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子に語る怖い話

【子語り怪談】三本足の猫

作者: 烏屋マイニ

子にせがまれて、毎日語る怖い話の一つです。

 彼女のことは、仮にK子さんと呼びましょう。

 なかなかの美人で、そこそこ大きな地場企業に勤め、少しばかり前には、大学以来の付き合いである恋人から、プロポーズされるなど、順風満帆の日々を送っておりました。

 ところが、ある日。同僚で、こちらも大学以来の友人であるU美から、なにやら不穏な報せを受けます。

「ねえ、聞いた?」

「なにが?」

 そう問うと、U美は小さく首を振ります。

「あなたの家の近くで、通り魔事件があったの。なんでも女の人が、後ろから髪の毛を引っ張られて、地面に引き倒されたらしいわ」

 言われてみれば、今朝は近所にパトカーが停まっていたし、辺りを歩き回る警官の姿も目に付きました。しかし、そんな事件が起こったのなら、周辺の住民に、警告の一つも発して欲しいものです。

「幸い、被害者に大きな怪我はなかったらしいけど、あなたも髪が長いから、気をつけたほうがいいんじゃないかしら」

 確かにK子は、自分の長い髪を密かに自慢に思っていました。件の通り魔が、同じ手口を使うとは限りませんが、用心に越したことはないでしょう。しかし、事件があった道は、制服を来た警官が目を光らせていたので、むしろ普段より、ずっと安全になっていました。

 さらに、普段とは違うことが一つ。

 家路にあるK子の前に、一匹の三毛猫がよろめくように現れたのです。

 その若い野良は、ずいぶんと弱っている様子でした。そして、彼女の左前脚は、明らかに肘から下が欠けています。傷はずいぶん前に癒えている様子なので、おそらく子猫の頃にでも失ったのでしょう。

 K子は猫を拾い、自宅へ連れ帰りました。彼女のアパートはペット禁止でしたが、ともかく緊急事態なのだからと自分に言い訳し、弱った猫の世話をしました。翌日には動物病院へ連れて行き、ノミの駆除やらワクチンの接種やらを施しました。

 K子の献身により、猫は日に日に元気を取り戻して行きます。本当なら、早くちゃんとした飼い主を診付けてあげなければいけないのですが、「もう少し元気なるまで」と、猫の世話をし続けました。

 幸い、猫は大人しく、そこらじゅうを引っかき傷だらけにするような真似はしませんでしたし、トイレも決められた場所に、きちんとできました。ただ、一つだけ、困った癖があり、夜中にK子の寝床へやって来て、彼女の自慢の髪をくちゃくちゃとかじるのです。

 毎晩かじられた髪はぼろぼろになりましたが、まあ猫のやることだから仕方が無いと泣く泣くあきらめ、K子は美容院へ行って髪をばっさりと切ってしまいました。それ以来、猫は髪をかじるのをやめてくれましたが、どうして髪を切ったのかと他人から詮索されたり、何かあったのではないかと噂されたりするのも面倒だったので、出勤などで外へ出る時は、クリップで留めるタイプのエクステを付けて、誤魔化すことにしました。

 さて。

 通り魔事件については、その後、なんの続報もありませんでした。辺りを見張っていた警官も、いつしか姿を消し、K子も事件のことなどすっかり忘れ去ってしまいました。

 ところが、ある晩のことです。仕事を終え、家路を急ぐK子は、後ろから髪の毛をぐいと引っ張られました。エクステがぱちんと外れ、背後から「あっ」と女の声が上がります。

 振り向くと、左手にエクステを握った人影がありました。そして、その右手には、街灯の光を受けてぎらぎら光る包丁が――

 これが、件の通り魔でしょうか。

 K子がぎょっとしている間に、通り魔は包丁を振りかざして襲い掛かってきました。しかし、どこからともなく一匹の三毛猫が飛び出してくると、通り魔の足首に絡みつくように駆けまわり、足を取られた通り魔は、前のめりにばったりと倒れ込みました。包丁は通り魔の手を離れ、からからと地面を転がります。

 K子は、それでようやく叫び声をあげます。

 ほどなく数人の男が駆け寄ってきて、起き上がろうとする通り魔に飛び掛かりました。そうして、身動きが取れなくなった通り魔の手に、一人が手錠を掛けます。どうやら彼らは、私服の警官だったようです。

 警官たちに引っ立てられた通り魔は、鬼のような形相でK子を睨みつけてきます。その顔を見て、K子は驚きました。なんと、通り魔の犯人はU美だったのです。

 U美は、K子に向かって何やら大声で罵ってきます。ほとんど何を言っているのか聞き取れませんでしたが、どうやら彼女はK子の恋人を一方的に好いていて、K子が彼を横取りしたのだと思い込んでいるようでした。

 警官に怒鳴られますが、それでもU美はわめくのを止めません。そうして警官たちは、わめき続ける彼女を引きずるようにして連れて行き、間もなく到着したパトカーに押し込みました。パトカーはランプを閃かせながら走り去り、K子は二人の私服警官と一緒に取り残されました。

 警官の説明によると、最初の事件が起こった時、被害者は酔っていて、証言もあやふやだったことから、まだ事件か事故かはっきりした確証がなかったのだと言います。しかし、念のため周辺を警戒していたところ、近辺を歩き回るU美の姿を何度も見掛け、内偵捜査を行っていたさなかに、今回の事件が起こった、と言う次第。

 おそらくU美は、最初の事件の折に、髪の長い女性をK子と勘違いして襲ったものの、別人と気付いて何もせずに逃げ出したのでしょう。そうして、再びK子を殺そうと目論み、K子の自宅周辺をうろつきながら、機会をうかがっていたのです。

 K子は警官から簡単な事情聴取を受けた後、自宅の前まで送られました。そこでようやく、U美の凶行を止めた三毛猫のことを思い出し、まさかと思いながらドアを開けます。果たせるかな、彼女の猫は部屋から消えていました。

 ドアの鍵も、窓も閉めていたのに、猫はどこへ消えてしまったのでしょう。K子は猫の名前を呼びながら、近所を歩き回りました。しかし、一晩中探しても、猫は見つかりませんでした。

 もしかすると、あの三本足の猫は、弱っていたところ助けられた恩を返すためだけに、K子のそばにいたのかも知れません。そうして、義務を果たした彼女は、本来ならペット禁止であるK子の部屋を、自らひっそりと立ち去ったのです。

 もし、そうだとしたら、あの子には可哀想なことをしてしまった、とK子は後悔します。髪の毛を台無しにされはしましたが、それでもK子は、あの三本足の猫が好きだったのです。

 そして、K子は思わず「あっ」と声を上げます。

 もし、あの猫が、U美の最初の犯行を目撃してたとしたら? 犯人に掴まれ、ひっ倒される原因となる長い髪を、彼女なりになんとか始末しようと、夜な夜なかじっていたのだとしたら?

 それは、考えすぎでしょうか。

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