46.落下
グッデが投げつけたコインは、水を放った。三本の水流が渦になって、空にいるキースに向かっていく。しかし、予期せぬことが起こった。このまままっすぐ行けばキースに当たったのだが、顔のある壁が、何と口から、風を吹いたのだ。水はキースをはずれ、噴水のように吹き上がっただけだった。雨になって僕達に降りかかった。
「おしいね。さすがにびっくりしたけど」
驚いたのはこっちだ。壁がしわがれた声で笑っている。
「やっぱりしゃべった!」グッデが泣く泣く言った。
「お二人とも。この壁を甘く見てましたね」
バロピエロがふわりと、その動く壁に飛び乗った。おどけた調子で語る。
「ここは死者の町。最初にそう言いましたよね。この壁は死者達そのものなんですよ。悪魔に殺された人間の無念の塊です。無念は時として形を成します。恨みを晴らそうと、生きている者達に道連れを望みます。分かりますか?」
バロピエロの悪意のある微笑み。顔のある壁がバロピエロに賛同するように口から息を吐いた。人間の息と同じで生暖かいが、かなりの強風で後ろに体が飛びそうだ。
「死者達は君達を殺したがっていますよ。バレ君」
「バカだね。薬を残してもらってたらよかったのに。そしたら、痛い目に合わずにすんだのに」
発砲音は、聞き取れなかった。空薬莢が空から三つ落ちたのが見えただけだ。弾は肩と腕と足をかすめた。痛くない・・・・・・はずだった。稲妻より早く痛みが走った。血が飛び散る。そのまま血が帰って来ることもなかった。
「血が」
それで本来当たり前だ。でもそれが不自然だった。痛いという感覚が久しい。でも急に戻るなんて。しかもこんなときに。
グッデが反撃にと、靴を投げようとしたので止めた。こいつらに手を出すべきではない。どうすればいい?
痛みがひどかった。まるで今まで無傷だったつけが回ってきたかのようだ。血は止まるつもりはないらしい。
「次はどこを撃とうか? それとも落ちる?」
壁が風を吹きながら、迫ってくる。どうせ落ちるのなら自分から飛んでやる。グッデを引き寄せて、小さくさやいた。
「上手く行くのか?」
僕達の様子にキースが感づいて、銃口が向けられる。どっちが早いか? 二人で飛んだ。巨大ロウソクの炎が待つ、底なしの崖へ。グッデが叫ぶ。
「飛べ!」
成功するだろうか? 魔法で飛ぶなんて、夢でも見たことがない。
「あ、それと軽くなれ!」とつけ足すグッデ。
その頃にはもう深い崖に落ちる。駄目だ。浮くことは愚か、飛ぶこともできない。さらにキースの銃弾の猛襲。僕達の足や腕をかすめていく。
「あっ」
二人で握り合っていた手が離れた。放り出された。落ちる。人間は重力に逆らえない。またしても思わぬ物が動いた。ロウソクの炎がうねりグッデに襲いかかった。
「よけて!」
炎が視界をさえぎった。炎しか見えなくなった。お互いを呼び合う声が途切れて、火の粉の雨に打たれながら、深い闇の底に、炎と一緒に落ちていく。




