月見れば 忌み日物こそ 悲しけれ(1)
今回、殺陣的なものを書いてみました。
うまく書けていればよいのですが、温かい目で見てやってください。
葉月になった。
今でこそ、葉月は八月の呼び名になっているが、旧暦の葉月は、今で言うところの九月頃にあたる。
つまり、秋の月が満ち、いよいよ暑さがおさまる頃なのだ。
そんな季節の中、忠明は落ち着けないでいた。
わざわざ河原の側まで出かけると、朝からザブリと水浴びをしている。
大きな仕事を前に緊張し、このところ、よく眠れないで困っているのだ。
そもそも、衛士として出仕したものの、これほど速く、検非違使庁の仕事を任されるとは思っていなかった。
確かに、体格や俊敏さには自信があったが、忠明自身はそれほど武官に成りたいとは思ってなかったからだ。
それより、本来、信心深い性格なので、冷徹さが必要なこの仕事は、むしろ重荷のように感じている。
……できることなら、穏やかな人生を送りたいと思っているぐらいなのに。
川の中の少し深い所に入り込むと、忠明は全身を伸ばし、そして空を見上げた。
早朝の空の色は、まだ青というよりも藍に近い。
川面には小さな水草が沢山浮いていて、それを掻き分けるように水鳥達が群れをなし遊んでいる。
そんな喉かな風景が見えた。
おそらく、忠明の郷でも、そして京でも、さして変わらない風景だろう。
そう思うと、ふと、望郷の念に駆られる時もある。
まるで、童のような心持ちじゃな。……何となく、苦笑した。
上弦の月が過ぎてから、十三夜月、十四夜月、そして十五夜と、月は満ちていく。
十五夜には、身分の高い貴族や裕福な人々の間で、管弦、詠歌等を楽しむ宴が催される。
そこで、豊かな家人の屋敷ほど財が集まっており、賊どもに狙われる可能性が出てくるのだ。
そして、今晩は十三夜月で、月は完全に丸くはないが、それでも充分に暗闇を明るく照らし始める。
奴らのことだ、……そろそろ、動き出すに違いない。
事を起こす前に、盗人達が集結したところを一網打尽にするのだ。
「おうㇱ……、気を挙げねばなるまい! 」
川から上がり、衣を着ると、風がヒンヤリと冷たい。
気合いを入れようと沐浴したものの、いやでも秋の訪れを感じる。
忠明は思わずくしゃみをした。
早速、その日の昼のことである。
看督長である忠明や、その部下である放免達が集められた。
いよいよ、決行のようである。
支庁の中では、直属の上司にあたる安倍茂兼が口を開いた。
「もう直に名月の夜じゃ、数多の処で宴が開かれよう。……今宵、憂いを無くす為にも我等は立ち働く」
とは、言ったが、これはあくまでも公式用のコメントである。
本来、夜討ちを仕掛けることは、上品な闘い方とは言い難いのだが、賊を相手に手段など選んでられないからだ。
安倍茂兼は、切れ者である。
検非違使庁の仕事に直接携わるのは、尉(三等官)からではあるが、茂兼の上には、三人の藤原氏出身の尉がいる。だが、いずれも兵とは言い難かった。
彼らは、皆、中級以上の貴族の生まれであり、直接、穢れることを憚る立場であったからだ。
しかし、使庁の仕事はきれい事では済まされない。
そこで比較的話し易い〝藤原宣孝″(後に、紫式部を最後の嫁にした人物である)などを通して、現場のことを余り知らない別当らに話をつけてもらっていた。
そしてまた、現場では忠明達〝汚れ仕事組″の指揮も執る。そんな、見事な調整役であった。
しかも、細面で男前でもある。
……また、茂兼が言葉を続けた。
「まぁ、つまりのところは、不浄な仕事ではあるが、ちゃっちゃっと終わらせ、忌日でゆるりと休むほうがよかろう。……ということじゃ」
と、切れ長な目を細めて笑った。
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月が、南の空高く登りきった時刻のことである。
辺りに、焦臭い香りが立籠めた。
心なしか根城の中が明るくなった気がする。
松明の数をいつもより増やしたのだろうか、松脂が燃える臭いが風に乗って鼻に届いた。
どうやら、賊達も準備態勢に入りつつあるようだ。
確かに、ここ数日前から、人の出入りや荷物の持ち込みが増えていた。
……彼らにとっても、もう頃合いなのだろう。
いやしくも、御所に押し入った賊達を相手にするのだ。
完璧に一網打尽にすることは儘ならなくとも、ある程度の成果を上げねば、検非違使庁を支えている衛門府の面目が立たない。
「どうやら、そろそろのようじゃな…… 」
忠明は、隣に控えた観童丸に、話しかけるでもなく さり気に呟いた。
茂兼が指揮官なら、忠明は自らも動く現場監督のようなものである。
観童丸が忠明の顔を見上げた。
「では、参りまするぞ」
「おぅ、……」
忠明もまっすぐに視線を交わす。
先鋒は、観童丸と、少し年上の犬早丸である。
観童丸の俊敏さはもちろんのことだが、犬早丸も同様に素早い。
暗闇の中に、脱兎の如く消えたかと思うと、門前に控えた門番達の後ろに廻り込み、命を絶ってしまった。
そしてそのまま、火の点いた松明を番小屋へ投げ入れると、あっという間に、簡単な木造建築は燃え上がる。
丁度、良い塩梅に燃え広がったところで、観童丸が叫んだ。
「火じゃ、火が出たぞ! 」
その声とモクモクと上がる煙に、門の中から人が出てくると、犬早丸がそれを太刀で打倒し、門を開いた。
いよいよ、突入である。
暗闇の中で、闘いが始まった。
まず、弓の得意な者達が門の陰に上手く隠れると、庭に出ていた賊共に矢を射かける。
夜目なので、頼りになるのは松明の灯のみだが、それでも弓上手達はサクサクと射続けた。とにかく、多人数が押し寄せる前に少しでも敵を減らさなければならないからだ。
そして、その間にもジリジリと、忠明達は闘いに有利な場所に移動していく。
「射る者が数多居るぞ。……心せよ! 」
福安が大声で叫んだ。
すると、それを合図に、今度は建物の周りを取り囲んだ者達が、一斉に鏑矢を射かける。
矢はヒョーヒョーと大きな音を放ち、まるで大勢で賊を捕らえに来たような演出になった。
鏑矢とは本来、合図などに使う、大きな音を出す矢だからだ。
これには、プロの悪党たちも怯んだようである。急いで、建物の中に逃げ込んだ。
だが、これも作戦通りなのである。
賊達が意を決して、それぞれの武器を手に出てきた時には、松明の火は悉く消され、暗闇の中で闘うことになるのだ。
つまり、真っ暗闇になってしまうと、もう弓は使い物にならない。危険なので、射ることも射られることもなくなる。
ただ太刀で、……いや、運が悪ければ、一対一の肉弾戦になり、体力勝負になるのだ。
そうなると、少しでも良いポジションで迎え撃った方がいい。
……もちろん、その時には、忠明達は移動済みで、早速、賊共を迎え撃つ態勢になっている訳である。
平安時代の人々は、照明が充分に発達していなかったために、現代人よりも暗闇への適応力があったと考えられる。
だが当然、完全に見えているわけでもないので、天然の照明が重要な役割を果たしていた。
つまり、月の存在が重要なのだ。
そして、今、絶妙なタイミングが巡って来たのである。
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今日は、引き続きアップします。
多少、時間が遅くなるかもしれませんか゛、ヨロシクお願いします。
この一ヶ月程の間で、世の中があまりに変わったので驚きです。
だからといって、止めるのもな……そう思って、続きを書いてます。
ヨロシク、お願いします。