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鳥辺野界隈 ― 平安時代アンダーグランド物語 ―   作者: クワノフ・クワノビッチ
7/27

看督長様とブラックな お仕事……!

あっという間に、油断をしていると、もう月も半ばです。

はぁ。。。! 遅くなりましたが、今年も宜しくお願いします。

今回は、時代劇らしいと言えばそうかもしれませんが……ちょっと、ブラックです。

ギリギリのところで壁は超えてないと思いますが、ヨロシクお願いします。

 夏の盛りも過ぎ、やっと夕暮れには涼やかな風が吹く時候になった。

 季節は過ごし易くなるのに、忠明はどんどん忙しくなっている。

 そして、今日も相変わらず労働中なのだ。


 薄暗く広い土間の一角に、最低限だが休めるように小高く(しつら)えた座敷部分がある。

 今、忠明はそこに座し、新しく連れて来られた罪人の取調べを行っていた。

 ここは獄の中でも、とりわけ暗く、部屋の中には、いろいろと刑具が置かれている。

 夏はジクジクと暑く、冬はシンシンと寒い。

 その為か、座敷の中には暖も取れるように囲炉裏があり、そして、その側に忠明は陣取っていた。


 三〇歳前後に見える小太りした男が、刑具に縄で縛れられている。

 この男は、去る六月末に、式乾門(しきけんもん)より御所へ侵入した盗賊の一味と見られているのだが、今のところ、別件で捕らえられ、ここに繋がれていた。

 畏れ多くも、帝の()()す御所に侵入し、盗みを働くなど、あり得ない話である。

 ……そんな風に思われるであろうが、実際には、長い京の歴史の中で幾度となく起こった事件なのだ。


 実はこの男、賭博で揉め事を起こし、刃傷沙汰(にんじょうざた)になっているところを取り押さえられたのだが、獄で働く放免達の情報から、例の件の関係者として訊問されることになったのだった。


 土間には三人の放免がいて、男の笞刑(ちけい)が始まろうとしている。


 笞刑(ちけい)とは、(ちもと)(木製の鞭)で打たれる刑であるが、これは当時の刑罰としては寧ろ軽い方で、笞打ちも五〇回までが限度であり、もし執行中に死人が出たりすると、むしろ、その執行人の方が責を問われた。

 また、もし笞刑の沙汰が下りたとしても、贖銅(しょくどう)制といって笞打ち一〇回につき、銅を一(きん)(現代では約六〇〇グラム程)を官司に納めると、刑の執行は止められたのである。

 このように、割と軽い刑だったため、貴族等の富裕層は実刑を受けないことが多々あった。


 さて、この男の場合だが、この時代、賭博は朝廷によって固く禁止されていたので、本来、厳しい処罰が加えられるはずだったが、金も質草もなく、賭けることができずに賭場で暴れただけなので、捕縛されても笞五〇回で済んだ。

 むしろ、この男のおかげで、何人もの違反者が摘発された。

 その中には下級貴族や、それに準じる者もおり、贖銅に応じる者もがいた為、使庁は貴重な財源を得ることになったのである。

 そして、徴収された銅は原則的には国家に帰して、獄舎の修理や囚人の衣料・敷物むしろ・薬品代等に充てられるのだ。


 だが、当然のことながら、この男に銅を調達する術はない。そこで、そのまま刑に服している訳である。


 男は磔柱に縛り付けられ、背中をむき出しにされている。

 その刑の執行を見届けるのは、他ならぬ忠明の仕事だった。

 だが忠明は、それを直接見ようとしない。……何故なら、それを見ることは、不浄を意味するからだ。

 そこで、囲炉裏の側に座したまま、背中で男の様子を感じとっている。


 あの改名の一件以来、忠明は大抜擢され、看督(かどの)(おさ)になった。

 看督長とは、衛門府の中で武芸優秀で才幹がある者が選ばれる。元来は、獄の管理を任されていた仕事だが、時代のニーズとともに、その武力は群盗の追捕に利用されるようになり、やがて追捕の職務が主となっていた。

 また、看督長ともなると、まだ雑任であって正規ではないが、ほぼ準検非違使のような扱いになってくるので、いざという時には弓箭(ゆみとや)を帯び、下部(しもべ)(ほぼ放免達だが……)を指揮し、敢然と賊と格闘しなければならなかった。

 実のところ、看督(かんど)とは、使庁の組織を()()で支える厳しい仕事なのだ。

 そして今日も、そんな汚れ仕事をしている。 



 看督長などと、……急に決まった人事を不思議に思い、先輩の錦為信に聞いてみた。

 すると、『改名の件を機に、お決めになられたのだろう……』と言われた。


「実を申すとな、……あぁ見えて、別当様は()()()御方なのじゃ、おそらく、そなたの覚悟を知って、お選びになられたのであろう」

「はぁ……? わしには、ただの嫌がらせにしか思えませぬが……」

「よう、(かんが)みよ。……別当様は、高貴な生まれの方だというだけではなく、(さか)しい人でもあるのじゃ。……この様な、()()()()()が出入りする使庁の(かみ)を、一〇年近く勤めておられるのだからな」


 確かに、源重光の経歴には目を見張るものがある。

 二一歳の年に昇殿して以来、各地の国司を歴任し、左近衛中将にもなり、四〇歳そこそこで朝廷の議事を話し合う〝参議″の一員にまでなった。

 検非違使庁の仕事は、実際は〝(じょう)″(判官)と呼ばれる衛門府出身の優秀な武官が中心になって動かしており、別当はどちらかというと名誉職なのだが、それでも、多くの仕事を兼任しながら使庁の最高責任者を続けてきたのだ、優秀でないはずはなかろう。


「そなたが〝見どころのある者″と思われたから、選ばれたのであろう。……案ずるな! しっかり努めればよい」

 為信がホワリと言った。

「はぁ、……そうでしょうか」

 忠明は、意外なコメントに恐縮している。

「ホホッ、……嬉しそうじゃな、決して辞してはならんぞ、せいぜい励め! 」

 ニマリと笑われてしまった。

 そんな訳で、このブラックな仕事を請け負わされている。



 笞打ちが、一〇回を過ぎたころから、男はさすがに弱音を吐き始めた。

「すみませぬ。……もう少し、()()()と」

()()()としていては意味(せん)などなかろう」

 獄卒の中年の男が言った。

「おうよ、……こんなもの、()()()()()とやり過ごせばよいのじゃ」

 もう一人いる若い獄卒も囃したてる。

 だが、肝心の笞打人は、何も聞こえないかのように、いとも()()()()に細い竹笞をしならせ黙々と打ち続けるのだった。

「お願いでございます。もう少し……ゆるりと」

 泣き声が混じり出す。


「これ、(かん)(どう)(まる)。暫く休め……」


 あくまでも、放免達と目を合わさないように、忠明は横を向いたまま声を掛けた。

「その男は、わしが声を掛けねば、止まらんのじゃ……」

 笞刑を受けている男は、ぐったりしている。

「何とも、底知れぬ奴でのう……」



 観童丸、……この男は、恐らく忠明とさほど年が変らないだろう。

 しかし、見た目が凄く〝童顔″なので、男としては可愛く見える。

 だが、残念ながら、無邪気な外見に似合わず、むしろ残忍なところがある。それで、実は手を焼いていた。

 元々は、窃盗の初犯で捕縛されたが、獄から放たれた後も勝手に居座っている。

 獄の見張りや、いろいろな雑用をさせてみたが、思うように動かなかった。だが、手先だけは器用で、笞刑の笞を作らせると妙に上手い。

 そこで、それが専門になっていた。


 一口に、笞刑の(ちもと)(鞭)といっても、それなりに規定がある。

 まず、木製であること。(竹を細工して使ったようだ……)

 そして、その形状は手元の太さが直径三()(約九ミリ)、先端で直径二分(約六ミリ)であり、長さも三寸五分(約一メートル五センチ)と定められていた。

 しかも、受刑者の皮膚を破らない為にも、節目は丁寧に凸凹を削らなければならない。

 観童丸は、こんな細かい作業を嫌がらずに、いや、むしろ好んでやる。

 そして笞の性能チェックも兼ね、それを振るうようになった。


 悪い奴ではないが、何か常軌を逸している。

 ……それが、観童丸に対する見解だった。


「まぁ、さほど急ぐこともあるまい。今日は、この位にしておくか……」


 獄卒達が、男を刑具から外そうとした。

 すると、男はやっと正気を取り戻したようである。

「はぁ……」

 深い息が漏れた。


「おおぅ、やっと人心地(ひとごこち)ついたか? ならば、続きをするか、……背が痛むなら、臀部(しり)にかえてもよいが」

 忠明は、これでも気を遣っている。

「めっ、滅相もございません。……今日は、もうお許しくださいませ」

「それは構わんが、……終わらん間は、獄に居ることになるぞ」

「もう、それで(よろ)しゅうございます」

 男は声を絞り出すように訴えた。

「ハハハ、……これは()()()と話が聞けるのう。こう見えて、わしは優しき男ぞ、安堵するがよい」


 変な話だが、観童丸が()()と、忠明の()()()()が引き立つ。

 そして、その絶妙なバランスが犯人達の自供を促していた。

 だが、忠明にとって、観童丸は便利な存在である一方、敵に廻したくない厄介な存在でもあるのだ。


 以前、観童丸の目に余る態度に、意見したことがある。


「そなた、何故、それほど笞にこだわる。……ちと、やり過ぎではないか」

「ほほぅ、……わしは看督(かんど)様のお役に立てておると思っておりましたが」


 忠明は、囲炉裏の側に座り、観童丸は土間からそこへの上り口にある段の上に腰を掛けている。

 そんな風に、二人は上下に分かれ、目も合わさずに話をした。

 地方から出て来たばかりの頃は、それほど気にしなかったが、看督長になってからは、心掛けて身分の差を(あきら)かにするようにしている。


 これからも、まだ上がっていくつもりなら、今のうちにしっかりと、周りに〝違い″を示さなければならない。

 ……そんな風に思った。


 その焦りからか、放免達からもできるだけ距離を置き始めている。



 その日、観童丸は相変わらず笞造りに余念がなかった。

 小刀を使って、竹の節を器用に削っている。

「なぁ、……観童丸よ、何事もほどほどにせんと吉事(よきこと)が起らんぞ」

「はぁ? 今さら我らに、どのような吉事が起るというのです」

「……」

 そう言われると、上手い言葉が浮かばなかった。

「おぅ、……そうじゃな。……このまま非道な事を続けておったら、極楽には()けんぞ」

 答えを絞り出すように、忠明が言った。

「フ、ハハハ……」

 すると、観童丸が大笑いしている。

「看督様は、真に極楽(ごくらく)往生(おうじょう)できるなどと、信じておられますのか……」

 腹を抱えて苦しそうに笑う。

「こら、……笑うでない。だが、普通(おおよそ)の者は極楽に往きたがるものであろう? 」


 観童丸は、一頻(ひとしき)り笑い終えると、少し疲れたように作業を再開した。


「さぁ、……いずれにしろ、もう、わしには関係ござらんので」

「おぃ、(あきら)めるではないぞ……」


 現代の人間が聞いたら、『何じゃ、それ? 』 と言いそうな会話をしている。


 この時代の人々にとって、死後に〝極楽に生まれかわる″という極楽往生は、大きな関心事であったようだ。

 極楽とは、本来、阿弥陀仏(あみだぶつ)がいらっしゃる世界のことで、阿弥陀経では、そこでは全ての者が苦しむことがなく、ただ全ての楽を受けることができる世界だ、と紹介している。

 それで、極楽は〝思いが(かな)えられる素晴らしい世界″というイメージが定着していったのではなかろうか。

 平安の人々は、疫病や天変地異による災害に何度も見舞われた。そこで、今の我々が思う以上に、死は近いものであったのだろう。その為、より一層、死後の世界に幸せを求めたのかもしれない。

 いずれにしろ、人々は辛い現世を終えれば、極楽に生まれかわれるように祈った。 



「諦めるも、何も、……わしは、極楽には往かれん輩らしいですぞ」

「はぁ……? 」

(けい)(ちょう)様が、そう申されましたのでな」


 観童丸は、節も削り終えた竹笞を手にすると、最終チェックをするかのように、()()()を確かめ始めた。


「まぁ、ちょっと、……あの御仁の(かゆ)を薄めてやった()()じゃがな」

 ()()()と、竹笞がしなり過ぎて折れた。

「おぅ、……おっ魂消(たまげ)た! 」

 音に驚き、観童丸がブルブルと震えている。

「ハハハ、……何か、妙な音が聞こえてくるわい」

 今度は、仕返しのように忠明が大笑いした。


「そちも、そちじゃが、()()()にも困ったものじゃのう。……何せ、いつも我らのことを見下しておられるのだからな。どうも、扱いにくい御仁じゃ」

「ほぅ、……同じ様なことを、お思いになられているとは」

 観童丸が面を上げると、忠明の方を見た。

「わしらも『天火様が(えろ)うなってからは、目も合されんようになった……』と、恨めしゅう思っておりました」

 意外な言葉に、今度は忠明が観童丸の方に目を向ける。

「まぁ、わしがここに居るのは、天火様が面白いからじゃ、……これからも、良しなにお願いしますぞ」

 そう言うと、素早く、忠明の座っているところにまで上って来て、顔を覗き込んだ。

「こら、()れ者が……」

 忠明は反射的に、観童丸の胸ぐらを掴もうとした。

 だが、もうそこにはいない。

 まるで、独楽(こま)(ねずみ)のように土間に飛び降りると、そのままスッと姿を消してしまった。


 本当に、()()()()()である。


 この時以来、また、忠明は放免達と意思疎通を図るようになった。無論、一線を画しているつもりではあるが。

 残念ながら、……現場は放免で動いているのだ。


 だが、刑の執行は、相変わらず不浄なものとして直接見ない。

 それだけは、絶対に譲れない矜持(きょうじ)であった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから、二日後のことである。

 笞刑を受けた男の情報により、盗賊団の根城が割れた。

 大捕物を前に、忠明達……汚れ仕事組は忙しくなったのである。










 

書けば書くほど、時代劇ってシンドイですが、……それでも、好きです。

ただ、今的には、エグイ部分(殺陣とか……)も描かなくてはいけないような気がするので……。

なるべく、天下様には平安ボケを習得してもらって、穏やかな物語にしたいです。


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