び上がっているが。
「虚空蔵くん、この人どうしたの?酷い怪我……」
「わかんねぇ俺も今見つけたんだっ!!」
「おいっ!この人連れて早く帰ろうぜ!オレもうヤだよ!!」
俺達がわちゃわちゃしていると、少女は苦しそうに呻きながらも口を開く。
「早く逃げてください…ヤツが来ます……早く…!」
少女が伝えようとしているのは、ナニカが迫ってきているということ。
「ヤツってなんだ、なんのことだ!」
尋ねるが意味は無かった。
「見つけたぞ、人間」
そのナニカが直ぐにわかったからだ。
「…………嘘だろ」
俺達の前に現れたのは、異形の怪人だった。
蜘蛛を彷彿とさせる姿に毒々しい赤い模様が入ったモスグリーン色の屈強な体、顔面には八つの複眼状の目があり、ギョロリと俺達を捉えている。
「なにあれ……」
「ははっはははは……マジかよ、マジかよっ……!」
一瞬テレビの中に迷い込んだのかと本気で考える程の、あまりに非現実的な光景。
しかし今目の前にあるものは紛れもない現実だった。
あまりの出来事に固まって動けないでいると、怪人はゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。
「一匹から四匹に増えたか。まぁいい」
「………! 逃げるぞ!早くっっ!!」
本能的な危機感を感じ取り、少女を担ぎ上げ脱兎の如く逃げ出す。
ヤバい……あれは、ヤバいっっ……!!
「う、うん!」
「うわぁぁ待ってぇぇぇぇぇ!!」
美弥ちゃんと半泣きの夢芽も必死に走る。
「………………………」
一言も発さず追いかけてくる素振りすら見せずに佇む怪人は、とにかく不気味だった。
「ハァ…ハァ…クッソ………」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「うぅ…ちくしょう……なんなんだよアレェ……」
怪人から逃げた俺達は荷物の影に隠れていた。
なんとか落ち着こうとするが、息も平常心もなかなか戻ってこない。むしろ焦りと苛立ちが募っていく。
「くそっ、なんなんだよあの蜘蛛の巣!」
出入口まで戻った俺達が見たのは、巨大な蜘蛛の巣が出入口を封鎖している光景だった。
なんとか力ずくでひっぺがそうとしたもののワイヤーのように強靭な糸で作られた巣を壊すことは出来ず、敷地内から出ることが出来なくなっていた。
「どうしよう……このままだとその内見つかっちゃうよね…?」
「オレ達どうなっちまうんだよ……電波も通じないしよぉ……」
顔を曇らせる美弥ちゃんと泣きそうな顔でため息をつく夢芽。
泣きたいのは俺も同じだが俺にそんな資格は無い。二人をこんな状況に巻き込んだのは俺だ。その俺が泣き言を言うなんて許されない、許されるわけがない。
せめて俺以外の三人は逃がさないとな……と、それまで黙っていた少女が口を開いた。
「ごめんなさい……私のせいで巻き込んでしまって……」
「やっぱり俺を呼んだのはあんたか……」
少女の声は俺が聞いた声と同じだった。この少女が俺をここへ呼んだのなら、確かに俺達は彼女のせいでこんな面倒事に巻き込まれたのだろう。
だが、正直今はそんなことはどうでもいい。文句なんぞ生きて帰れりゃいくらでも言える。
問題は少女の怪我だった。
ボロボロになった服の隙間からは大小問わず無数の傷が覗いており、出血量だってかなりの量だ。
俺達の状況も大概だが、まずはこの少女を一刻も早く病院に連れていかなきゃならない。
「………まぁ、なっちまったモンは仕方ねぇっすよ。
あと、あんま動かない方がいい。怪我に障るとよくねぇ」
俺がそう言うと少女は笑みを浮かべ、「ありがとう」と礼を言って再び体を休める。
「………いろいろ、お答えしましょうか」
そう言って少女が口を開こうとしたその時、
「! 危ねぇっ!!」
「きゃっ!」
「うわっ!?」
突然ミサイルの如くふっ飛んできたドラム缶を明後日の方へ殴り飛ばす。
「ふん、この程度の遊びにはついて来れるか」
嘲笑うような台詞と共に蜘蛛怪人が現れた。口振りからしてドラム缶を投げてきたのはアイツらしい。
「テメェ…なんなんだ……!!」
「名乗る必要はない。今から死ぬ連中だ」
怪人は言い捨て、ゆっくり歩み寄ってくる。
「美弥ちゃん!夢芽!そいつ連れて逃げろ!!」
「虚空蔵くんはどうするの!?」
「出来る限り時間を稼ぐ!……早くっ!」
「バカ言ってんな!どう見たって人間が勝てる相手じゃないだろ!!死ぬ気かよ!?」
二人の叫びを背中に受けながら怪人と相対する。
正直怖いか怖くないかで言えば怖い。だが、それと同時に胸が奥から妙な高揚感も湧いてきていた。
「人間如きが無駄だ。諦めろ」
「勝手に決めんじゃねぇよ……!」
走り出し、怪人に向かって突撃する。
怪人が放った糸を躱しながら肉薄し、渾身の力を込めた右ストレートがこれ以上ないくらい綺麗に怪人の顎を捉えた。
「っ……………………!?」
手加減など一切ない、仮に人間が喰らえば顎は砕け、黙って十mはブッ飛ぶであろう殺すつもりの一撃。
しかし怪人は身動ぐことすらせず、何事も無いかのように俺を見下ろしていた。
「うおぉぉぉあっ!!」
息もつかせぬ怒涛のラッシュを叩き込む。こっちは殴り殺すつもりで殴り続けるが、やはり怪人はびくともしない。
最後に放った全力のフィニッシュブローも怪人を僅かに半歩ほど動かしただけだった。
「人間にしてはやる。だがそれだけだ」
怪人の掌底が突き刺さり、風を切る矢の如く猛スピードで体がふっ飛んだ。辛うじて受け身を取れたもののほとんど意味はなく、盛大に血を吐き、今までに体感したことのない痛みを超えた感覚が全身を走り回る。
「虚空蔵くん!!」
「だから言わんこっちゃねーだろバカ野郎!!」
二人が泣きそうな顔で駆け寄ってくる。ちくしょうヘグったな……
「大丈夫だ…つーか、早く逃げろって……」
「ダメ!虚空蔵くんを置いて逃げるなんて絶対ダメっ!!」
「そもそもどうせ逃げられないんだ、お前置いていけるかよ!」
二人とも逃げる気はない………というより、俺のせいで逃げないと決めてしまった、か。普段は正反対なくせにこういう時は息ピッタリなんだよな………そう思うと不意に笑みが溢れてしまった。
フラつきつつも立ち上がり、唾液混じりの血を吐き捨てる。
「少しだけ待っててくれ、絶対助ける……」
「! はいっ……」
俺の言葉に少女は小さく頷いた。光を失いかけていた目に小さくも確かな光が宿る。
一方、怪人は機械のように淡々と近付いてきており、一歩一歩、確実に死が近付いてきていた。
さてどうするかと前に出る。
「虚空蔵さんっっっっ!!!」
振り返ると、さっきまで重体だったはずの少女が立っていた。
全身の怪我や傷はまるで最初から無かったかのように消えており、ついさっきまで重体だった人間とは思えない姿に目を疑った。美弥ちゃんと夢芽も同じことを思ったのか目を丸くしている。
「お前、なんで………!?」
「いいからこれを!!」
少女が投げ渡してきたのは手のひらに収まる程度の丸いアイテム。鋭角的な外装に水晶玉をはめ込んだような見た目をしており、前面には鋭い目をした鬼の顔のようなものが描かれている。
「なんだこりゃ………?」
まじまじと水晶玉を見つめていると少女が叫ぶ。
「横のスイッチを押してください!!さぁ早く!!」
少女に言われるがままアイテムに向かって右横にあるスイッチを押す。
『ソルジャー!』
すると、名乗りを挙げるかのような音声と共にロック調のメロディが流れ出す。
「すげぇ……なんだこれ……」
「もう一回!」
呆気に取られ、何が何だかわからないまま再びスイッチを押す。
『カクセイ! スペクター!』
「な、あ、どうなって………!?」
手から離れた水晶玉は俺の腹部に吸い込まれた。それと同時に体の奥から間欠泉の如く力が沸き上がってくるのを感じる。
「! 貴様っ!!」
そんな俺を見て今までの余裕な態度から一転、明らかに焦りを見せた態度で怪人が迫ってくる。
「死ねっっ!!」
俺はそれを、
「おぉぉぉぉらぁぁっっ!!」
思い切り殴り飛ばした。
殴られた怪人はブッ飛び、荷物の山へ頭から突っ込んでいった。
「! 変わった………!」
怪人を殴った俺の右腕は"異形"に変わっていた。
その腕を見た瞬間、不思議と『これならいける』という確信が芽生え、自然と口角が持ち上がっていく。
「ぐ……おぉぉぉぉ!」
バラバラになった荷物をはね飛ばし、土煙の中から雄叫びを上げて怪人が向かってくる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
沸き上がる衝動に身を任せ、真っ向から怪人と殴り合う。腕、足、体……攻撃が当たる度に俺の身体は変わっていき最後に頭部が変化したことで俺は完全な異形となった。
「虚空蔵、くん………?」
「虚空蔵!お前虚空蔵だよな!?え、えぇ!?」
黒と白のボディ、鋭くつり上がった青い目、三本の短く突き出た角、厳ついクラッシャー、腰に巻かれたベルト。
「すげぇ……なんだよこれ……」
その姿は、まるで特撮に出てくるヒーローの様だった。
「虚空蔵くん前!」
「! だらぁっ!」
飛びかかってきた怪人をオーバーヘッドキックで叩き落とす。倉庫の壁をぶち破り外へ転がり出ていった怪人を追って俺も外へ飛び出していく。
立ち上がろうとしていた怪人に助走をつけたヤクザキックをかまし、それを起点に叩き付けるように拳を見舞っていく。
「ぐ、おぉぉ!」
「しゃれぇっ!!」
怪人の苦し紛れな反撃を躱し、更に拳を叩き込む。
ラストの右ストレートで地面を転がった怪人の起き上がるタイミングに合わせてドロップキックを炸裂させ、ふっ飛ばした。
「グゥ……!ハァッ!」
立ち上がった怪人が糸を放つ。躱そうとするが後ろには美弥ちゃん達がいるため躱すわけにはいかない。
一瞬思考が逸れた隙に糸が右腕に巻きつき、体が宙に浮く。
「フン!!」
コンクリートや鉄骨の柱、壁をぶち砕きながら振り回され、投げ飛ばされる。一瞬の浮遊感を感じた後、今度は俺が資材の山に激突した。
更に怪人は跳躍し、蜘蛛の如く天井に張り付き、糸を吐いてくる。ワイヤーのような糸が首に巻きつき、足が地面から離れて宙吊り状態になる。
「虚空蔵!!」
糸を外そうともがくが、外すことも引き千切ることも出来ない。
「無駄だ。"その色"の貴様ではな」
糸がギリギリと首を絞め上げていく。
このままじゃマズい……!
「虚空蔵くんっ!!!」
「…………う゛ぉらぁっ!!」
「なにっ…!?」
首に巻きついた糸を思い切り引っ張り、背負い投げの要領で怪人を地面に叩き付ける。
「がっ…バカなっ……!!」
着地し、糸を振り払って走る。
呻きながら立ち上がった怪人に何度も何度も拳を叩きつけ、反撃の隙を与えず滅多打ちにする。
殴る、殴る、殴る、殴る。
フィニッシュブローで派手に転がりながらふっ飛んでいった怪人は何とか立ち上がるも、立っているのもやっとといった足取りでさっきまでの威勢はもうない。
「…………ふー……………」
腰を落として脱力し、息を整える。
右手は膝に乗せ、左手はだらんと垂らす。
「…………………はっ!」
地面を蹴り、走る。
「たあぁぁぁっ!!」
真っ直ぐに突き出した拳が怪人を捉えた。
「「………………………………………」」
僅かな静寂。それを破ったのは、
「………………ぐあぁぁぁぁ……!!」
怪人の断末魔だった。
怪人の体から急速に色が失われていき、全身が灰色の結晶となった瞬間影も形も残さず粉々に砕け散った。
「はぁ……は…勝っ…」
安堵した途端に体から力が抜け、崩れ落ちる。
変身が解け、元の俺に戻っていく。
「虚空蔵くん!!」
「虚空蔵っ!!」
美弥ちゃんと夢芽が駆け寄ってくる。その後ろには謎の少女。
これが全ての始まり、運命の胎動であることを、俺達はまだ知らない。
「……まさか、あの忌々しいスペクターがこの世界にも現れるとはな」
物影から虚空蔵達を覗いていた青年はそう呟くと、突如開いた時空の穴を通って姿を消した。
最後まで読んで下さった方々、ありがとうございます。
もう特撮オタクなのが一発でバレる内容ですね。