看督長様とブラックな お仕事……!
あっという間に、油断をしていると、もう月も半ばです。
はぁ。。。! 遅くなりましたが、今年も宜しくお願いします。
今回は、時代劇らしいと言えばそうかもしれませんが……ちょっと、ブラックです。
ギリギリのところで壁は超えてないと思いますが、ヨロシクお願いします。
夏の盛りも過ぎ、やっと夕暮れには涼やかな風が吹く時候になった。
季節は過ごし易くなるのに、忠明はどんどん忙しくなっている。
そして、今日も相変わらず労働中なのだ。
薄暗く広い土間の一角に、最低限だが休めるように小高く設えた座敷部分がある。
今、忠明はそこに座し、新しく連れて来られた罪人の取調べを行っていた。
ここは獄の中でも、とりわけ暗く、部屋の中には、いろいろと刑具が置かれている。
夏はジクジクと暑く、冬はシンシンと寒い。
その為か、座敷の中には暖も取れるように囲炉裏があり、そして、その側に忠明は陣取っていた。
三〇歳前後に見える小太りした男が、刑具に縄で縛れられている。
この男は、去る六月末に、式乾門より御所へ侵入した盗賊の一味と見られているのだが、今のところ、別件で捕らえられ、ここに繋がれていた。
畏れ多くも、帝の御座す御所に侵入し、盗みを働くなど、あり得ない話である。
……そんな風に思われるであろうが、実際には、長い京の歴史の中で幾度となく起こった事件なのだ。
実はこの男、賭博で揉め事を起こし、刃傷沙汰になっているところを取り押さえられたのだが、獄で働く放免達の情報から、例の件の関係者として訊問されることになったのだった。
土間には三人の放免がいて、男の笞刑が始まろうとしている。
笞刑とは、笞(木製の鞭)で打たれる刑であるが、これは当時の刑罰としては寧ろ軽い方で、笞打ちも五〇回までが限度であり、もし執行中に死人が出たりすると、むしろ、その執行人の方が責を問われた。
また、もし笞刑の沙汰が下りたとしても、贖銅制といって笞打ち一〇回につき、銅を一斤(現代では約六〇〇グラム程)を官司に納めると、刑の執行は止められたのである。
このように、割と軽い刑だったため、貴族等の富裕層は実刑を受けないことが多々あった。
さて、この男の場合だが、この時代、賭博は朝廷によって固く禁止されていたので、本来、厳しい処罰が加えられるはずだったが、金も質草もなく、賭けることができずに賭場で暴れただけなので、捕縛されても笞五〇回で済んだ。
むしろ、この男のおかげで、何人もの違反者が摘発された。
その中には下級貴族や、それに準じる者もおり、贖銅に応じる者もがいた為、使庁は貴重な財源を得ることになったのである。
そして、徴収された銅は原則的には国家に帰して、獄舎の修理や囚人の衣料・敷物・薬品代等に充てられるのだ。
だが、当然のことながら、この男に銅を調達する術はない。そこで、そのまま刑に服している訳である。
男は磔柱に縛り付けられ、背中をむき出しにされている。
その刑の執行を見届けるのは、他ならぬ忠明の仕事だった。
だが忠明は、それを直接見ようとしない。……何故なら、それを見ることは、不浄を意味するからだ。
そこで、囲炉裏の側に座したまま、背中で男の様子を感じとっている。
あの改名の一件以来、忠明は大抜擢され、看督長になった。
看督長とは、衛門府の中で武芸優秀で才幹がある者が選ばれる。元来は、獄の管理を任されていた仕事だが、時代のニーズとともに、その武力は群盗の追捕に利用されるようになり、やがて追捕の職務が主となっていた。
また、看督長ともなると、まだ雑任であって正規ではないが、ほぼ準検非違使のような扱いになってくるので、いざという時には弓箭を帯び、下部(ほぼ放免達だが……)を指揮し、敢然と賊と格闘しなければならなかった。
実のところ、看督とは、使庁の組織を底辺で支える厳しい仕事なのだ。
そして今日も、そんな汚れ仕事をしている。
看督長などと、……急に決まった人事を不思議に思い、先輩の錦為信に聞いてみた。
すると、『改名の件を機に、お決めになられたのだろう……』と言われた。
「実を申すとな、……あぁ見えて、別当様はできる御方なのじゃ、おそらく、そなたの覚悟を知って、お選びになられたのであろう」
「はぁ……? わしには、ただの嫌がらせにしか思えませぬが……」
「よう、鑑みよ。……別当様は、高貴な生まれの方だというだけではなく、賢しい人でもあるのじゃ。……この様な、怪しげな者が出入りする使庁の頭を、一〇年近く勤めておられるのだからな」
確かに、源重光の経歴には目を見張るものがある。
二一歳の年に昇殿して以来、各地の国司を歴任し、左近衛中将にもなり、四〇歳そこそこで朝廷の議事を話し合う〝参議″の一員にまでなった。
検非違使庁の仕事は、実際は〝尉″(判官)と呼ばれる衛門府出身の優秀な武官が中心になって動かしており、別当はどちらかというと名誉職なのだが、それでも、多くの仕事を兼任しながら使庁の最高責任者を続けてきたのだ、優秀でないはずはなかろう。
「そなたが〝見どころのある者″と思われたから、選ばれたのであろう。……案ずるな! しっかり努めればよい」
為信がホワリと言った。
「はぁ、……そうでしょうか」
忠明は、意外なコメントに恐縮している。
「ホホッ、……嬉しそうじゃな、決して辞してはならんぞ、せいぜい励め! 」
ニマリと笑われてしまった。
そんな訳で、このブラックな仕事を請け負わされている。
笞打ちが、一〇回を過ぎたころから、男はさすがに弱音を吐き始めた。
「すみませぬ。……もう少し、ゆるりと」
「ゆるりとしていては意味などなかろう」
獄卒の中年の男が言った。
「おうよ、……こんなもの、ちゃっちゃとやり過ごせばよいのじゃ」
もう一人いる若い獄卒も囃したてる。
だが、肝心の笞打人は、何も聞こえないかのように、いともしめやかに細い竹笞をしならせ黙々と打ち続けるのだった。
「お願いでございます。もう少し……ゆるりと」
泣き声が混じり出す。
「これ、観童丸。暫く休め……」
あくまでも、放免達と目を合わさないように、忠明は横を向いたまま声を掛けた。
「その男は、わしが声を掛けねば、止まらんのじゃ……」
笞刑を受けている男は、ぐったりしている。
「何とも、底知れぬ奴でのう……」
観童丸、……この男は、恐らく忠明とさほど年が変らないだろう。
しかし、見た目が凄く〝童顔″なので、男としては可愛く見える。
だが、残念ながら、無邪気な外見に似合わず、むしろ残忍なところがある。それで、実は手を焼いていた。
元々は、窃盗の初犯で捕縛されたが、獄から放たれた後も勝手に居座っている。
獄の見張りや、いろいろな雑用をさせてみたが、思うように動かなかった。だが、手先だけは器用で、笞刑の笞を作らせると妙に上手い。
そこで、それが専門になっていた。
一口に、笞刑の笞(鞭)といっても、それなりに規定がある。
まず、木製であること。(竹を細工して使ったようだ……)
そして、その形状は手元の太さが直径三分(約九ミリ)、先端で直径二分(約六ミリ)であり、長さも三寸五分(約一メートル五センチ)と定められていた。
しかも、受刑者の皮膚を破らない為にも、節目は丁寧に凸凹を削らなければならない。
観童丸は、こんな細かい作業を嫌がらずに、いや、むしろ好んでやる。
そして笞の性能チェックも兼ね、それを振るうようになった。
悪い奴ではないが、何か常軌を逸している。
……それが、観童丸に対する見解だった。
「まぁ、さほど急ぐこともあるまい。今日は、この位にしておくか……」
獄卒達が、男を刑具から外そうとした。
すると、男はやっと正気を取り戻したようである。
「はぁ……」
深い息が漏れた。
「おおぅ、やっと人心地ついたか? ならば、続きをするか、……背が痛むなら、臀部にかえてもよいが」
忠明は、これでも気を遣っている。
「めっ、滅相もございません。……今日は、もうお許しくださいませ」
「それは構わんが、……終わらん間は、獄に居ることになるぞ」
「もう、それで宜しゅうございます」
男は声を絞り出すように訴えた。
「ハハハ、……これはゆるりと話が聞けるのう。こう見えて、わしは優しき男ぞ、安堵するがよい」
変な話だが、観童丸が凄むと、忠明の穏やかさが引き立つ。
そして、その絶妙なバランスが犯人達の自供を促していた。
だが、忠明にとって、観童丸は便利な存在である一方、敵に廻したくない厄介な存在でもあるのだ。
以前、観童丸の目に余る態度に、意見したことがある。
「そなた、何故、それほど笞にこだわる。……ちと、やり過ぎではないか」
「ほほぅ、……わしは看督様のお役に立てておると思っておりましたが」
忠明は、囲炉裏の側に座り、観童丸は土間からそこへの上り口にある段の上に腰を掛けている。
そんな風に、二人は上下に分かれ、目も合わさずに話をした。
地方から出て来たばかりの頃は、それほど気にしなかったが、看督長になってからは、心掛けて身分の差を顕かにするようにしている。
これからも、まだ上がっていくつもりなら、今のうちにしっかりと、周りに〝違い″を示さなければならない。
……そんな風に思った。
その焦りからか、放免達からもできるだけ距離を置き始めている。
その日、観童丸は相変わらず笞造りに余念がなかった。
小刀を使って、竹の節を器用に削っている。
「なぁ、……観童丸よ、何事もほどほどにせんと吉事が起らんぞ」
「はぁ? 今さら我らに、どのような吉事が起るというのです」
「……」
そう言われると、上手い言葉が浮かばなかった。
「おぅ、……そうじゃな。……このまま非道な事を続けておったら、極楽には往けんぞ」
答えを絞り出すように、忠明が言った。
「フ、ハハハ……」
すると、観童丸が大笑いしている。
「看督様は、真に極楽往生できるなどと、信じておられますのか……」
腹を抱えて苦しそうに笑う。
「こら、……笑うでない。だが、普通の者は極楽に往きたがるものであろう? 」
観童丸は、一頻り笑い終えると、少し疲れたように作業を再開した。
「さぁ、……いずれにしろ、もう、わしには関係ござらんので」
「おぃ、諦めるではないぞ……」
現代の人間が聞いたら、『何じゃ、それ? 』 と言いそうな会話をしている。
この時代の人々にとって、死後に〝極楽に生まれかわる″という極楽往生は、大きな関心事であったようだ。
極楽とは、本来、阿弥陀仏がいらっしゃる世界のことで、阿弥陀経では、そこでは全ての者が苦しむことがなく、ただ全ての楽を受けることができる世界だ、と紹介している。
それで、極楽は〝思いが適えられる素晴らしい世界″というイメージが定着していったのではなかろうか。
平安の人々は、疫病や天変地異による災害に何度も見舞われた。そこで、今の我々が思う以上に、死は近いものであったのだろう。その為、より一層、死後の世界に幸せを求めたのかもしれない。
いずれにしろ、人々は辛い現世を終えれば、極楽に生まれかわれるように祈った。
「諦めるも、何も、……わしは、極楽には往かれん輩らしいですぞ」
「はぁ……? 」
「恵朝様が、そう申されましたのでな」
観童丸は、節も削り終えた竹笞を手にすると、最終チェックをするかのように、しなりを確かめ始めた。
「まぁ、ちょっと、……あの御仁の粥を薄めてやっただけじゃがな」
バキッと、竹笞がしなり過ぎて折れた。
「おぅ、……おっ魂消た! 」
音に驚き、観童丸がブルブルと震えている。
「ハハハ、……何か、妙な音が聞こえてくるわい」
今度は、仕返しのように忠明が大笑いした。
「そちも、そちじゃが、お経様にも困ったものじゃのう。……何せ、いつも我らのことを見下しておられるのだからな。どうも、扱いにくい御仁じゃ」
「ほぅ、……同じ様なことを、お思いになられているとは」
観童丸が面を上げると、忠明の方を見た。
「わしらも『天火様が偉うなってからは、目も合されんようになった……』と、恨めしゅう思っておりました」
意外な言葉に、今度は忠明が観童丸の方に目を向ける。
「まぁ、わしがここに居るのは、天火様が面白いからじゃ、……これからも、良しなにお願いしますぞ」
そう言うと、素早く、忠明の座っているところにまで上って来て、顔を覗き込んだ。
「こら、痴れ者が……」
忠明は反射的に、観童丸の胸ぐらを掴もうとした。
だが、もうそこにはいない。
まるで、独楽鼠のように土間に飛び降りると、そのままスッと姿を消してしまった。
本当に、底知れぬ奴である。
この時以来、また、忠明は放免達と意思疎通を図るようになった。無論、一線を画しているつもりではあるが。
残念ながら、……現場は放免で動いているのだ。
だが、刑の執行は、相変わらず不浄なものとして直接見ない。
それだけは、絶対に譲れない矜持であった。
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それから、二日後のことである。
笞刑を受けた男の情報により、盗賊団の根城が割れた。
大捕物を前に、忠明達……汚れ仕事組は忙しくなったのである。
書けば書くほど、時代劇ってシンドイですが、……それでも、好きです。
ただ、今的には、エグイ部分(殺陣とか……)も描かなくてはいけないような気がするので……。
なるべく、天下様には平安ボケを習得してもらって、穏やかな物語にしたいです。