88.裏切り
「シャナンス! バレが帰って来ないんだ」
オルザドークを夢から覚まさせる。
「この町にいるのは確かなんだけど、気配が見つからない。まるで覆い隠されてるみたいだ」
「ありえるな」
オルザドークはさっきまで眠っていたとは思えないほど真剣な眼差しだ。
「リデルにも聞いてみたのか?」
「バーに情報を集めに行ったっきり戻って来ない」
「大変だ!」
噂をすればリデルが帰ってきた。
「遅かったな」
息を切らし、あえぎながらリデルは事態を伝えた。
「広場にジークが現われやがった。ゲームが始まって、あいつが追われてる」
「おい、どうなってんだよ!」
落ち着いて話していられないチャスフィンスキーとリデルを、オルザドークが遮った。
「リデル。今まで何やってたんだ?」
「何? 何ってこっそり様子を見てきてだなぁ」
「追いかけられていたのを黙って見過ごしたのか?」
「な、何言い出すんだ。俺は、その、助けようとして、だな」
リデルの様子がおかしい。今まで赤い血のリデルは、リデルなりの正義感や闇色の血に対する反感を持っていた。それが今は見出せない。
「もう夕方を過ぎたな?」
チャスフィンスキーは頷く。オルザドークが言いたいことは別にあるようだ。
「もう鬼ごっこは終わってる。そうだろう?」
オルザドークが鋭く言い放つ。
「い、いや、俺は知らないんだ。他の奴らが大勢いて、見失っちまった」
「大勢いたんだろ? 悪魔が大勢いたら騒々しいはずだ。なのに、今の町は静かすぎる」
「な、何が言いたいんだ」
オルザドークは部屋の中を歩き出した。
「この部屋から気配が消えてる。リデルと、俺達の気配まで。誰かが気配を消してここに来ている」
チャスフィンスキーがありえないと、首を振る。
「俺はずっとここにいたんだぞ? いたら感情を読み取って居場所が分かるぞ」
「他人の気配も巻き込むほど、気配を消せる人物は一人しかいない。感情を読み取ることも不可能だ。おそらくバロピエロが連れ去ったか。もしくは、そそのかしたのか」
「バロピエロが来たのか! あいつの能力って未知数だな」
ここでオルザドークはリデルを睨みつけた。
「どちらにしろ、奴をここに呼び寄せたのはリデルお前だ」
リデルが渋い顔をする。一体どうして疑われなければいけないのかと、言いたそうに。
「取引したのか? 何を依頼した?」
「そんなに彼をいじめてあげないで下さい」
黒服の紳士がキッチンから顔を出した。顔の半分の白いペイントの方を向けて、リデルにウインクをした。
「なぜ現われる! 俺が仲間だってばれるだろうが!」
ふふふ、とバロピエロはお構いなしだ。
「現われたな。バレはどこだ」
「私には分かりかねます」
チャスフィンスキーが本当に心を読めないので、意地らしく言った。
「本当のことを言ったらどうなんだ?」
「嘘はつきませんよ。それに安心して下さい。ジークの依頼ではありません。依頼はリデルから、闇色の悪魔から一生涯、命を狙われない生活をしたいと言われ、しぶしぶその願いを叶え、その引き換えにバレ君と遭遇した場合、私に伝えるというものです」
見損なったとオルザドークはけなすが、チャスフィンスキーはリデルに哀れみも感じた。
「どの道、お前の仕業ってことだなバロピエロ」
「私はバレ君とお話しただけです。ジークが広場に来ていると言ったら、喜んで飛んで行きましたよ」
オルザドークが杖先を向ける。
「お前の話はもういい。ここで仕留めさせてもらう」
オルザドークの杖から火花が飛び出す。バロピエロは、避けることなく、空間に溶け込んで消えた。
「大丈夫ですよ。バレ君はそう簡単には死なないでしょう。何より、ジークがそうさせませんからね」
笑い声がこだまして残った。
「いなくなったか。残りはリデルの問題だ」と、そのときリデルが逃げ出した。
「待て!」
チャスフィンスキーが外に飛び出す。追いつかれると向こうも分かっている。魔術では叶わないと知っているはずだ。それでもリデルは走り続ける。ふと、チャスフィンスキーが足を止めたので、オルザドークが不審に思う。
「バレを売ったことは許せない。だから俺達はお前の敵だ。でも、闇色の奴らに、捕まるなよ!」
リデルの足が一瞬止まる。けれども、振り向くことなく走り去って行った。
「見逃してやったのか。お前らしいと言うか」
あまり関心していない様子のオルザドークは冷たく言い放ち、歩き始めた。
「どこ行くんだよ」
「ライブハウスだ。バレが無事ならあそこに一人で来るだろう。もし、来なかったら、ジークに話を聞けばいい」




